本能寺の変1582 見えてきたもの 6-9 明智の将来 第1~12話 天正十年六月二日、明智光秀が織田信長を討った。その時、秀吉は備中高松で毛利と対峙、徳川家康は堺から京都へ向かっていた。甲斐の武田は消滅した。日本は戦国時代、世界は大航海時代。時は今。歴史の謎。その原因・動機を究明する。『光秀記』
見えてきたもの
6 光秀の苦悩 9 明智の将来 第1~12話
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なるほど、「持てる者」には成った。
志賀一郡、拝領。
丹波一国、拝領。
光秀は、織田家中、随一の重臣に上りつめた。
信長の最重臣は、明智光秀・羽柴秀吉・柴田勝家の三将のである。
光秀は、その中でも、筆頭格。
信長の覚え目出度き存在だった。
一、丹波国、日向守が働き、天下の面目をほどこし侯。
(『信長公記』)
【参照】第11話 4光秀の苦悩 4粛清の怖れ
◎光秀は、出来る男。
◎信長は、光秀を褒め称えた。
光秀は、畿内近辺に強力な軍事力を有していた。
光秀は、細川藤孝・筒井順慶を与力として、丹波・近江・山城・丹後・
大和等に軍事指揮権を有していた。
強力な軍事力である。
光秀は、土佐の長宗我部元親と強い絆で結ばれていた。
そればかりに、あらず。
土佐の長宗我部元親の取次でもあった。
元親は、四国統一を目指す野心家。
光秀と元親は、強い「絆」で結ばれていた。
信長は、猜疑心が強い。
信長は、光秀を信用していない。
【参照】見えてきたもの 2 人物像 1 信長の人物像
【参照】見えてきたもの 6 光秀の苦悩 6 信長の猜疑心
信長は、用心深い。
光秀と長宗我部が結託すれば、・・・・・。
「東西、真っ二つ」
信長が、そう、考えたとて、おかしくはなかろう。
光秀は、出来る男。
光秀は、猜疑心が強い。
光秀は、信長を信用していない。
光秀は、用心深い。
光秀は、決して、油断せず。
隙を見せることが無かった。
【参照】見えてきたもの 2 人物像 2 光秀の人物像
光秀は、洞察力に優れていた。
光秀は、信長の性格を知悉していた。
光秀は、信長の心の内をよくわかっていた。
信長は、粛清の人。
役に立たねば、粛清される。
信長は、不意を衝く。
信長は、恐ろしい男であった。
光秀は、不安だった。
明智の前途には、暗雲が垂れ込めていた。
ならば、如何に、・・・・・。
【参照】第6話 第6話 信忠は、わずか一日で高遠城を攻略した。
【参照】◎第9話 第9話 光秀の苦悩 不安 将来 持てる者
⇒ 次へつづく
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