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【ミトシャの植物採集】 第3話 マンドラゴラ

作:石川葉 絵:茅野カヤ

 悲鳴のような叫び声を聞いた時、ミトシャはたちまち気絶してしまいました。

 小夜色の世界に昼夜の区別は少ないのですが、それでも昼間にはおぼろな太陽が浮かんでいて、いくらか影はできますし、夜間にはうっすらと満ち欠けする月の姿も見えます。
 今は、星々ばかりがまたたく、新月の夜です。
「う、う〜ん」
 大きく伸びをしてミトシャは目覚めました。ひと晩といち日、ミトシャは眠っていたのでした。
「いったい、なにがおきたんだろう?」
 ズキズキと痛む頭をおさえて、ミトシャは叫び声があがった方に歩いてゆきます。
「こっちの方だったね」
 ミトシャはよく聞こえる耳を六つも持っていますから、音のありかを見つけることなんて簡単です。
 音がしたとおもわれるところには、柵が作られていて、『マンドラゴラ・ナーサリー』という看板が貼り付けられていました。

マンドラゴラ・ナーサリーの看板

 その柵の間にひっかかって、体をくねらせてうごめくものが見えます。
「人の赤ちゃんだ!」
 セトがそう言って、あわてて赤ちゃんを抱きあげました。でも、なんだか様子が変です。
 その赤ちゃんは帽子のようなものをかぶり、足の指の先や脇の下から、糸くずのようなものがいくつもぶらさがっています。おまけに土まみれでまっくろです!

土まみれの赤ちゃん

 赤ちゃんは、ミトシャに抱えられても、落ち着かない様子でうねうねと動いています。
「セト、これは人の赤ちゃんじゃないよ。マンドラゴラだ」
 ミトシャの右首のラトが言います。
「あ、それで、僕ら気絶しちゃったんだ!」
 左首のレトが、合点がいったという声をあげました。
「ということは、この子は誰かに引き抜かれたのかしら」
 ミトシャはマンドラゴラの赤ちゃんを、よしよし、となでます。

 みなさんはマンドラゴラという植物を知っていますか? 紫色のかれんな花を咲かせますが、特徴的なのは、その根っこの部分です。その形がエデンガーデンを追い出された「人」という動物の姿にそっくりなのです。
 どんな風にそっくりかというと、エデンガーデンを出た植物たちは、みんな特徴的な洋服のような葉っぱが体から生えてきます。ですが、マンドラゴラはまるっきりのはだかんぼうなのです。それで成長すると、人と同じように洋服を着たり、二本の足で地上を歩くようになります。
 そのように自分から這い出すマンドラゴラは珍しく、多くは誰かに引き抜いてもらわないと地上に出ることができません。地上に出るときに、マンドラゴラは叫び声をあげます。その声を聞いたものは、気絶してしまったり、時には死んでしまうこともあるのです!

「もしかして、誰か死んでるんじゃない……?」
 ビクビクしながらレトがつぶやきます。
 ミトシャは、そろりそろりと開けっぱなしになっている柵の中に入りました。
 マンドラゴラが植えられている畝の間に、泡を吹いてすっかりのびている植物を見つけました。頭に生えている紫色の花も萎れています。それは、大人のマンドラゴラでした。そのマンドラゴラは、舞踏会にでも出るかのようなきらびやかな衣装をまとっていました。
 ミトシャは急いで、アザミからもらった種を大人のマンドラゴラの口に含ませました。
 しばらくすると、
「う、う〜ん」
 とうなって、大人のマンドラゴラは目を覚ましました。
 そして、赤ちゃんを抱いているミトシャを見上げ
「君が助けてくれたのかい?」
 そうたずねました。
 ミトシャは
「マンドラゴラがマンドラゴラの叫びを聞いて倒れたの?」
 と聞きました。
 大人のマンドラゴラは、頭の花を撫でながら
「そうなんだ。僕は、ハニーのために赤ちゃんを連れてゆかなくてはならなかったんだ。
 それは、同族であるマンドラゴラにとっても危険なことでね。だから、このナーサリーは普段から無人なんだ。赤ちゃんをぬすもうとする間抜けな泥棒なんていないからね。
 だけどね、僕は結婚式を挙げたから、赤ちゃんを連れてゆく義務があるんだよ。僕はハニーといっしょに子どもを育てるんだ」
 大人のマンドラゴラは立ち上がりました。ミトシャよりも背が高く、すらっとしていました。
「自分の子どもじゃないのに、ちゃんと育てられるの?」
 ミトシャの問いかけに、マンドラゴラは、まっすぐなまなざしをして、こう言いました。
「もちろん、自分たちの種子から育てることもできるだろう。そういう血のつながりが大事だって言う人もいる。でもね、僕たちは違う道を選んだんだ。ここは、マンドラゴラナーサリー。いろんな事情で育てられなかった赤ちゃんたちが眠っているんだ。僕たちは、そういう赤ちゃんを育てたいと思ったんだ。だって、僕とハニーだって、血はつながっていなくても、すごく愛しあっている。だったら、どうして愛する関係に血のつながりが必要なんだい?」
 ミトシャは、それを聞いて黙ってしまいました。ミトシャは小夜色の世界にただひとりの三つ首兎ですから、結婚とか親子とかのことはよくわかりませんでした。
 大人のマンドラゴラは、ミトシャから赤ん坊をあずかりながら言いました。
「君は、とてもいいカメラを持っているね。僕とハニーと赤ちゃんの、家族写真を撮って欲しいな」

