2. 低電圧の場合の真空管モデルの作成

本節では、前節で実測したデータを用いて、低電圧における真空管のSPICEモデルを作成します。

低電圧用の真空管モデル

真空管のモデルは様々なものが提案されています。日本で最も良く用いられているものは中村歩氏によって作成されたモデルで、各種の真空管のSPICEデータが直接入手できますので、使っている人も多いようです。

ここでは、低電圧の場合に比較的実測データに近い、CohenとHelieによって提案されたモデル(Cohen-Helieモデルと呼ぶことにします)に実測データをフィッティングさせ、各種のパラメータを推定します。

三極管に対するCohen-Helieモデルは以下の式で表されます。

画像1

Epがプレート電圧、Egがグリッド電圧、Ipがプレート電流、Igがグリッド電流です。真空管に依存するパラメータはk_g, x, μ, k_p, e_{ct}, e_{vb}, e_{vb2}
の7個です。対数関数logおよび指数関数expの底はeです。

関数

画像2

をグラフに描くと次の図のようなります。

画像3

この関数は、x→∞のときF(x) = xに、x→-∞のときF(x) = 0に漸近します。よって、関数F(x) = max{x, 0}がx=0において折れ線になっているのを、この近くで曲線に直したものになります。y = max{x, 0}$のグラフを次の図に示します。

画像4

また、関数F(x, a)のx=0のときの値は(log_e 2)/aとなり、パラメータaによってx=0の近くでの曲線の曲がり具合が調整されています。F(x, a)のグラフの図では、a=0.5, 0.6, 0.75, 1, 1.5, 3と変化させてF(x, a)のグラフをプロットしています。aの値が大きくなるにつれて、y = max{x, 0}$のグラフに近付いているのが分かります。

関数F(x, 1)はソフトプラス関数と呼ばれています。また、関数F(x, 1)をxで微分したF'(x, 1) = 1/(1 + \exp(-x))はシグモイド関数と呼ばれ、色々な場所で使われています。

max{x, 0}は、LTspiceに組み込まれているuramp()関数

画像5

に置き換えることができます。

関数F(x, a)とuramp(x)$を用いてCohen-Helieモデルを書き直すと以下のようになります。

画像6

上の式はインゼル効果(island effect、プレート電流が小さくて負のグリッド電圧が大きいときの、`リモート・カットオフ'に近い振舞いをカバーする)を示しています。

モデルへのフィッティングとSPICEモデルファイル作成

本節では、前節の数式モデルを用いて計測した数値データに合うようにパラメータを調整してフィッティングを行ないます。得られたパラメータを数式と共に記述すると、LTspiceのモデルファイルを作成することができます。

6DJ8 (JJ E88CC)

Cohen-Helieモデルを用いて、JJ E88CCの実測データに合うようにパラメータを調整すると、次の図のような結果が得られます。横軸が変化させたプレート電圧、縦軸がプレート電圧を上げたときに上がっていくプレート電流です。これを、グリッド電圧を色々変化させながらプロットしています。グラフの点は実測した値、曲線はこのデータにCohen-Helieモデルを用いてフィッティングして得られたグラフです。

画像7

生成されたSPICEモデルに、規格表からCGA、CGK、CAKを持って来て記入したものを以下に示します。

■E88CC.sub

.SUBCKT E88CC 1 2 3; P G K
+ PARAMS:
+ kG=93.06026510757307 ; from model fit
+ mu=34.023362107826514 ; from model fit
+ exponent=0.9988220680314264 ; from model fit
+ kp=107.32043202538249 ; from model fit
+ kvb=186.45207017531504 ; from model fit
+ CGA=??? CGK=??? CAK=??? ; from datasheet
+ RGI=2000
* Plate Current
E1 7 0 VALUE=
+ {V(1,3)/kp*LOG(1+EXP(kp*(1/mu+V(2,3)/SQRT(kvb+V(1,3)*V(1,3)))))}
RE1 7 0 1G
G1 1 3 VALUE={PWR(URAMP(V(7)),exponent)/kG}
RCP 1 3 1G
D3 5 3 DX ; for Grid Current
R2 2 5 {RGI} ; for Grid Current
* CAPS
CGK 2 3 {CGK} ; Cathode-Grid
CGA 2 1 {CGA} ; Grid-Anode(Plate)
CAK 1 3 {CAK} ; Anode(Plate)-Cathode
* REGS
RF1 1 0 1G
RF2 2 0 1G
RF3 3 0 1G
.MODEL DX D(IS=1N RS=1 CJO=10PF TT=1N) ; diode for grid current
.ENDS

