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【産学連携/対談記事】(Part1)大手前大学・北村教授にきいた最新のキャリア論!「サステナブルキャリア(持続可能なキャリア)とは??」

皆さん、はじめまして。三井物産人材開発のカスティーヨです。今回は大手前大学の北村教授に専門領域である「サステナブルキャリア(持続可能なキャリア)*1」についてお伺いしました。サステナブルキャリアとは、キャリアを通じて、幸福、健康、組織貢献の3つが同時達成される状態を良いキャリアと見る考え方です。 前半・後半に分けて対談の様子をお伝えいたします。(interviewer:三井物産人材開発 一井、佐々木)


■昨今のキャリア領域の変化と「サステナブルキャリア」

華麗にみえる転職は実は心に傷を負う!?

一井)北村教授が「サステナブルキャリア」に着目し、研究しようと思ったきっかけは何でしょうか?

北村教授)自身の博士論文で転職を重ねるキャリアを歩む人たちへのインタビューを行ないました。そのインタビューを通して、日本人は人との繋がりを自分の一部と感じることに気づきました。なので、ポンポンと転職するのは華麗に見えますが、内面ではダメージが大きい生き方だと感じました。そこから、日本において、組織内キャリア論*2の次に来るパラダイムはニューキャリア論*3ではないと思い、次のパラダイムはなんだろうと考えていた時に現れたのが、サステナブルキャリア(持続可能なキャリア)でした。

*2【組織内キャリア論】
組織をキャリアを育む安定した土台と考え、個人のニーズと組織のニーズのマッチングプロセスの中でキャリアの発達を捉える理論(Schein, 1978)
*3【ニューキャリア論】
組織の境界を超えるキャリアを前提に、キャリアにおける個人の主体性や心理的成功に注目する理論(Arthur, 1994; Hall, 2002)
参考:北村雅昭. (2021). 「持続可能なキャリアという パラダイムの意義と今後の 展望について」.0130_023_005.pdf (kyoto-wu.ac.jp)

一井)若手研修向けにニューキャリア理論を勉強していると「組織の枠を超える」ということが理論の中心になっているかと思います。枠を超える=転職と考えたときに、キャリアアップとはなるものの、人や組織との繋がりを断ち切ることは心の負荷が大きいため、日本人に適さないということなのでしょうか。

北村教授)そうですね。キャリア研究の中心である北米の自己観では、自分は自分、ひとはひとというように、自己と他者が切り離されていますが、日本的(東洋的)自己観では人との繋がりを自分の一部と感じている人が多いです。なので、多くの日本人にとって、転職をどんどん繰り返すキャリアは合っていないと思います。

サステナブルキャリアとは「組織と個人のパートナーシップ」である

一井)なるほど。昨今、越境学習や副業などを活用し、今の会社に所属しながら自分の組織外の人たちとの関わりを持つことが最近よく言われますよね。それは人や組織との繋がりを断ち切っていないからこそ日本で広がっているのでしょうか。

北村教授)まさにそうですね。今後のキャリアの在り方としては、会社とのつながりを大切にしつつ、副業、兼業、越境学習を通じて自己の可能性を広げるのがいいのではと思います。サステナブルキャリアは「組織と個人のパートナーシップ」という考え方です。従来、キャリアは会社が社員に与えるものであり、社員は会社の命令に従うべきという考え方でしたが、社員は会社の持ち物ではありません。社員の考え方としてもワークキャリアからライフキャリアに変化しつつあり、だからこそ社員個人の中にやりたい仕事がある、いわゆるキャリア自律という考え方が芽生えてきているのではないでしょうか。

キャリアは組織と共に考える

一井)確かに採用活動をしていて「やりたい仕事がある」という就活生が多くなってきていると感じます。就活生がどのような基準で会社を選ぶのかという調査でも「自分がやりたい仕事をできる会社がいい」という項目が「大企業で働きたい」の順位を上回っていました。しかし、計画的偶発性理論*4にもあるように何かに固執しすぎないことも大切なのではないのでしょうか。

*4【計画的偶発性理論】
よい偶然を呼び込むような行動を意識的にとることが、よいキャリアにつながると考える理論。心理学者のジョン・D・クランボルツ教授によって1999年に発表されたキャリア理論。ビジネスパーソンとして成功した人のキャリアを調査したところ、そのターニングポイントの8割が、本人の予想しない偶然の出来事によるものだった。
引用:計画的偶発性理論とは?クランボルツ教授に学ぶキャリアデザイン | RGFプロフェッショナルリクルートメントジャパン (rgf-professional.jp)

