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#4発明から現代まで、名門メーカーと名手達の愛用楽器          

今回の記事ではサックスの誕生や、名門メーカーの歴史を紹介します。ご興味を持たれ方は、最後までお付き合いください。

世界で最初のサックス

サックスの発明について述べると、ベルギー出身のアドルフ・サックスが1846年に特許を取得したのが始まりです。その後、1850年代には、フランスのパリ音楽院にサックス科が設立され、発明者本人のアドルフ・サックスが初代教授に就任しました。彼は、管楽器を熟知し、さまざまな楽器を吹きこなせる屈指の楽器職人でした。そのため、パリ音楽院のサックス科教授やパリ・オペラ座の舞台監督など、華々しい活躍をしました。しかし、一方で、中傷や偽造、訴訟や破産の危機に直面しました。さらに、暗殺や放火の未遂にも遭い、当時のフランスの政治闘争にも巻き込まれました。このように、彼の人生は、波瀾万丈と言っても過言ではありません。

初期のサックスの広まり

その後まもなく、ヨーロッパ各地に広まっていきました。20年ほどで、ベルギー、イギリス、イタリア、ポルトガル、ロシア、スペイン、スイス、トルコ、そしてアメリカへと普及していきました。アメリカでは、アンリ・ウィルが最初にサックスを吹いて宣伝し、その特徴的な音色から角笛(コルナ・ムサ)と呼ばれるようになりました。
初期のサックスの改良者、普及者として有名なのは以下の2人の人物が挙げられます。1人は演奏家のシャルル・ジャン=バティスト・スアールです。彼はオクターブキーをひとつにまとめる等のいくつかの改良を加えた人物で、ソプラノとアルトサキソフォンを抱えて世界中を巡り演奏や売り込みをしました。その後インドの藩主支配地に腰を落ち着け、イスラムに改宗して音楽指導や、演奏をした後、インドに戻りマイソール勲爵士の称号にあずかりました。もう1人は、同じく演奏家でオランダのフランス人楽器店主の息子のエドワード・アブラハム ・ルフェーブルです。彼はパリでこの楽器に出会い、ケープタウンで楽器店を開き、南アフリカの上流階級に紹介しました。その後オランダに戻りサキソフォン奏者の仕事を見つけた後、パレパ・ローズ・オペラ楽団へ入り、アメリカ合衆国にわたりました。彼は合衆国きっての吹奏楽パトリック・ギルモア楽団に入り、サキソフォン王の名をほしいままにしました。独奏者としても脚光を浴びました。合衆国とカナダで何千回も演奏しました。

参考文献"サキソフォン物語
  マイケル・シーゲル著
諸岡敏行訳

上記の項で紹介したルフェーブルは、アメリカ製のサックスの誕生に大きく貢献した人物ですので、後に紹介するアメリカの名門メーカーと関係があります。以下では、世界の主要な名門メーカーの歴史や特色、名手達が愛用した楽器にも触れ、紹介していきます。


ヘンリー・セルマー

現在のサックスの歴史と実績のあるブランドの一つがセルマーですが、この会社の設立者はヘンリー・セルマー(英語読み)でした。彼はパリ音楽院でクラリネットの奏法や製作法を学び、卒業後クラリネット奏者や教育者として活動しました。1898年にパリに楽器工房を開き、クラリネットや、マウスピースとリードを生産し始めました。その後、フルートやサクソフォン、金管楽器などさまざまな楽器を生産しました。1922年にサックス製造を始め、1929年にはアドルフ・サックスの会社を買収しました。1936年に発表された機構を改良した「バランスド・アクション」やその後の「スーパーバランスド・アクション」マルセル・ミュールの協力を得て開発された「マークⅥ」はジャズサックス奏者から今もなお人気があります。時代の一歩先をリードするモデルを世に送り出す、トップブランドの一つです。

ビュッフェ・クランポン


フランスにはセルマー社のほかにも、クランポンという有名なサックスメーカーがあります。クランポンはクラリネットの世界的なブランドとして知られていますが、サックスでもプレステージュやセンゾなど、管体が銅で作られたモデルが人気です。クランポンは1825年に設立された老舗で、セルマー社よりも早い1866年に最初のサックスを製造しました。その後も、スーパー・ダイナクションやS1などの伝説的なモデルを次々と発表しました。クランポンのサックスは、クラシック奏者から特に高い評価を得ています。クラシック界の巨匠、ダニエル・デファイエはスーパーダイナクションを、ジャン=イヴ・フルモーはプレステージュ(現在はヤマハ875-EXGを使用)を愛用していました。私のクラシックの師匠の飯守伸二先生も、プレステージュ(現在はセンゾを使用)を愛用しています。独特の柔らかく温かみのある音色と響きを持っています。