Electro Harmonics 12AU7EH

Cohen-Helieモデルを用いて、12AU7EHの実測データに合うようにパラメータを調整すると、次の図のような結果が得られます。

画像8

生成されたSPICEモデルに、規格表からCGA、CGK、CAKを持って来て記入したものを以下に示します。

■12AU7.sub

.SUBCKT 12AU7 1 2 3; P G K
+ PARAMS:
+ kG=442.493067872562 ; from model fit
+ mu=33.30168468064964 ; from model fit
+ exponent=0.8198256205219181 ; from model fit
+ kp=63.15697486837121 ; from model fit
+ kvb=122.23892288919717 ; from model fit
+ CGA=??? CGK=??? CAK=??? ; from datasheet
+ RGI=2000
* Plate Current
E1 7 0 VALUE=
+ {V(1,3)/kp*LOG(1+EXP(kp*(1/mu+V(2,3)/SQRT(kvb+V(1,3)*V(1,3)))))}
RE1 7 0 1G
G1 1 3 VALUE={PWR(URAMP(V(7)),exponent)/kG}
RCP 1 3 1G
D3 5 3 DX ; for Grid Current
R2 2 5 {RGI} ; for Grid Current
* CAPS
CGK 2 3 {CGK} ; Cathode-Grid
CGA 2 1 {CGA} ; Grid-Anode(Plate)
CAK 1 3 {CAK} ; Anode(Plate)-Cathode
* REGS
RF1 1 0 1G
RF2 2 0 1G
RF3 3 0 1G
.MODEL DX D(IS=1N RS=1 CJO=10PF TT=1N) ; diode for grid current
.ENDS

Sovtek 12AX7WXT+

Cohen-Helieモデルを用いて、12AX7の実測データに合うようにパラメータを調整すると、次の2つの図のような結果が得られます。2つのグラフの違いは、横軸のプレート電圧を20Vまで測ったか40Vまで測ったかです。

画像9

画像10

生成されたSPICEモデルに、規格表からCGA、CGK、CAKを持って来て記入したものを以下に示します。

■12AX7.sub

.SUBCKT 12AX7 1 2 3; P G K
+ PARAMS:
+ kG=591.3053186183381 ; from model fit
+ mu=111.79714826776835 ; from model fit
+ exponent=0.539445862880239 ; from model fit
+ kp=244.24146382684265 ; from model fit
+ kvb=999.999217804316 ; from model fit
+ CGA=??? CGK=??? CAK=??? ; from datasheet
+ RGI=2000
* Plate Current
E1 7 0 VALUE=
+ {V(1,3)/kp*LOG(1+EXP(kp*(1/mu+V(2,3)/SQRT(kvb+V(1,3)*V(1,3)))))}
RE1 7 0 1G
G1 1 3 VALUE={PWR(URAMP(V(7)),exponent)/kG}
RCP 1 3 1G
D3 5 3 DX ; for Grid Current
R2 2 5 {RGI} ; for Grid Current
* CAPS
CGK 2 3 {CGK} ; Cathode-Grid
CGA 2 1 {CGA} ; Grid-Anode(Plate)
CAK 1 3 {CAK} ; Anode(Plate)-Cathode
* REGS
RF1 1 0 1G
RF2 2 0 1G
RF3 3 0 1G
.MODEL DX D(IS=1N RS=1 CJO=10PF TT=1N) ; diode for grid current
.ENDS

6AK5 (Western Electric 403A)

