「セブン・デイズ・イン・ラダック」


 先ほどから、ホームステイ先の家のおばあさんが右手でマニ車を回している。席についた時からずっと。 家族と会話する時も、何かをする時も、マニ車は廻っている。日常生活の中に当たり前のように仏教が根付いているのだ。マニ車と言うと、お寺の廻りに連続して置かれているのを、手で回しながら歩くあれしか知らなかったので、最初に見た時にはへえと思い、また小型のものでもいろいろな種類があると後で知った。

 本当に久しぶりに海外への旅に出発する前に、一緒に二度インドへ行ったことのある大学時代の友人N君からこういうのがあるんだけど、とツアーへの誘いがあった。
 標高3500メートル、冬の最低気温マイナス20度、話を聞くとまるで冷凍庫。地名はラダック。前に彼と話した時、デリーより北へ行ったことないから機会あればと伝えた記憶はうっすらとあったが、まさかよりによってこんな寒い時期にそんな高い所へと、正直びびった。こちらは高地トレッキングの経験もない。高山病の文字が頭の中を駆け巡る。
 今年は、念願だったポルトガルへ行けて満足、で終わる予定だった。それだけで幸せ、のはずだった。しかし、である。もう半ば断ろうとしたのだが、人生のモットーにしている「やらないで後悔するよりはやって後悔した方がいい」という文言が何故か急に頭をもたげて来てしまったのだ。そして、前回一緒に彼と南インドへ行くのを決めた時にも、ユーレイルパスを使ってわりと長期の旅行の予定が決まっている直前だった。そんな符号も頭を駆け巡り、案外あっさり「行こ」と返していた。
 面白いのはその後で、こちらのOKに対してN君、「びっくりした」と。そんなに驚くくらいなら何故誘ったと聞きたくもなるのだが、彼にしたら急な話でもあり、もうほとんどダメもとのつもりでの誘いだったようなのだ。結果、催行人数にも足りて無事12月の終わりから年明けにかけて、めくるめくようなラダックツアー催行とあいなった。
 雪を戴いた山々の剝き出しのうねるような地層の数々が目に飛び込んでくる。下方に目をやると、半分凍った、それでも流れを止めないインダス川の清麗な流れ。そして、ザンスカール川との合流というこれ以上ないようなダイナミズムに溢れた場所。白い山々の光の反射に目を細めながら凍った川の上を歩くチャダックという体験。その時に腰かけて飲んだチャイの美味しさ。パン屋、染物屋、様々な店を覗きながら「アザーン」の響く中を迷路のような細い石畳の道を一歩一歩踏みしめた散策。その家の娘さんが二人でダンスの歓迎をしてくれた暖かいホームステイ先の居間と、初体験の少しばかりの恐怖と寒さに震えた穴のあるだけのトイレ。夜、正月に備えて家の周りを灯で囲むため、父親と蠟燭に火をつける、炎に浮かぶ娘さんの美しい横顔。帰国してからそんな旅の一コマ一コマが次々と頭の中で再現されるが、何と言っても今回の旅で一番印象に残ったのは、チベット仏教を巡る「幾多のもの」である。
 この地の僧院は「ゴンパ」と呼ばれ、険しい岩山や崖の上に建てられている。夏にはかなりの観光客で賑わうらしいが、この季節なのでどこのゴンパも我々だけで、ゆっくりと中が見られ、曼荼羅や尊像画、説話画など彩色豊かな壁画を堪能できた。この地のガイドであるSさんが丁寧に解説もしてくれる。中に入って当地の人に習い、五体投地の礼拝を行なうが、その動作だけで身が引き締まる思いになる。
 あの絶えずマニ車を回しているホームステイ先のおばあさんを思い出す。もう宗教が生活の中で自然に一体となっているのだ。街で、お寺で、そして自宅で行われる年末から年明けへの仏と繋がる行事の数々。
 我々は、ご先祖の墓参りをし、お寺でお経を聞き、線香を手向け、お盆の時には迎え火や送り火を焚き、新年には初詣もするが、そのどれもが深い信仰に基づいたものと言えるかは少なくとも自分に関しては疑問だ。
 輪廻転生を信じますか、とガイドのSさんに聞くと、彼はもちろんと強く肯いた。野暮な質問が恥ずかしい。
 あるゴンパでは、入り口のところで驚いた。一番奥にダライ・ラマ14世がいたからだ。勿論本当にいるはずがなく、近づいてみると等身大のパネルなのだが、こんな環境の中でそれを見ると、ある登山家と幼少の頃のダライ・ラマとの邂逅を描いた、ブラッド・ピット主演のあの映画を思い出す。菩提寺の住職がダライ・ラマと写っている写真が受付の所に飾ってあって、その寺を訪ねる度にその写真を目にしているので、そこはかとない親近感を感じていたのも確かなのだ。
 自分の運命をどのように感じて幼少時代を過ごし、そしてどんな苦難に耐え、現在どのような内容の法話を行なっているのだろう。映画の中ではどのあたりまで事実に基づいているのだろう。幼少時代を演じた子役の眼鏡をかけた表情と、パネルの顔とがオーバーラップして仕方なかった。
 年が明け、帰国して一週間。知人には、こことは別世界だったと説明はしている。そして旅行中の一週間とを比べてみる。旅行中の7日間は良き仲間にも恵まれ、あまりにも密度が濃くて、帰国してからのそれは、どうにもペラペラと平板に過ぎていく。
 またN君から急な誘いがあるかもしれない。何年後?お互いにいつまでもいい旅がしたいねとは共通の願いでもある。
「実はさあ、こんなのあるんだけど、青い地球を見ることのできる、宇宙遊泳も出来る画期的な宇宙の旅って・・・」

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