SEVENTEENは待っていてくれる〜HOME;RUNで泣いた話〜
題名の通り、私はSEVENTEENの新曲で大泣きしてしまった。
初見で大泣きしてしまい、CARATの友人と観ながら感想を話している間にも大泣きしてしまった。
↑SEVENTEENの新曲「HOME;RUN」。タップしたらYouTubeに飛んで聴けます。
とても楽しい曲なのに私が何故泣いてしまったのか。この曲に出会った時の感情を忘れないように、そして思い立った時にこの曲の良さを話せるように、感想を書き留めておく事にする。
単刀直入に書くと「歌詞が良すぎた」のに加えて「曲が明るかった」からだ。
いや、理由簡単じゃない?と思ったかもしれないが、この簡単な言葉の裏に私が泣くほどの話があるのでもう少し付き合ってほしい。
まず、「歌詞が良すぎた」という点。私が涙腺崩壊したフレーズを書き出してみる。
いつものようにやれば良いんだよ
何がそんなに心配なの
曲を聴きながら歌詞を読んだ時、衝撃を受けた。その衝撃はサッと波のように引いて、じわじわと心が滲んで最終的にはバカみたいに泣いていた。
ハッと気付かされたわけではなく、自分でも無意識に気が付いていたのに諦めていた物を、この歌詞が改めて光らせてくれたのだ。
誰かから悩みを相談された時、誰かを励ます時、私は「いつも通りで良い」「心配しなくて良い」と何度も言ってきた。心の底からそう感じて、そうであってほしいと願っているから。
ところが、これが私自身となると、この励ましや問いかけが全く出来ないのである。何かあると自分のせいだと自らを責め、自分で自分の価値を落とし込み、自分から心配事を増やしていく。そんな自分嫌いが極まったのが私だ。
何度も何度もこの自分嫌いスパイラルから脱したいとジタバタしたがそれも叶わず、ポジティブシンキングも諦めきって、自分嫌いと付き合ってこれまで過ごしてきた。
そんな自分嫌い野郎の私に、SEVENTEENは明るいジャジーな曲調で「いつものようにやれば良いんだよ 何がそんなに心配なの」と言ってきたのである。
ここで、泣いてしまったもう一つの理由「曲の明るさ」が加わってくる。
前述のように、私は自分嫌いで、自分を励まして肯定するのが大の苦手だった。
ただ、SEVENTEENはその私にとって難しい事を、かっこいい姿で、リズムに合わせて素敵な声で、温かいミルクティーを一杯差し出すかのように優しく、歌い上げていたのである。
これを聴いた時の私の衝撃といったら。そして良すぎる歌詞と明るい曲調に、私はこう思ったのである。
何故こんなに彼らは優しくて温かいのだろう。
私が嫌いな私を明るく迎えてくれるんだろう。
この考えに至った瞬間、私はアホほど泣いてしまった。
私が嫌いな私を、大好きなアイドルが肯定して抱きしめてくれたように感じて、涙が止まらなかったのである。
いつも通りにやれば良いと、心配しなくて良いと、私自身が一番分かっていたのだ。それが一番楽なのかもしれないと、心のどこかで感じていた。でもそれを諦めてしまっていたのである。
だが、そんな諦めを取り去ってくれた、それがHOME;RUNという曲だ。
無理やり人の心をぶち上げるわけではなく、難しい言葉を並べるでもなく、「簡単な言葉で寄り添い、気付かせてくれる」曲だった。
まさに私が無意識に求めていた、大正解の曲だったのかもしれない。
HOME;RUNの終盤の歌詞で、ウォヌが「出来るじゃん」と歌う部分がある。
まだ私は全てを上手くこなせるわけではなく、乗り越えるべき壁もあり、目指したいものがある。だからもっと頑張らないと、と常々思う。
いつか何かをやり遂げた時、このウォヌの「出来るじゃん」の言葉をまっさらな気持ちで受け取ってみたい。「うん、出来た!」と明るく、ホームランのようにぶち上げて返してみたい。
HOME;RUNという曲の中で、SEVENTEENはきっと待っていてくれる。疲れて戻ってきた時に、お疲れ様と言ってくれる。また迷った時に、優しく出迎えてくれる。
大好きな彼らが待っていてくれるこの曲を私は一生大事にして、一つの故郷のようにこれから抱いていくのだろう。
一つの拠り所となるようなこの曲との出会いに、大きな感謝を。SEVENTEENが大好きだ。