ユリウス・カイルヴェルト


他にもヨーロッパでは、カイルヴェルトと言う名門メーカーがあります。1925年に創業にされたチェコスロバキアで創業されたメーカーですが、創業者のユリウス・カイルヴェルトとその兄弟は、チェコ・スロバキアの「コーラート社」でサックスの製造技術を学び、第二次世界大戦後ドイツに移転し、ヨーロッパで最大のサックスのメーカーの一つになりました。カイルヴェルトは比較的新しい1980年代から現在までのモデルで有名です。現在はSX90R シリーズが展開されていて、それぞれに人気があります。特にShadowは見た目のインパクトも強い人気のモデルです。ハンダ付けされたトーンホールリングを特徴とし、豊かな音色と抜群のレスポンスがあります。機械生産と熟練の職人による仕上げをあわせて行い非常にしっかりとした作りをしておりドイツのものづくりの技術の高さを感じさせます。買収や合併売却の後、現在はブッフェ・クランポンの傘下に入り現在もドイツでサックスを製造しています。デイヴ・リーブマンや、マイロン・ウォルデンなどのジャズミュージシャンにも支持されていますが、スムーズジャズサックス奏者のウォルター・ビーズリーや、カーク・ウェイラムも愛用しています。また、グローバー・ワシントン・ジュニアはアメリカのハープ・コーフ社に依頼を受けたカイルヴェルトの受注生産モデルを使っていました。


アメリカの名門メーカー

ジャズの生まれ国アメリカでは、アドルフ・サックスと関係の深かったエドワード・アブラハム ・ルフェーブルが、1872年にニューヨークに移住して店を開き、サックスの製造と販売を行いました。さらに、金管楽器で有名なメーカーのC.G.コーン社と協力しました。彼はコーン社とともに、改良を行いました。コーン社の分社として、ブッシャー社が設立されました。このブッシャー社にも、ルフェーブル氏は関与しました。ブッシャー社は、有名なサックスメーカーの前身となりました。そして、マーチン社やキング社(当初は H. N. White Company )など、有名なサックスメーカーが誕生しました。ブッシャー社は、クラシック・サックス奏者シグルド・ラッシャーや、ジャズ奏者ジョニー・ホッジス、ベン・ウェブスター、レスター・ヤング、ソニー・ロリンズなどのジャズプレイヤーに愛用されました。マーチン社はアート・ペッパー、チャーリー・パーカー、キング社はチャーリー・パーカー、キャノンボール・アダレイ、ジェイムス・ムーディー、コーン社はチャーリー・パーカーや、ジェリー・マリガンの愛用した楽器として知られます。セルマーのスーパーバランスドアクションが出るまでは、コーン社のサックスがジャズプレイヤーの中で主流だったとも言われています。
一方、ヘンリー・セルマーの兄のアレクサンダー・セルマーは、クラリネット奏者として、パリ音楽院で学んだ後、アメリカに渡り音楽活動をし、ニューヨークに店を開きました。彼はセルマーUSAの創設者となり、セルマーの名声を世界に広めました(正式に会社として設立されたのは、1927年もしくは1928年にジョージ・バンディがセルマー兄弟からアメリカのビジネス権を買い取ったときです)。セルマーUSAは、フランスのセルマー・パリとは別会社でしたが、互いの製品の代理店関係はその後も残りました。セルマーUSAは、2003年にコーン・セルマーとなり、スタインウェイ・ミュージカル・インスツルメンツの中の1ブランドになりました。
 セルマーUSA(俗に言うアメセル)のバランスドアクションやスーパーバランスドアクション、マークⅥはジャズ奏者の使う主流の楽器となりました。愛用プレイヤーは名前を挙げられない程多数の方がいます。上記のアメリカのサックスは、ビンテージサックスの中で、ジャズプレイヤーに今でも人気があります。


日本の管楽器と、サックスメーカーの歴史

"「研究論文02 奥中康人教授」 を参考

日本にも、名門メーカーがありますが、管楽器の歴史は、明治時代から始まりました。草創期の代表格な製造業者は、大阪の江名常三(江名管楽器)と上野為吉(上野管楽器)、東京の宮本勝之助(宮本喇叭製作所、現在の宮本警報機の創業者)、田邊鐘太郎(田邊楽器)や江川仙太郎がいました。彼らの多くが、楽器の修理と信号ラッパの製造からスタートし、やがてコルネットやバリトンのような金管楽器を製造することになりました。
江川仙太郎は、1892年に当時陸軍工廠に勤務していた銅細工師の仕事から独立して、柳沢徳太郎(ヤナギサワの創業者)と浅草に江川製作所を作りました。他の製造業者同様に、楽器を修理するかたわら製作を志し、この工房で日本の管楽器生産は始まりました。江川製作所は後に、1918年に日本管楽器株式会社(通称ニッカン)になり、仙太郎の技術を受け継ぎ、管楽器の製造販売を行いました。日管は戦後にヤマハに吸収合併され研究開発が強化されました。また、柳沢徳太郎は1919年に、独立して柳沢管楽器を設立しました。
以上の流れを汲む日本の現在のサックス製造メーカーが、ヤマハとヤナギサワです。