Cohen-Helieモデルを用いて、6AK5の実測データに合うようにパラメータを調整すると、次の図のような結果が得られます。

画像11

生成されたSPICEモデルに、規格表からCGA、CGK、CAKを持って来て記入したものを以下に示します。

■WE403A.sub

.SUBCKT WE403A 1 2 3; P G K
+ PARAMS:
+ kG=176.43819413893476 ; from model fit
+ mu=63.401978606863054 ; from model fit
+ exponent=2.3345976496619176 ; from model fit
+ kp=49.37648059978921 ; from model fit
+ kvb=124.44045077257628 ; from model fit
+ CGA=??? CGK=??? CAK=??? ; from datasheet
+ RGI=2000
* Plate Current
E1 7 0 VALUE=
+ {V(1,3)/kp*LOG(1+EXP(kp*(1/mu+V(2,3)/SQRT(kvb+V(1,3)*V(1,3)))))}
RE1 7 0 1G
G1 1 3 VALUE={PWR(URAMP(V(7)),exponent)/kG}
RCP 1 3 1G
D3 5 3 DX ; for Grid Current
R2 2 5 {RGI} ; for Grid Current
* CAPS
CGK 2 3 {CGK} ; Cathode-Grid
CGA 2 1 {CGA} ; Grid-Anode(Plate)
CAK 1 3 {CAK} ; Anode(Plate)-Cathode
* REGS
RF1 1 0 1G
RF2 2 0 1G
RF3 3 0 1G
.MODEL DX D(IS=1N RS=1 CJO=10PF TT=1N) ; diode for grid current
.ENDS

6AS5 (NEC)

Cohen-Helieモデルを用いて、6AK5の実測データに合うようにパラメータを調整すると、次の図のような結果が得られます。

画像12

生成されたSPICEモデルに、規格表からCGA、CGK、CAKを持って来て記入したものを以下に示します。

■6AS5.sub

.SUBCKT 6AS5 1 2 3; P G K
+ PARAMS:
+ kG=363.5549744680776 ; from model fit
+ mu=9.414734206963363 ; from model fit
+ exponent=1.4793835109838156 ; from model fit
+ kp=17.096802590721317 ; from model fit
+ kvb=19.75262596440379 ; from model fit
+ CGA=??? CGK=??? CAK=??? ; from datasheet
+ RGI=2000
* Plate Current
E1 7 0 VALUE=
+ {V(1,3)/kp*LOG(1+EXP(kp*(1/mu+V(2,3)/SQRT(kvb+V(1,3)*V(1,3)))))}
RE1 7 0 1G
G1 1 3 VALUE={PWR(URAMP(V(7)),exponent)/kG}
RCP 1 3 1G
D3 5 3 DX ; for Grid Current
R2 2 5 {RGI} ; for Grid Current
* CAPS
CGK 2 3 {CGK} ; Cathode-Grid
CGA 2 1 {CGA} ; Grid-Anode(Plate)
CAK 1 3 {CAK} ; Anode(Plate)-Cathode
* REGS
RF1 1 0 1G
RF2 2 0 1G
RF3 3 0 1G
.MODEL DX D(IS=1N RS=1 CJO=10PF TT=1N) ; diode for grid current
.ENDS

LTspiceへのSPICEモデルの追加

でき上がったSPICEモデルをLTspiceに追加するには次のようにします。まず、LTspiceのライブラリのディレクトリlib\subの中にMyTubeModelという
ディレクトリを作成し、出来上がったファイルをテキストファイルとしてここに置きます。

次に、ディレクトリlib\symの中に、MyTubeModelというディレクトリを作成し、シンボルファイルを作成します。各シンボルファイルは、三極真空管のシンボルファイルをコピーし、参照するモデルファイルを書き換えます。例えば、E88CCの場合は、ファイルlib\sym\Misc\triode.asyをlib\sym\MyTubeModel\E88CC.asyという名前でコピーします。次に、このファイルをテキストエディタで開き、以下の行を書き換えます。

画像13

これを以下のように書き換えます。

画像14

LTspiceを再起動すると、部品を選択するとき、次の図のように
[MyTubeModel]の中からE88CCを選択することができるようになっています。

画像15

追加したモデルを用いたEp-Ip特性のシミュレーション

本節では、前節で追加した各真空管のモデルを用いて、LTspiceでEp-Ip特性を描画してみます。

6DJ8 (JJ E88CC)

