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「う蝕」軽妙さと意外性の詰まった真摯な願いの詰まった会話劇【観劇感想文】
※ネタバレ有の感想文です。
兵庫芸術文化センターにて、「う蝕」を観てきました。
とても私好みのお芝居で、観られて本当に良かったと思えました。
物語は、6人の男性の会話劇によって進められます。
……場所は日本のどこかの孤島。大規模な地盤沈下という未知の災害に襲われ、それは「う蝕」と呼ばれるようになった。
その災害によって多くの人間の命が奪われ、その個人の特定のために歯科医師たちが集まる。もともと島の医師だった男や、呼ばれてきた医師もいる。
やがて、医師の知り合いの男や役人、白衣の男という6人が集まり、一人が言う。「この中に、ここにいるべきではない人間が混ざっている」、と。
……そんな物語は、テンポの良い軽妙な会話で進みます。その飾らない台詞の端々にはユーモアが込められていて、逼迫した状況に固唾を飲んで状況を見守っていた観客たちも、次第に「笑っていいのか」と気づいたかのように次第に幾度も笑い声が立っていきました。災害に襲われた状況という設定で、けして悪ノリにならずにそっと笑わせてくるセンスが、さりげなく巧いと思いました。
その会話の巧さ、これが芝居の肝で自分がすごく惹かれたポイントでした。「あ、そうだったのか」とふっと思いがけないタイミングで、息を呑むのです。
ごくごく自然な会話のうちに、するりと新しい事実が混ぜ込まれていて、驚かされる。派手な会話や事件が起こるのでなく、会話の成り行きで知らなかった事実がひょっこりと不意に顔を出す。いつのまにやら、白い歯の内に秘められた虫歯のようなウロが、覗いているのです。
その明らかにされる事実の、怖ろしさ、少しぽかんとするような衝撃がとても新鮮でした。
まずそのひとつが、「派遣されてきた役人」の正体。
胡散臭く挙動も怪しい人物が何者か、そのヒントはずっと散りばめられていた。近くにある刑務所の島、医師の剣持がかつて囚人を健診したという事実。白衣の男の登場によって、するりとその正体が明らかになる過程はとても滑らかでした。
そして、クライマックスともいえる、生きる者と死んでいた者が共存していたという事実の開陳。これもまたあまりにぬるりと会話で明らかにされ、驚きと納得でふっと力が抜けるような感覚を受けました。
「一度目のう蝕」と「二度目のう蝕」があったという、そもそもの事実。
物語途中で挟まれた、明らかに今とは違い前向きな加茂と木頭のやりとり。
根田の島に残り続けている決意。ほかにも、いくつも示唆はあったのでしょう。
それらが木頭の一言ですべて結びつき、いまこのときが、突然に無慈悲な生と死の振り分けが起こした未練と悔恨に満ちた状況だったのだと、すとんと理解させられます。
『ここにいるべきではない人間がいる』
それは佐々木崎のことだけでなく、死してなお生者と存在してさまよっている死者2人のことでもあり、
いつまでも島を出られない根田へ投げかけるねぎらいを込めた言葉だったのかもしれない、とも感じました。
死んだ未練と、死なせた未練を互いに伝え合い、ふたつめの墓標を突き立てて、「不死」「不滅」を花言葉に持つ沈丁花の花を抱えて、死者はその行くべきところへ向かい、生者はう蝕が襲った土地を改めて踏みしめる。
安らかに眠れ。安らかに生きよ。
そんなメッセージの込められた物語のように感じました。
丁寧で繊細で、慎重に紡がれた会話劇。
届けてくださった脚本家、演出家、役者さん、スタッフすべての方々に、感謝を伝えたいなと思いました。この芝居に出会えて本当に良かったです。
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