ヤマハ

ヤマハのサックスは、日管の技術を引き継ぎながら、独自の開発と改良を重ねてきました。現在では、カスタムシリーズの875シリーズと82Z、プロフェッショナルシリーズの62、スタンダードシリーズの豊富なラインナップがあります。ヤマハのサックスは、日本の吹奏楽の定番としても使われています。また、国内外での評判も高く、ユージン・ルソー、ジャン=イブ・フルモー、デイブ・コーズ、フィル・ウッズ、ウェイン・ショーター、ボビー・ワトソン、ビンセント・ハーリングなども愛用しています。特徴は音程の安定性、操作の快適性、品質の安定性等が挙げられます。

ヤナギサワ

ヤナギサワはサックス専門のメーカーです。妥協のない作りと独自の響きが特徴です。現在のラインナップのシリーズには、ライトタイプとヘビータイプのモデルがありますが、いずれもプロも使用するモデルです。(初心者、中級者にもお勧めです)また、管体が真鍮以外で作られた、ブロンズモデルや、シルバーソニックモデルも人気です。国内はもちろん、国外でもヤニーの愛称で呼ばれ評価も高く、ゲイリー・バーツ、アントニオ・ハート、マーク・グロス、スティーヴ・スレイグル、サム・キニンジャー、ティム・グリーン等が愛用しています。ヤナギサワのサックスは、力強く豊かな音色と、個性的な側面も持っています。

その他の名門メーカー

イタリアのジョー・ロバーノや、ジミー・グリーンが愛用のボガーニや、トランペットで有名なスイスのハンドクラフトメーカーのインタービネンや、台湾製のアンティグア、カドソンほか、アメリカの会社で台湾製造の、ジェラルド・アルブライト愛用のキャノンボール等があります。また、国産の石森管楽器の制作したウッドストーン「ニュー・ヴィンテージ」は、特にジャズ奏者に評判が高く、愛用する奏者が増えて来ています。

ビンテージサックスと現代の楽器の魅力の体験談


私は、大阪音楽大学楽器博物館が所蔵するアドルフ・サックスの楽器を、当時の大学の先生のカルテットの演奏で聴く機会がありました。現代の楽器とは違う魅力があり、より木管的な温かみのある、なんとも言えない響きでした。私自身も、ジャズが好きなこともあり、ビンテージサックスの魅力に惹かれアルトサックスのアメセルのマークⅥシリアル59xxx台の楽器(マークⅥの極初期モデル)を、20代の頃より10数年間愛用していましたが、年月と共にラッカーが完全に剥げて赤錆や緑青が出て、キーのガタも来て、音が前や周囲に飛ばない(そば鳴り)の状態になっていきました。改善できないかリペアの方に相談しましたが、リラッカーをして、オーバーホールをすると、外見は戻るけど、音の状態までは戻るか保証できないのでお勧めできないということでした。迷いましたが、その頃サブで使っていたセルマーリファレンスを、色々な現場で吹くと自分自身が音もモニターしやすく、コントロールもしやすく、身体の状態も脱力しやすく感じて、 メイン楽器をセルマーリファレンスに変えた経験があります。一方、私のテナーとバリトンサックスは現代の楽器を30年以上使用していますが、何の問題もありません。そのように、ビンテージサックスは、希少性や価格も高く、ラッカーが剥げるのがはやく、メンテナンスも現代の楽器より手が掛かります。 その外観や音や吹奏感は何にも変えがたいものですが、現代のサックスも素晴らしいものがたくさんあります。新しい技術や素材で、より操作性や響きのバランス等が改善されています。   
以上の理由から初心者の方には最初の楽器として、現代の楽器をお勧めしています。音はその人自身の要素が一番大きいので、本質的なところでは楽器を変えたからと、すぐに欲しい音が出るわけではありません。大切なことは楽器を大事にし、メンテナンスをしながら、使い続けることだと思います。
私自身も、生徒様や知人の楽器の選定に付き添う事が多いのですが、皆様も楽器を買われる際は、周囲の信頼のおける経験者や、講師や先生にも付き添って貰い意見を聞きつつも、自分の目と耳で確かめて納得して選ぶことが大切だと思います。その後の、定期的なメンテナンスも重要です。皆様もどうぞ、自分に合った楽器を見つけて仲良くなり、楽器から学び、素敵な時間をお過ごしくださいくださいますように。

あとがき

サックスは、発明者のアドルフ・サックスから始まり、世界中に広がっていきました。その過程で、さまざまなメーカーや演奏者が、研究と研鑽を重ね、機構や音色を磨き上げてきました。現在では、クラシックからジャズ、ポップスなど、幅広いジャンルで活躍する楽器となっています。この記事では、サックスの歴史や名門メーカー、名手達の愛用楽器をご紹介しましたが、まだまだ魅力や可能性を持った楽器です。興味を持った方は、ぜひご自身で吹いたり、聴いたりして、サックスの世界をもっと深く探ってみてください。
この記事をお読みいただき、ありがとうございました。
次回#5では、私が聴いたことのあるお勧めのクラシックサックスの奏者や、サックス四重奏についても書きます。ご興味を持たれた方は引き続き、お読みいただけると嬉しいです。



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