【stmy】可愛ひかるの分からないことについて考えてみる

season 0 瀬尾研究室前編を読んでの感想です。可愛ひかるはしきりに『分からない』と言っていたけれど、可愛ひかるが分からないことを知ることができた。それが嬉しすぎる。

ストーリー内の言葉の使い分け

スタマイのストーリーはとっても繊細で、丁寧に丁寧に読み込みたくなる。今回読みながら気になったのは言葉の使い分け。気になった部分をとりあえず挙げてみる。

・人間の心/自分の心
・記憶/感情
・情報/記憶
・忘れてしまいそうなこと/覚えておきたいと思ったこと
・クイズ/質問
・ただの記憶/思い出

いろいろあったけど一番重要なのは、瀬尾さんと人として向き合うために理解しろ、と可愛ひかるが郁人さんに言われた『ただの記憶』『思い出』の違い。この2つに注目したい。


『記憶』と『思い出』の辞書的な意味

私も辞書で調べてみた。と言っても、手元に紙の辞書はないのでネット上で拾いました。

大辞林 第三版(出版社)の解説
【記憶】
① 経験した物事を心の中にとどめ、忘れずに覚えていること。また、覚えている事柄。
② 〘心〙 経験したことを覚えこんで保持しておき、のちに過去の経験として再生する働き、また、その内容。
③ コンピューターの記憶装置に必要な情報を一定期間保存しておくこと。

【思い出】
① 前にあった出来事や体験を心に浮かべること。また、その内容。追憶。追想。
② 昔を思い浮かべる材料となる事柄。

デジタル大辞泉(小学館)の解説
【記憶】
①過去に体験したことや覚えたことを、忘れずに心にとめておくこと。また、その内容。
②心理学で、生物体に過去の影響が残ること。また、過去の経験を保持し、これを再生・再認する機能の総称。
③コンピューターに必要なデータを蓄えておくこと。

【思い出】
①過去に自分が出会った事柄を思い出すこと。また、その事柄。
②あることを思い出すよすがになるもの。

調べてみて分かったけど、確かにこれはそれらしい『答え』ではあるけれど郁人さんが言おうとしてたこととは少し違う気がする。言葉の意味を言葉のまま受け取りがちな可愛ひかるには、分かりづらいだろうな。

私自身は、記憶も思い出も根本は記憶であると解釈した。
思い出は記憶の中の一要素。
じゃあ両者は何が違うのか。


情報としての記憶

彼はきっと情報としての記憶は分かるんだと思う。記憶という言葉の意味の3番目、コンピューターに保存する情報。可愛ひかるが実感を持って知ることができる記憶。それっぽく言い換えるとデータ
これこそが、可愛ひかるが自分のことをデータの集合体のように感じる理由なんだと思う。
相手の反応(=可愛ひかるの中に保存しておく情報としての記憶)を集めながら、少しずつ修正して相手に合わせた反応ができるようになる(=最適化)。
この機械的な感じ、なんとなく人工知能の学習っぽい。
それから、ここは深く考えていないけれど2番目の意味は心理学の用語としての記憶だからこれについてもどういうものなのか理解はできると思う。


思い出としての記憶

一方で、きっと可愛ひかるが戸惑ったのは思い出。思い出は、辞書で引くとなんか分かりづらかったけど、私自身の経験も踏まえて言うならばストーリーを持った記憶、と言えるかもしれない。過去の経験、体験を通して得た五感の全てと『感情』がたくさん詰まった記憶が思い出なんじゃないかなと。

だから可愛ひかるには情報やデータを意味する記憶はあるけど、ストーリーがないから人間の記憶は全部単なる情報に過ぎないと思っているのかもしれない。その情報は、相手に最適化された自分を形成するためのもので、極端に言えばそれをなくしたことは単にデータの欠損、という扱いになるのかもしれない。またデータ取ればいいやとか、補完すればいいやって思える。

でも思い出は。
一度なくしたら取り戻せない。補完なんかできない。
あの過去の温度や匂いを感じるための最後のチャンスごと消えてしまう。もっと言えば、あの日あの場所にあんなことを感じた私がいたという存在の記憶が抜け落ちてしまう。
瀬尾さんは、過去、家族と喫茶店に行ったこと(これは記憶の1番目の意味かな)を情報として持つできるけど、そのとき感じたことを繋いでいた壁時計の思い出をなくしてしまった。そういうことなのかなと思う。瀬尾さんが持っていた壁時計の記憶は【思い出】の2番目の意味そのものだった。

機械の不具合とかで生じる欠損とは訳が違う。
瀬尾さんの思い出の一つは、悪意がなかったにしろ可愛ひかるがきっかけとなって消えてしまった。でも、瀬尾さんが気にしないでと言うから気にしなかった。そもそも、その壁時計の記憶が今と過去の瀬尾さんを繋いでいたということが理解できない。郁人さんがなぜそこまで他人の記憶に執着して守ってるかなんてきっと分かるはずもない。

可愛ひかるはただの記憶思い出の違いが分からない。全部ただの記憶(=情報、データ)として可愛ひかるの中には蓄積されていくから。
でも郁人さんはそれが理解できないなら瀬尾さんと人付き合いをするな、というくらい厳しいことを言った。
郁人さんはそれだけ瀬尾さんのストーリーを持つ記憶=思い出を何より大切にしているんじゃないかと思う。ほわほわっとした瀬尾さん本人に代わって、瀬尾さんの思い出がこれ以上なくならないように気を張って守ってる。