真空管E88CCで、プレート電圧とバイアスを変化させてEp-Ip特性を計測するための回路図を次の図に示します。この回路においては、プレート電圧を0Vから20Vまで0.1V単位で変化させ、グリッドバイアスを-1.2Vから0Vまで0.1V単位で変化させています。

このような解析を.dc解析と呼びます。この呼び名は、DC電圧V1を0Vから20Vまで連続的に変化させて(sweep)グラフを描くことから来ています。以下のシミュレーションでは、さらにグリッド電圧VGもステップで変化させながらグラフをプロットしています。

画像16

回路図を作成したら、マウスで右クリック→[Run]を選択してシミュレーションを実行します。LTspiceウィンドウ内の子ウィンドウが回路図のウィンドウとプロットのウィンドウに2分割されるので、回路図ウィンドウのタイトルバー右端にある全画面ボタンをクリックして、回路図のウィンドウとプロットのウィンドウを全画面表示にします。この状態だと、それぞれの子ウィンドウをタブをクリックして選択して表示できるようになります。

そのあと、上の図のように、真空管のプレートから出ている線にカーソルを合わせ、カーソルの形が電流プローブになったらマウスを左クリックします。すると、プロットのウィンドウに、次の図のようにEp-Ip特性のグラフが表示されます。

画像17

横軸がプレート電圧Ep、縦軸がプレート電流Ip、グラフは上から順にグリッドバイアスが0V, -0.1V, ...のものです。

ここで縦軸の表示を調整します。上の図のグラフの縦軸にマウスカーソルを合わせるとカーソルが定規の形になります。ここでマウスを右クリックすると[Vertical Axis]というダイアログが表示されますので、[Top]を1mA、[Tick]を0.1mA、[Bottom]を0Aに書き換えて[OK]ボタンをクリックすると、グラフの表示が次の図のようになります。

画像18

12AU7 (Electro Harmonics 12AU7EH)

真空管12AU7で、プレート電圧とバイアスを変化させてEp-Ip特性を計測するための回路図とパラメータを、次の図に示します。この回路においては、プレート電圧を0Vから20Vまで0.1V単位で変化させ、グリッドバイアスを-2Vから0Vまで0.2V単位で変化させています。

画像19

次の図に、LTspiceでシミュレートした12AU7のEp-Ip特性のグラフを示します。一番左にある曲線が、バイアスが0Vのときのもので、右に行くにつれて0.2Vずつ小さくしたものです。

画像20

12AX7 (Sovtek 12AX7WXT+)

真空管12AX7で、プレート電圧とバイアスを変化させてEp-Ip特性を計測するための回路図とパラメータを、次の図に示します。この回路においては、プレート電圧を0Vから20Vまで0.1V単位で変化させ、グリッドバイアスを-3Vから0Vまで0.02V単位で変化させています。

画像21

次の図に、LTspiceでシミュレートした12AX7のEp-Ip特性のグラフを示します。一番左にある曲線が、バイアスが0Vのときのもので、右に行くにつれて0.02Vずつ小さくしたものです。

画像27

6AK5 (Western Electric 403A)

真空管6AK5の三結で、プレート電圧とバイアスを変化させてEp-Ip特性を計測するための回路図とパラメータを、次の図に示します。この回路においては、プレート電圧を0Vから20Vまで0.1V単位で変化させ、グリッドバイアスを-2Vから0Vまで0.2V単位で変化させています。

画像23

次の図に、LTspiceでシミュレートした6AK5のEp-Ip特性のグラフを示します。一番左にある曲線が、バイアスが0Vのときのもので、右に行くにつれて0.2Vずつ小さくしたものです。

画像24

6AS5 (NEC)

真空管6AS5の三結で、プレート電圧とバイアスを変化させてEp-Ip特性を計測するための回路図とパラメータを、次の図に示します。この回路においては、プレート電圧を0Vから20Vまで0.1V単位で変化させ、グリッドバイアスを-5Vから0Vまで0.5V単位で変化させています。

画像25

次の図に、LTspiceでシミュレートした6AS5のEp-Ip特性のグラフを示します。一番左にある曲線が、バイアスが0Vのときのもので、右に行くにつれて0.5Vずつ小さくしたものです。

画像26


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