マンドラゴラの肖像

 マンドラゴラの三人はおめかしをして並びます。赤ちゃんもきれいなおくるみにつつまれて笑っています。
 

 家族ってなんだろう。
 マンドラゴラの三人はミトシャが丘の向こうに消えるまで、ずっと見送ってくれました。それに答えて手を振りながら、ミトシャは家族のことを考えていました。
 セトとラトとレトでミトシャ。わたしはそういう家族なのかな、と思いました。

ミトシャの植物採集プラントハント 第3話 おわり

***

 ミトシャの植物採集プラントハント、お楽しみいただけましたか? 
 さて、小夜色の世界でのマンドラゴラはあのような姿をしていましたが、わたしたちの住む世界ではどんな姿をしているのでしょう。

出典:Wikimedia Commons

 とても奇妙な姿をした植物です。日本では「恋なすび」とも呼ばれています。その名の通り、ナス科の植物です。

 ラブ・アップルは、茎のない多年生草木で、ホオズキ、ジャガイモ、トマトと近縁です。ビートのような直根がありますが、分岐することが多く、その直根の上部から、披針形、長楕円形、あるいは卵形で、しわがあり、長さ約30センチ、幅約10センチの大きな葉が出て、イギリスのサクラソウのようにロゼット状に地上に葉を拡げます。(中略)たとえば、創世記30章14-16節の、レアとラケルの物語では、この植物に媚薬的な性質があると考えられていたことが判ります。アラビア人は、情欲をかき立てる力があるように思われるところから、これを「悪魔のリンゴ」と呼んでいます。また、多産性を刺激するとも考えられ、惚れ薬やまじないに使うという点でも有名でした。

出典:聖書の植物事典 八坂書房 p233-234より

さて、ルベンは麦刈りのころ、野に出て行って、恋なすびを見つけ、それを自分の母レアのところに持って来た。するとラケルはレアに、「どうか、あなたの息子の恋なすびを少し私に下さい」と言った。
レアはラケルに言った。「あなたは私の夫を取っても、まだ足りないのですか。私の息子の恋なすびもまた取り上げようとするのですか。」ラケルは答えた。「では、あなたの息子の恋なすびと引き替えに、今夜、あの人があなたといっしょに寝ればいいでしょう。」
夕方になってヤコブが野から帰って来たとき、レアは彼を出迎えて言った。「私は、私の息子の恋なすびで、あなたをようやく手に入れたのですから、私のところに来なければなりません。」そこでその夜、ヤコブはレアと寝た。

創世記 30章14~16節 聖書 新改訳©2003新日本聖書刊行会

 マンドラゴラは、西洋ファンタジーの小説や映画によく登場します。そういった作品を鑑賞する時に、どんな姿で描かれているか、ぜひじっくり観察してみてくださいね。

 実際に種子も販売されているようです。育ててみるのもおもしろいかもしれません。ですが、毒があるそうなので、くれぐれも取り扱いには注意してください。

 そして、この物語は、こちらのポスターに触発されて書かれた物語でもあります。

 みなさんも、ミトシャといっしょに、家族のことを考えてみてくださいね。

 次回の『ミトシャの植物採集プラントハント』は
 アニス
 お楽しみに! 
 それでは、また小夜色の世界でお会いしましょう。


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