北村教授)自分のやりたい仕事を1人で考えてそれに凝り固まってしまうのはプラスではありません。「組織と個人のパートナーシップ」という考え方からも分かりますが、キャリアは一人で考えるものではなく、上司や組織の目から客観的に見た方がその人の可能性を広げることがありますね。自分のやりたい仕事のみに強くこだわるのは、本人の持つ大きなポテンシャルを小さくしてしまう可能性があります。自分のやりたい仕事のみを目指し、人の言うことを全く受け入れないのはあまりいいキャリアではなく、組織との間に対話が成り立つのがいいキャリアだと考えます。

一井)本人が見えている世界って狭いですもんね。対話することで気づくことって多いと思います。


対談の様子(上方:北村教授、下方左から佐々木、一井)

過去に囚われずキャリアを描く「フューチャー・ワークセルフ」

一井)キャリア自律とはキャリアを会社に委ねるのではなく、個人が自律してキャリアを考えるということだと考えています。北村教授の著書では「キャリア・アダプタビリティ*5」についても触れていました。様々な外部環境の変化に適応しながら、キャリアにおける自分軸の見つけ方をお伺いしてもよろしいでしょうか。

北村教授)キャリア・アダプタビリティは適応能力ですから、これだけでは不十分です。これに加えて、自分はどうなりたいのかという自分軸が必要です。まだこの分野は研究が浅いのですが、「フューチャー・ワークセルフ」という概念があります。これは過去にとらわれず、長期的な視点で「自分がこうなっていたら嬉しい」というところからキャリアを考える手法です。自分には無理と決めつけず、かつ過去のキャリアに捉われず、遠い未来から理想のキャリアを考え、そのイメージを頭の中で反芻することで理想の未来に自然と近づけるという考え方でこれから研究していきたいですね。

*5 【キャリア・アダプタビリティ】
環境や時代の変化、個人が遭遇する試練や偶然に適応することで納得のいくキャリアを構築する能力

組織視点の「サステナブルキャリア」:ROC理論とワークロードリダクション

佐々木)「組織と個人のパートナーシップ」や「フューチャー・ワークセルフ」という言葉からこれからのキャリアは、バランスを取ることやパラドックスに向き合っていくことが組織、個人双方にとって大切だと分かりました。しかし、マネジメント側からすると社員が個別化しすぎてしまうことがとても難しく感じます。

北村教授)そうですね。まさに「組織と個人のパートナーシップ」はサステナブルキャリア、人的管理の肝になる部分です。元々の経営学の考え方では、組織と個人はある種の緊張関係にありましたが、日本ではいつの間にか個人は組織の所有物であるかのようになっていました。しかし、サステナブルキャリアが物の見方を変え、本来あるべき姿に戻っていくように思います。
「キャリアが持続可能なものになるように、どのようにひとをマネジメントしていくべきか」というテーマについての研究はまだ発展途上ですが、個人のキャリア観を最大限に生かす人的資源管理の在り方がトライアンドエラーで探り出されていくのではないかと思っております。ちなみに、現時点での枠組みとしては、ROCモデル*6があります。

*6 【ROCモデル】
人的資源管理においてひとに対する尊敬(Respect)、外部環境へのオープンさ(Openness)、継続性(Continuity)の3つの視点が重要という考え方で、3つの頭文字をとってROCモデルとされる
Respect:ひとを単なる経営資源の一つとしてみるのではなく、一人ひとりの人間性や人生があるという観点を持つこと
Openness:株主だけでなく外部のステークホルダーへの責任や社会に浸透している価値観を踏まえて考えること
Continuity:長期視点での人的資源管理を指し、今必要な人材の確保のみならず、若手のキャリア開発への投資など今後必要となる人材確保に目を向けること
参考:北村雅昭. 持続可能なキャリア 不確実性の時代を生き抜くヒント. 大学教育出版, 2022, 24p~26p

