黒江真由が好きになれない
最初に、自分の立場は「黒江真由が人として好きになれない」けど、「12話は神回」派です。
「北宇治は実力主義」は久美子のわがまま?
久美子自身が実力主義を大事にしているのはもちろんだけど、コンクールに勝つために実力主義を通すのは部として当然だし、部長としてそれ以外の答えをするのは今まで落としてきた部員たちへの裏切りになる。だから、「久美子が実力主義を譲らないのはわがまま」と責める気にはならない。単なる個人的なこだわり以上の事情がある。
そして黒江真由が他の部員ならともかく、当の久美子に「辞退しようか」と迫るのは、上記の久美子の信念・部長としての立場・部の目標のどれにも配慮できていない描写になっている。
そしてその「配慮できなさ」の描写がずいぶんリアルなので反感を買っているんだと思う。改変に批判的な人でも、脚本家(とその原案である原作者)の「黒江真由という人物」の描写技術が優れているのは認めるはず。「嫌われるタイプ」を描くのがすごく上手い。
守るべき建前
オーディション形式は全体として最高の演奏にするために避けられないもので、その性質上誰かが落ちなければならない以上、ギスギスするのは部として避けられない。全員から手放しに称賛されて選ばれている部員なんて、実質的に競争相手のいない緑くらいでしょう。
「組織として実力主義をやる」場合には、部員達にはそれぞれの立場に応じて、人として最低限の気遣いをする責任ってものがあると思う。
部の目標・落ちた部員のために全力で吹くのが実力者の責任(麗奈1年、奏1年、美玲1年、すずめ1年)
自分で納得して公では恨み言を言わない落ちた人の責任(葉月1,2年、さつき2年1次、奏2年2次)
もちろん落ちたうえでフォローに入れたら並外れた人格者だけど、個人的には高校生でそこまでは厳しいと思う(香織先輩、夏紀先輩2,3年、葉月2年)。
こういう義務をあえて口には出さずとも守ることが、お互いへの礼儀・誠意ある建前なはず。「自分も演奏したい」「部が最高の成績を出せるように」という思いを共有している仲間だからこそ、建前で距離を取って衝突を防ぐ。優しさからくる距離感。
そして真由が「辞退しようか」と「久美子に」迫るのは、この責任を放棄していて好きになれない。
黙って全力で吹いて真由が勝つならそれでよし、久美子は辛くても自分で心に整理をつけるべき。どうしてもというなら黙って手を抜けばいい。真剣に全国金を目指す部員には失礼だけど、自分で決着をつけるのはそれはそれで立派な態度だ(退部した葵先輩はこの意味ですごく誠実だった)。
真由はそのどちらも選ばないために部員として守るべきラインを超えていて、誠実でない態度を取っていた。「久美子のわがまま?」で書いた「配慮できなさ」と合わせて、黒江真由はとにかく部・久美子の事情を汲まない態度を見せていた。
でもそれはあくまで外に出す態度の話。11話までではそれが黒江真由が単にアウトプットが苦手なのか、本当に久美子の立場を理解してなかったのかはわからなかった。
黒江真由の背景
12話で「黒江真由は音楽には真剣だから、演奏に手を抜けない」と背景が追加されたことは、キャラの行動の説明としては筋が通っているが、人としては疑念が残る人物になった。
落とされる方のフクザツな気持ちを背負う責任を取らず(麗奈1年はできた)、手を抜けないのは自分のこだわりのため(奏1年は妥協できた)。自分の気持ち・部長の立場・部の目標のなかでバランスを取っていた久美子の、健気なレベルで大人な態度に比べて、黒江真由はあまりに視野が狭く、ケアを久美子に投げていた。
行動理由がついたことで黒江真由のディスコミュニケーションは、単に黒江真由のコミュ力が足りないだけじゃなく、本当に久美子の気持ちが分かってないのが原因だったんだ、と感じた。
じゃあ、なぜ12話で感動したのか(1)
1番大きな理由は、久美子がめちゃくちゃ成長していく姿に自分の心がノれたから。
さんざん真由の欠点をあげつらってきたけど、久美子はそんな真由の欠点も、残酷なオーディションの結果も受け入れて、しかも最後にはあの大演説で部員の心をまとめた。
久美子がユーフォニアム奏者として真剣な姿をさんざん見てきたからこそ、ソリを諦めても前を向く姿勢はその分迫力があったし、痛々しいくらい健気で涙が出た。
また、オーディションで落ちる流れを通して、奏や麗奈とより一層深くコミュニケーションできたり、先生たちとも相互の信頼関係・リスペクトがあることが分かった。こういう周りの人との絆は、久美子が3年間で築いた成果。
オーディションの舞台では結果が伴わなかったけど(あるいはだからこそ)、久美子は北宇治の3年間で立派な事を成し遂げたと思えたし、オーディションの結果もアリだと思う。
じゃあ、なぜ12話で感動したのか(2)
こちらはもっと後ろ向きな理由で、もともと麗奈(およびくみれい)が、黒江真由と同じ理由で苦手で、くみれいのソリが聞けないことにショックを受けてないから。
1期での香織先輩に向かって放った「先輩よりあたしの方がうまいからです」とか「文句つけるならあたしよりうまくなってからにしてください」は、タイプは違うけど黒江真由と同様に視野が狭いと思って、最初っから引いていた(ただ麗奈はソロ獲るのをためらったり、後で香織先輩に謝罪してるし、ギスギスを自分で背負う覚悟もあったのは立派だと思っている)。
1期のオーディション回も初見のときから香織先輩の覚悟と、それを見守る小笠原部長と優子先輩(とそれを見守る夏紀)が感動ポイントで、麗奈が特別になるとかはあんまりノれてなかった(再オーディション前に麗奈がためらう流れは好き)。
久美子は麗奈を「特別」な相手だと思ってるけど、自分はそこまで気持ちが乗りきれず、だからソリが聞けなくても「展開の一つ」で済ませられてる。
むしろ、久美子に寄り添えていなかった最近の麗奈が、久美子の信じる実力主義を大切にして引導を渡したうえで大吉山で謝ったところで、やっと久美子の心と通じ合えたと思うので、個人的には好みだった。
まとめると、自分にとって12話は「くみれいのソリが聞けない」っていう下げ幅が小さく「久美子は3年で周囲の人とかけがえなのない関係を築いた」っていう上げ幅が大きかったので、差し引きプラスで感動した。
以下個別の感想です。
細かい感想
「黒江真由擁護はモテない男性」はよくない。
原作を前提とした感想はもう微妙に的外れじゃないだろうか。特に結末に大きな変更があった今では、原作既読と未読でアニメ理解の材料は同等。誰かの意見が的外れだと思うなら原作既読云々は関係なく、的外れな点を指摘すればいいはず。
黒江真由が気まずくなるのは女子特有の陰湿さ、とは思わない。男子運動部でも普通に起こりうることだと思う。
「黒と黄色で警戒色」とか、「久美子と真由は鏡で」とかは、作品の内容とは関係ないと思う。設定話としては面白いし、作者がどんなことを考えているかっていうのはファンとして知りたいことだけど、それ自体は内容に影響を与えることもないはず。
「黒江真由が嫌い」も「久美子と麗奈の選択を応援」も視聴者=部外者の過度な肩入れなのは同じなんだから、もっと仲よくしよう。
脚本家に直接暴言を言うのはよくない、作品を評価することと人に話しかけるときのマナーは両立するはず。
黒江真由が好きな人はどういうところが好きなのか教えてほしい。
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