アスペ先輩、仕事辞めるってよ#2話
第2話 先輩は飲み会が好き
これまでのあらすじ
僕は26歳の営業マン。新卒で入社した商社はブラック企業だったけどなんとか小さなメーカーに転職できた。初出勤の日、全社員に向けて挨拶をしたとき、1人の先輩が素振りをしていた。それがカラサワ先輩との出会いだった。
(この小説は実話です)
新しい会社に入社して2週間が経った。とてもニッチで特殊な産業機械の部品を扱うメーカーだけあって、覚えることはとても多かった。また、その製品の役割も理解が難しく、僕は知識をつけることに四苦八苦していた。しかしとても良い性格の上司や先輩たちに恵まれ、「この会社なら長くやっていけそうだな」と感じ始めていた。ある1人を除いては…。
金属の知識がない僕は、鉄とアルミの違いが全くわからず、直属の上司である中野さんに質問した。
「鉄とアルミの違いって、どういうふうに覚えればいいですか?」
「アルミは軽くて鉄は重い。アルミは磁石にくっつかないけど鉄はくっつく。まずはその程度でいいよ」
「ありがとうございます!」
中野さんはこう続けた。
「せっかくだから、社員の皆と仲良くなるきっかけとして、色んな部署の人に似た質問聞いといで」
「わかりました!」
僕は鉄とアルミの違いについて、まずは製造担当者に話を聞いてみた。どうやら製造の人から見たら加工のしやすさが主な違いと感じているらしい。アルミ>鉄>ステンレスの順番に加工がしやすいと始めて知った。
(ステンレスは固くて加工がしにくいのか…なんか面白いぞ…!)
始めて製造業の知識を得て僕は面白さを感じ始めていた。そして、設計の人にも話を聞いてみようと思い、近くに座っている湯浅さんに聞いてみることにした。
「湯浅さん、今いいですか?」
「いいよ」
「ありがとうございます。いま金属の勉強をしてるのですが、ステンレスは加工がしにくいと聞いたのですが、設計する上でどんなことに気をつけてはりますか?」
「あまり複雑な形状の部品にはその材質を選ばないようにしてるよ」
「そうなんですね!そういう目線で設計されてるんですね」
「まぁね。あとステンレスは製造業ではサスって言うねんで」
「サス?」
「SUSと書いてサス。覚えとき」
「ありがとうございます!」
ほう!そんな呼び方してるのか!僕は細かい知識を得るのが好きだったので、すっかり嬉しくなった。湯浅さんにお礼を告げてその場を離れた。この会社には設計担当者が2人しかいない。湯浅さんとカラサワ先輩だ。湯浅さんは30歳で、カラサワ先輩は33歳。カラサワ先輩はその時席を外していたので、戻って来られたら違う質問をしてみようと思った。
午後になり、カラサワ先輩が席に座っているのを発見した。僕はカラサワ先輩に近づき質問してみた。
「お疲れ様です。いまいいですか?いま金属の」
「なんや」
「え?」
「なんの話?」
カラサワ先輩は何故か不機嫌だった。何があったかはわからないが、面倒くさそうな態度をされた。
「いま金属の勉強してまして、質問させてもらいたいんですけど…」
「ふーん」
カラサワ先輩は細い目をこちらにやり、またパソコンに戻し、ため息混じりに「ええよ」と呟いた。
「いろんな方にお話を聞いて知識を得てるのですが、アルミは柔らかくて加工がしやすいと知りました。設計する上で、アルミは強度が必要なところにはあまり使えないと思うのですが、うちの製品でそういった設計上の工夫をされているところはありますか?」
「なんか、偉そうやな?」
「え?…ええ?!そうですか?」
「君営業なんやし」
「はぁ」
「東洋重工向けのやつのこの部品やな。ここのこれ、見てみ」
「はい(なんのこっちゃわからん…)」
「この設計俺がやった」
「すごいですね」
「君適当やろ。何がすごいかわかってないやん」
「(しまった…地雷踏んだ…)」
「今日飲みに行くで」
え…?どういうこと?
「飲みに行く?どういうことですか?」
「どういうこともこういうこともないやん。飲みに行って設計のこと教えたるわ。君質問おかしいで」カラサワ先輩の目は本気だ。
「すいません、まだ今日月曜日なんで、働き始めたばかりで体調整えないといけないんでまた後日でも…いいですか?」
僕が質問してからカラサワ先輩は30秒ほど無言でパソコンを見ていた。とても長く感じる沈黙だった。
「まぁ、ええよ」
「(よし…とりあえず先延ばしできた…!)すいません、ありがとうございます」
「言うとくけど、毎週行くで」
毎週?何言ってるんだこの人?
「毎週ですか?笑 さすがにそれは厳しいですね〜笑」作り笑いをして僕はササッと自席に戻った。
それからとりあえず水を飲んだ。
設計やってる人はこういう人多いのかわからないが、なんというか、とにかく偉そうに感じた。新人に対する態度が何故かデカい。あと、月曜日から飲みに行くことについて、冗談なんかではなく本気の目で言っていた。
ヤバイ先輩だーー。これがカラサワ先輩と初めてまともに喋ってみて得た印象だった。
「カラサワ君!!」突然社長が大きな声を上げた。
カラサワ先輩は急に高い声でハイ!と返事した。そして小走りで社長のもとへ向かっていく。
「君図面間違えてるで、こことここ。この寸法やったらここ当たるやん」
どうやらカラサワ先輩は図面でミスをしたらしい。先ほどの僕に対する態度とは打って変わってヘコヘコしている。ひと通り指導が終わると自分の席に戻り、また図面を触り始めた。なんとなく、飲みに行くと愚痴を聞かされそうだなぁと感じた。できれば飲みに行きたくない…。
夕方になり、退勤時刻が近くなってきた。僕はパソコンの中で部品図を引っ張り出してきて各部品の材質を確認していた。
「ミトくん」
「うあ!」変な声を上げてしまった。突然自分の顔の横から声がしたからだ。カラサワ先輩だ。ちょっとモジモジしている。
「今日、飲みに行かれへんかな」
カラサワ先輩は体をでんでん太鼓のように腕を行ったり来たり振っている。
「すいませんが…お昼も言いましたように今日はちょっと」
カラサワ先輩の目がキッと怒ったのがわかった。怒らすと後々面倒くさいことになりそうだと感じていたら、「金曜日でどうですか?」と思わず言ってしまった。
「え!金曜!?空いてるかな〜」カラサワ先輩はスマホを取り出して画面を見始めた。しかし2秒もしないうちに「空いてる」と言った。僕は心の中で(絶対いまスマホでカレンダー見てないやろ!見てるふりしたやろ!忙しいオレ的なアピールやったやろ!)とすかさずツッコミを入れた。
金曜日に飲みの約束が取れて満足したのか、カラサワ先輩はご機嫌な様子で自分の席に戻っていった。一方、僕は週末が憂鬱になった。
つづく