このモデルは、人を仕事の成果に使えるパーツとしてみるのでなく、まず個人としてリスペクトして全人的に見るという考え方です。組織と個人が長期的に良好な関係をつくることがサステナブルな人的資源管理の理想です。具体策として注目しているのが、「ワークロード・リダクション」というものです。これは個人の事情に応じて、一定の期間は仕事の量を減らす契約を締結し、給料は減るが、時間は与えられる雇用形態です。アメリカでは始まっていますが、まだ日本にはありません。
こういったキャリアも認めていけば、個人が組織を辞めることなく、組織外で自己を成長させる活動をし、パワーアップした状態で戻ってきてくれるので組織へのメリットもあります。


現実のマネジメント視点からみた「サステナブルキャリア」の難しさ

佐々木)企業側の視点ではキャリア論や越境学習は個人目線のものが中心となっているようにも見えています。
ワークロード・リダクションのように副業やお休みを認め余白を与えるのは、組織の中で得られないパワーアップの機会が外にあるから、とも感じます。組織に戻ってきてもパワーアップした力を発揮できないとなると、離職までは行かないけどパワーアップやその活用機会は外に見出す、といった「離職の先延ばし」になってしまいかねず、サステナブルでないと感じます。パワーアップした力の活かし方を組織(企業)の中での再発見に繋げないとサステナブルキャリアの観点からワークしないのではないでしょうか。

北村教授)個人目線と組織目線、両方ないと成り立たないのはおっしゃる通りです。本来キャリア論はマネジメント側の観点も含めたものとして展開するべきです。サステナブルな人的資源管理は、社員一人一人の幸福と全員戦力化を目指したタレントマネジメントだといえます。
このキャリア論が難しいのは、強い一体感のある組織づくりなど、今までのやり方の中で培われてきた日本企業のよさが部分的に失われるかもしれないことです。しかし、これからの変化を考えるとこれまでのやり方は維持できないのでシフトせざるを得ないと思われます。


後半へ続く・・・

【産学連携/対談記事】(Part2)大手前大学・北村教授にきいた最新のキャリア論!「サステナブルキャリア(持続可能なキャリア)とは??」
https://note.com/preview/n8d3f7e9ad545?prev_access_key=4cbc5c9c35f02e877e4f0750f910f7bd

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interviewee:北村 雅昭氏(大手前大学 経営学部 経営学科 教授 学部長)
きたむら まさあき/1985年 東京大学法学部卒。1989年 ミシガン大学経営管理大学院修士課程修了。博士(経営学)。京都美術工芸大学、大手前短期大学を経て2020年に現職。
著書は『持続可能なキャリア -不確実性の時代を生き抜くヒント-』(大学教育出版、2022年)など。これまで日本ビジネス実務学会奨励賞(論文)など学会での受賞。


interviewer:三井物産人材開発株式会社 一井 奈津美、佐々木 孝仁
一井 奈津美(Natsumi Ichii)
三井物産人材開発株式会社 人材開発部 キャリア・デベロップメント室
人事業務(教育・採用・企画・労務)に約9年間従事。航空会社での客室乗務員、金融機関での人事業務を経て、2020年に三井物産人材開発株式会社入社。中堅社員や管理職手前の社員を対象にした研修や地域ブロックをメインに事業開発研修の企画・開発や講師を務める。また、大学との共同研究を通してDE&Iの推進業務に携わっている。

佐々木孝仁(Takahito Sasaki)
三井物産人材開発株式会社 人材開発部 部長
一橋大学経済学部卒業、2005年に株式会社リンクアンドモチベーションに入社、その後教育系ベンチャー企業を経て、2009年に三井物産人材開発株式会社入社。三井物産グループ向け研修の企画・開発・講師や各種研修起ち上げ等を経験。2017年にアジア・大洋州三井物産(株)(在シンガポール)に出向し、アジア地域の育成体系再構築を主導。2021年より現職。人材開発部門の責任者を務めつつ、各大学との共同研究をリードしている。立教大学大学院経営学専攻(リーダーシップ開発コース)博士課程後期在学中。


この記事を書いた人:
カスティーヨ 舞衣亜 (Maia Castillo)
三井物産人材開発株式会社 人材開発部 マネジメント・デベロップメント室
2024年三井物産人材開発株式会社に新卒入社。大学時代は、学内のリーダーシップ科目の運営や人材派遣会社の長期インターンシップにて相互称賛ツールを用いた社内の組織開発に携わる。現在は、管理職の社員を対象にした研修を担当している。