その部分を、淡々と分からないから教えて欲しいと言った可愛ひかるは本当に分かってないし、郁人さんもそんな可愛ひかるのことが分からない。
可愛ひかるが言うことは分かる。
早乙女郁人が言ってることもわかる。
どちらかと言えば私は郁人さんが言っていることの方が理解できる。
2人とも真正面から思っていることを出し合ったと思う。
可愛ひかるには、そんな郁人さんの姿が乱暴に映った。
だけど郁人さんからしたら、瀬尾さんの大切な思い出をなくしておいて平気な顔をして『分からない』と言う可愛ひかるのことを乱暴だと思ったんじゃないだろうか。

分かり合えない
、というのはこういうことなんだろうなと思った。


可愛ひかるが分からないこと

早乙女郁人は感情的な人で、感情や共感性を自分が持っていて、相手も同じように持っているはずだと思い込んでいる。し、人間の多くは人間関係結構この考え方を無意識にしてしまっている部分があるんじゃないかと思う。それくらい、人間たるもの感情なんて持っていて当然。だから瀬尾さんの思い出をなくしておいて平気な顔してる可愛ひかるのことを早乙女郁人は理解できない。

一方で、可愛ひかるはどうして瀬尾さん本人ではなく郁人さんに瀬尾さんの記憶について責められているんだろう、というのを純粋な疑問として持っている。郁人さんの感情の起点が瀬尾さんにあるということが分からないから。非合理的だなぁ、理不尽だなぁ、乱暴だなぁって思っている。投げかけられる言葉をそのままの意味として綺麗に解釈するから、いやでもそれってあなたが僕に言うことではないですよねってびっくりするくらい冷静に考えてる。人間っていうよりロボットみたいな温度感。この極端な感じが前の記事で書いたサイコパスとしての可愛ひかるを感じさせる。

『分からない』

というのはこの、瀬尾研究室の昔歳編のひとつのキーワードだと思う。
可愛ひかるが瀬尾鳴海という人間に興味を持ったきっかけも『分からない』だった。

じゃあ、早乙女郁人は?
向こうも自分のことを分からないし、何より嫌っているから、可愛ひかるは自ら心を閉ざして極力深く関わりたがらないのかもしれない。
彼は自分のことを好きな人だけを好きになることができるから。分からないし、分かり合えない人には、それ以上深く踏み込まない。

にも関わらず、郁人さんは可愛ひかるに今も引きずるほど重大なテーマを残した。
ただの記憶思い出の違い。
そのことは、可愛ひかるが今まで自分の中から排除してきた自分のことを嫌う人のカテゴリーの中に、早乙女郁人という人物を分類できない理由のひとつでもあるんじゃないかと思う。
当然卒業まで関わることになるだろう研究室の先生だから当たり障りなく関わろうっていうのが一番大きいと思うけれど。きっとそれだけじゃないんだろうなと思う。
積極的に郁人さんのことを分かろうとしてるわけじゃないけれど、人の心を自分の心ではなく統計で読み解こうとする可愛ひかるにとって、自分の心でも統計でもその答えを導く糸口すら見えていない難題に向き合いたい気持ちはとても強いように見える。瀬尾さんの助手になりたがっていることも考慮すれば、それを理解することは自分にとって必要なことなんだと思っているのかもしれない。


可愛ひかるが志音くんに「“ただの記憶”と“思い出”の違いってなんだと思う?」と聞いたのを、志音くんがクイズではなく質問だと思ったのも、あらかじめ答えが決まっているクイズの正解を求めているのではなくて、可愛ひかる自身の中に答えがないことについて志音くんの考えを聞きたい、そういう聞き方だったんだろうな。これが分かる志音くんもすごいよ。

結局志音くんの考えを聞かなかったのはどうしてだろう。自分でこの違いを分かるようにならなければと思っているのかもしれない。聞いたところで自分には到底分かるものじゃないと思っているのかもしれない。
それくらい可愛ひかるにとって郁人さんから与えられたこの些細な言葉の違いは理解できなくて、それを理解するための手段すら分からなくて、今もなお『分からない』のが可愛ひかるなんだと思った。

可愛ひかるは自分と瀬尾さんが近いところにいるかもと思っているけど、私にはそうは見えない。
私には瀬尾さんがとっても感情豊かに見えるし、可愛ひかるは感情がないように見える。
だけど私自身も、可愛ひかるがこの違いを分かるようになるためにどうしたらいいのか、ヒントをもたらすことはできないなぁと思う。
可愛ひかるがこれからの人生の中でその違いが分かるようになるのかも分からない。

ただの記憶思い出
その違いを探ることは彼にとって重大なテーマで、ずっとずっと向き合っていくものになるんだろうな。


余談と今後の課題
①可愛ひかるが人の言ってることを心から『分かる』と思えた相手は都築京介。これちょっと気になるね。
②郁人さんはどうしてあんなに瀬尾さんの思い出を瀬尾さんに変わって守っているんだろう。瀬尾さんに何か助けられたことがあったりしたんだろうか。これまでに何か語られた?それとも後編で明らかになる?
③瀬尾さんのメモの基準、『感情が揺れて忘れてしまいそうなことと、覚えておきたいと思ったこと』この違いがまだよくわからない。


#スタンドマイヒーローズ #スタマイ #可愛ひかる

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