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Chapter0. Author's Preface⑥

乳汁と酵母の自然変質は、両者とも近成分の混合物ではなく、その原因となる生きた組織的因子が生得的に内在しており、従って白亜が馬鈴薯澱粉を液化するのは、不可欠の可溶性発酵素を生成する原因が存在する為であると疑いなく証明されたように思われた。

酵母の飢餓実験は、酵母による甘蔗糖の発酵なる現象が、ザイマスによる糖の消化活動、細胞による消化(転化)糖の吸収、細胞内での糖の分解(同化と、後に異化、排泄が必ず伴う複合的現象の結果)だという完全な証明をもたらした。排泄産物は炭酸、アルコール、酢酸等であり、人間の異化生成物である尿素(体内に由来し、一部は尿に再結合する)に相当する。

その後私は、1857年の覚書の結果を発展させるべく実験をし、酵母のザイトザイマスを発見する傍ら、花からアントザイマス anthozymasを、白桑の中にモロザイマス morozymasを、腎機能の産物として尿中から腎臓のネフロザイマス nephrozymasを発見した。黴が可溶性発酵素を生成・分泌する如く、動植物も器官内で発酵素を合成することを証明する為、膿の白血球もまた膿の中でザイマスを産生することを証明しよう。

従って発酵現象とは、酵母細胞内の発酵体で達成される栄養現象であり、それは動物の体内において、同じ手段による同じ機構に従って達成される栄養現象と同様である。これは1864年に始まる私の回顧録「組織的発酵体による発酵現象について Sur les fermentations par les ferments organisés」に記した根本思想である。

後ほどこの研究に詳細と共に回帰するが、これもまた基本的内容である。ここでは先述のデュマの構想を検証したものとだけ言及しておく。この研究で初めて酵母が保有する可溶性発酵素を意味する用語としてザイマスの名を採用し、この名で可溶性発酵素は有形の発酵体とは別種の生理作用因子として区別され、また異なる秩序である変形に作用するものと定義された。

その経緯に関して、ハインリッヒ・ウィル(Heinrich Will)編纂の1864年版『年報 Jahresbericht』にて、ドイツで如何に斬新な構想と判断され、好意的に評価されたか一読を勧める。

しかし、発酵現象自体が発酵体内部で達成される栄養現象だという証明に、多方面から批判が寄せられた事実を理解するのは難儀である。「細胞は生体組織内で生きている」というウィルヒョウ氏の発言にも関わらず、ビシャの構想は益々認め難く、細胞学者の仮説は根拠に乏しいものと判断された為である。

私の研究に関心を寄せたアルフレッド・エストール(Alfred Estor)が1865年に私の研究に言及し、以下のように表現した。

ベシャン氏の趣旨の理解は容易である。各細胞が酵母の小球体の如き生命体である。各細胞は周囲の栄養物質を利用して変化し、そして栄養現象の一般史が、この変化は発酵が原因だと教えている。ウィルヒョウ氏の細胞病理学に関する見事な功績が呼んだ反響は周知の通りである。モンペリエ大学教授の特筆すべき研究は、細胞生理学の基礎に他ならならない。

Montpellier, Le messager du Midi (1865)

エストールのこの判断、そして私がJ.B.デュマに、乳汁中に自然変質を起こす生体物質、馬鈴薯澱粉を液化・発酵させる白亜の生体物質の存在を認めた手紙を贈ったのは、黴による甘蔗糖の転化に関する回顧録を発表してから7年後のことである。その翌年、科学アカデミーのComptes Rendusにて、白亜に存在する発酵体に、私は初めて微小発酵体 microzymasと名付けた。

レーウェンフック(17世紀)の時代から人間の唾液に多くの微小生物が生息する事実は知られており、長年月ビブリオ属だと認識されてきたが、清潔な口腔内ではその大部分が微小発酵体だと私は発見した。1857年に「小体 little bodies」による甘蔗糖の転化を実験的に観測したことで、この小体、即ち微小発酵体がミャル(Mialhe)の云う唾液ジアスターゼを生成する可能性を疑った。私とエストール、カミーユ・サンピエール(Camille Saintpiere)はこの問題に関心を寄せ、1867年にこの件に関する覚書『消化全般、特に唾液ジアスターゼの生成における口腔内の微小生物の役割について Du rôle des organismes microscopiques de la bouche (ou de Leuwenhoech) dans la digestion en général, et particulièrement dans la formation de la diastase salivaire.』をアカデミーに寄稿した。この覚書は、ロンジェ(Longet)とロビン(Robin)が審査を務める委員会に送付されたが、先方からは何の返報もなく、そしてComptes Rendusで以下のように言及された。

耳下腺の唾液が馬鈴薯澱粉の消化能を獲得するのは、唾液タンパク質の変質によるものではなく、レーウェンフックの云う微小生物がその体組成を維持する為に栄養摂取をしつつ分泌するザイマスの作用によるもの、というのがこの研究の結論である。

Bechamp, A., & Estor, A. (1867).
Du rôle des organismes microscopiques de la bouche dans la digestion en général, et particulièrement dans la formation de la diastase salivaire.
C.R., 64, 696.

我々はこの覚書で等しく本質的な二点の事実を証明した。即ち、人間の頬腺微小発酵体は強力な生理作用で以て馬鈴薯澱粉を液化、糖化する。犬や馬の耳下腺の唾液もまた馬鈴薯澱粉を液化するが、しかし糖化はしない一方で、頬腺に滞留する微小生物は人間の唾液と同様にすぐさま糖化を起こす。

委員会が挿入した短い注釈は、細胞、ビブリオ属、微小発酵体、そして臓器の機能として生成されるザイマスに関する委員会の無理解を示している。反論の余地のない証拠がある。膵臓は「腸の唾液腺」として知られ、そう呼ばれている。さて、ベルナール(Bernard)とベルテロ(Berthelot)が膵液の研究中に可溶性物質を分離し、パンクレアチン(pancreatin)と命名するも、馬鈴薯澱粉に対する唾液ジアスターゼと同程度のその糖化力を比較する発想には微塵も至らなかった。これは即ち、ロンジェやミャルの見解に対峙するベルナールは、リービッヒの構想に準じ、唾液ジアスターゼを変質状態にある動物質と判断したのである。

微小発酵体が発見され、可溶性発酵素が生物、黴、酵母、地質学的微小発酵体、諸々の花類、果物、腎臓、頬腺の微小発酵体の生成する物質だと証明された。しかし、これらは研究の序章に過ぎず、1867年以降、その総体として生体組織の微小発酵体理論を確立することになる。


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