【ミトシャの植物採集】 第4話 アニス
作:石川葉 絵:茅野カヤ
お昼寝をしていたミトシャの鼻先をさわさわとくすぐるものがありました。
「くしゅん」
ミトシャはくしゃみをして目を覚ましました。
すると、すぐ横で体の線の細い植物が、びっくりして飛びあがりました。「びっくりしたあ」
ふりむいた植物がミトシャの顔をしげしげと見つめます。
ミトシャの鼻をくすぐった小さな一対の翼がぱたぱたとはためいています。
「こんにちは。うさぎさん。わたし、バレエの練習に夢中になっていて、あなたが眠っていたことに気がつかなかったの。起こしてしまって、ごめんなさい」
ミトシャは鼻をこすりながら、体を起こします。その植物からは、すうっとする香りが、ほんのりただよってきます。
「君は翼を持っているけれど、天使なの?」
植物は、鈴を転がすような音でころころと笑いました。
「翼を持っていたら天使なら、鳥はみんな天使になっちゃうわ」
「それもそうだね」
ミトシャは頭をぽりぽりと掻きました。
「わたしはアニス。将来のプリマよ」
「わたしはミトシャ。プリマってなに?」
ミトシャの三つ首はそれぞれに顔を見合わせました。
「そんなことも知らないの!」
アニスは頬をふくらまし、腰に手を当てて、いかにも心外だという態度です。
「プリマっていうのはね、プリマ・バレリーナのこと。とびきり上手で素敵な、最高のバレリーナのことよ!」
「君はバレエダンサーなんだね」
「その通り!」
そしてアニスは足を組み、つま先立ちでくるくるっと、2回まわってみせました。ミトシャはその回転に、ふんわりとした風を感じ、うっとりと魅せられました。
「今のが、ピルエットよ」
ミトシャは拍手を送りました。
「あなたもいっしょに踊りましょうよ」
「わたし、踊りは苦手かな……」
おどおどしているミトシャの手を引っ張って、アニスはくるくると回ります。
「いっしょに踊ってくれたら、あま〜いお菓子をごちそうするわ。わたしの種はお菓子をおいしくしちゃうんだから」
ミトシャは、びくびくしながらも(あまい誘惑にも釣られて)、アニスの手をとりました。
ふたりは、くるくると舞い始めます。
「あなたは、頭がたくさんあるから、回転するのがへたね」
その通り、ミトシャは自分の頭の重さに振り回されて、ぐらんぐらんと揺れながら踊るのでした。そして、すぐに転んでしまいした。
アニスは、そんなミトシャに気をとめず、ひとりでくるりくるりと飛んだり跳ねたりしています。
「これは、パ・ド・シャ」
とびあがり、片手を伸ばし、両脚の膝を曲げ、つま先どうしをくっつけ、空中で菱形にします。軽やかなジャンプと着地をしてみませます。
「これはカブリオール」
体をくの字に曲げて、ジャンプします。
「これはアティチュード」
つま先立ちになり、もう片方の足を後ろに上げて、ポーズを取ります。
それらすべての動きが優雅で、ミトシャは吸い付けられるようにみているのでした。
ミトシャは拍手をします。
「君は、どうやってそういう動きを覚えたんだい?」
「わたしのママが、エデンガーデンにいたころ、バレリーナだったの。エデンガーデンの外にもたくさんのバレリーナがいると聞いて、そこを後にしたらしいわ。
それで、この小夜色の世界をめぐるバレエ団に入団したの。
もうすぐママが所属していたバレエ団のオーディションがあるの。わたしもママみたいなバレリーナになりたいの」
ミトシャはカメラを取り出しました。
「エデンガーデンの神様は、出ていった人たちをとても心配しています。元気な様子をお伝えしたいから、写真を1枚撮らせてください」
いいわよ、とアニスは言ってポーズを取りました。
すかさず、ミトシャはシャッターを切ります。
「これはアラベスク」
今は、この本を使って勉強しているの、とアニスは大判の本をミトシャの前に掲げ、パラパラとめくります。
その中には、カエルの姿をしたバレエダンサーがいろんなポーズを決めているのでした。
「面白い本だね」
「楽しく練習しているの。カエルさんにできるなら、わたしにだってできるのよ。それに、ママは、ユニコーンバレエ団のプリマ・バレリーナだったんだから」
「ユニコーンバレエ団」
「わたしが受けるバレエ団よ。公演をするときはあなたを招待するわ。素敵な気分になること、請け合いよ」
アニスは、背中の小さな翼をパタパタとはためかせました。
ミトシャは、アニスのもてなしを受けます。アニスのクッキー。アニスのケーキ。アニスのプディング! テーブルに並んだお菓子の甘くておいしいこと! そして、添えられた飲み物もほんのり甘いハーブティー。すがすがしい香りがありました。
「ちょうどいい甘さでしょ。わたしの種のおかげよ。それと、咳止めの効果があるからそのドロップをあげるわね」
ミトシャはアニスから種とドロップをもらいました。
お茶会のあと、ミトシャは手を振ってアニスと別れました。
丘の向こうに、アニスの姿が消えた時、ミトシャは、くるりとピルエットを回ってみました。それでも、やっぱり頭が重いので、ごろんと転がり、ごちんと頭をぶつけました。
草原を風が、ざざざっと渡ってゆきます。
ぼんやりと小夜色の空を泳いでいる太陽が、ミトシャを見て笑っていました。
ミトシャの植物採集 第4話 おわり
***
ミトシャの植物採集、お楽しみいただけましたか?
さて、小夜色の世界でのアニスはあのような姿をしていましたが、わたしたちの住む世界ではどんな姿をしているのでしょう。
白い小さな花、種、ギザギザとした葉っぱ。葉っぱは羽毛のような形状といわれています。アニスの学名Pimpinella anisumのPimpinellaは2つの小さな翼という意味だそうです。
小夜色の世界では、名前通りに翼を広げているというわけです。翼をはためかせ、アニスは今日も稽古に励んでいるでしょう。
アニスは一年生植物と書かれています。小夜色の世界では、もっと長生きするみたいですが、親の姿はありません。母もバレエダンサーということですが、もしかしたら代々、バレエダンサーを産み続けている家系かもしれませんね。
そうそう、アニスが読んでいる本が気になった方もいるのじゃないかと思います。この世界にもありますよ。カエルがバレエを教えてくれる本。
どうやら新品の在庫が切れてしまっているようです。そんな時は、岩波書店に増刷のリクエストをしましょう。素敵な本なので、たくさんの人の手元に届いて欲しいです。
次回の『ミトシャの植物採集』は
コエンドロ
お楽しみに!
それでは、また小夜色の世界でお会いしましょう。