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Chapter3. 血管内外のフィブリンの状態①
第三章:瀉血直後の血液フィブリンと分子顆粒の状態/微小発酵体除去後のフィブリン/血液性微小発酵体分子顆粒
フィブリンは特殊なアルブミノイド物質と微小発酵体とが渾然一体を成している。斯くして流行の近成分説が実験的に否定されたが、依然としてデュマが提起する問題が未解決である。即ち、その構成を持つ物質が血液中では如何なる状態で存在するか?この物質は血液に予存するのか?或いは出血後の化学反応の結果として形成されるのか?
本章で到達する結論は「フィブリンは微小発酵体分子顆粒として血液に実際に存在し、微小発酵体と特殊なアルブミノイド物質が極めて特殊な解剖学元素として密接な結合状態にある。」だが、当初からこの結論を以て問題解決に至ったわけではない。
この解決法は、前二章で扱った観察結果と未だ紹介に至っていない観察結果とを統合理解して初めて説明可能となる。では1869年時点の見解、即ち
1)血液にはフィブリンが予存する
2)血管流出後の血液に形成される
この二点を考察しよう。フィブリンの予存説には更に二つの見解があった。
i)ヒューソン、ミルン・エドワード、デュマの見解
:フィブリンは血液に極度の分裂状態で微細分子状に予存し、出血後の統合で通常のフィブリンが形成される
ii)ヒューソン、デュマの第二の見解
:フィブリンは溶液状態、或いは疑似溶液状態で存在する
ベルナールは後者を支持し、曰く「血液にはアルブミノイド-フィブリン性溶液が存在し、これは体内でのみ流体を維持し、出血後にフィブリンの形態に変化」すると発表した。
だが以上の見解は問題解決には関与しない。これらは完全に等閑視されていた為、エストールと私は暗黙裡に予存説を認めぬ立場となっていた為だ。現実には、我々はフィブリンの血液性微小発酵体の実在をそのビブリオ属進化の観察事実で以て証明し、1869年2月にこう述べた。
血液のフィブリンと称されるものは、血液中の微小発酵体が形成する偽膜に過ぎず、血液中のアルブミノイド成分を介して微小発酵体が分泌する物質と結合状態にある。
Ce qu'on appelle la fibrine du sang n'est qu'une fausse membrane formée par les microzymas du sang, associés par une substance qu'ils sécrètent à l'aide des éléments albuminoïdes de ce liquide
これは、我々が血液中の分子顆粒を探求して発見に至った後にフィブリンの微小発酵体の存在証明をした為である。この微小発酵体を肝臓微小発酵体と比較した結果、後者に比較して小さく透明度が高いことを確認するに至った。
しかし、これら血液中の微小発酵体を我々は単離していなかった。肝臓内における微小発酵体は特に肝細胞に存在する事実を加味し、同様に赤血球で探索した。この機に乗じ、観察結果に基づく実験を行った。その詳細は以下の通りである。
私の共同研究者であるコンベスキュール 博士が血液に関する実験を実施した。アルコールの過剰摂取による血管内凝固を仮説に血管内に直接40~45%のアルコールを注入したが、凝固とは正反対にアルコールへの溶解を発見した。
同じ条件で実験を繰り返すと、血液とアルコールの透明な混合液は沈殿物を生じさせると判明した。これは血球でもフィブリンでもない。次第に嵩が増し、顕微鏡で観察すると大半がブラウン運動で動く分子顆粒であった。この結果で以て遂に問題解決に至ったが、フィブリン変質に関する研究を再開して随分の月日が経過していた。
1869年時点で表明した見解の通り、血液のアルコール添加による沈殿物である分子顆粒こそ、血球の微小発酵体だと当初は考えた。だが極細なフィブリン性微小発酵体を単離し、悪臭腐敗を経ずに自発的に液化するフィブリンの分子顆粒を研究する内に、私は疑念を抱き始めた。その結果は以下の通りである。
血液の第三の解剖学元素および血球の分子顆粒
血液の第三の解剖学元素を単離する為の実験条件は以下の通りである: 酸やアルカリを含まない、厳密に精製されたアルコールを蒸留水で35~40%にまで希釈する。希釈アルコール2体積に対して血液1体積を血管から直接間断なく投入する。全血については以上である。次に、既に脱線維化した血液の検査には、上質の麻布で懸濁状態のフィブリンを濾した後、同じ希釈度のアルコールを2倍量注がねばならない。暗赤色の混合液を冷所に安置すると、次第に透明な赤色沈殿物が形成されるが、この沈殿の完了には最低24時間を要する。この沈殿物は脱線維素血液より全血の場合の方が遥かに多い。この沈殿物を先ず35%アルコールのデカンテーションで洗浄し、フィルター上に集積させたものを完全に白色化するまで30%アルコールで洗浄する。これを顕微鏡で観察すると、夥しい数の微細な分子顆粒で構成されている。これら顆粒は細胞の残骸と混雑しており、脱線維素血液での沈殿物の場合の方が豊富である。
そこで分子顆粒に関する実験を幾つか実施した。羊の頸静脈から十分量の血液を得て以下の実験を行った。全血800㏄から37.4gの湿潤顆粒(全血1L当たり乾燥顆粒5.76g)が完全に排出された。同じ血液2,675㏄をまず脱線維素化すると湿潤顆粒22.1g(120℃乾燥で4.87gの乾燥顆粒)、即ち脱線維素血液1L当たり1.82gが得られた。だがその品質は同じ動物の血液でさえ一定とは程遠い。例えば別の実験では、1Lの羊血液から120℃乾燥顆粒は5.70gしか得られず、また別の実験では、1Lの羊血液から120℃乾燥フィブリンはホイッピング法で3.15gしか得られなかった。だが脱線維素血液の分子顆粒が何であれ、(後の証明通り)分子顆粒と破壊された血球の膜成分を指すと考慮しよう。7.07g-1.82g=5.25gの差は、血球のない血液から得られる分子顆粒と言えよう。
『アルブミノイド物質に関する回顧録』では、私は未だ分子顆粒を血液中の微小発酵体と想像しており、フィブリン性微小発酵体と同様に馬鈴薯澱粉を液化し、過酸化水素を分解する存在だと示した。事実、全血の湿潤分子顆粒1㏄は過酸化水素水2㏄(含有酸素量30㏄)から12時間で26㏄の酸素を放出し、脱線維素血液の湿潤分子顆粒1㏄は同じ2㏄の過酸化水素水から12時間で23㏄の酸素を放出する。従ってこれら顆粒にはフィブリンやフィブリン性微小発酵体の性質が備わる。だがこれは本当に微小発酵体の単離体なのだろうか?フィブリンの血液中における姿ではないか?私がこの疑問を抱くに至ったのは、第一にフィブリンの分子顆粒の自然変質を観察した点、第二に、これら顆粒の重量が、同じ体積の血液から得られるフィブリン重量を時に上回る点であった。そこで私は変質したフィブリンやフィブリン自体を扱った場合と同様、血液由来の顆粒をアルコールで希釈処理し、微小発酵体を単離した。
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