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Chapter2. アルブミノイド研究史④

これ↓の続き

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従って我々はフィブリンを近成分の一覧から外し、その正体~微小発酵体による偽膜~を見出さねばならない。これら微小発酵体架橋質は十中八九全てのフィブリンで同一ではない。少なくとも雄牛や羊に偏在する血液フィブリンの微小発酵体架橋質が凝固したアルブミンなどではなく、また極希薄塩酸には本来は不溶性であり、微小発酵体の分泌するザイマスによる自己消化作用によってのみ溶解することは確実である。アルブミン凝固形態でないのみならず加熱凝固性であり、凝固により希薄塩酸への結合も溶解もしなくなる。

「フィブリンに備わる過酸化水素分解能は希薄塩酸に不溶性の部分にある」と、デュマが科学アカデミーへの報告書でこの事実に言及している。その直後にベール Bertレニャール Regnardが、過酸化水素水の有機物への作用に関する覚書を発表した。この覚書は化学と生理学史における繊細な問題を提起する内容であり、私は解答を余儀なくされた。この応酬はその後も何度か掲載された。

ベールとレニャールへの返信文では、主に以下の記述を主題とした。

血液は脱線維処理後でも過酸化水素水に強力に作用し、この作用は完全に血清に備わるようである。更に、骨質 osseinも明らかに過酸化水素を分解する。

Bert, P., & Regnard, P. (1882).
Action de l’eau oxygénée sur les matières organiques et les fermentations.
C.R., 94, 1383–1386.
https://www.digitale-sammlungen.de/en/view/bsb11468901?page=1388,1389

著者らの表現には「有機物」と「動物質」の区別がなかったが、これは当時の科学水準を反映している。また私は、脱線維素血液による過酸化水素水分解に関して信ずべき何かを弁えていた上に、その作用因子たる近成分の性質も特定していた。

ではまず、脱線維素血液の血清がこの分解現象の最大の原因とする説を疑問の余地なく反証しよう。凝血塊から滲出する新鮮な黄色(柚子色)の血清は確かに過酸化水素水を分解し、酸素を放出させるが、これは血清に残存するフィブリンの断片が原因の可能性がある。事実、同じ血清をバライタ硫酸塩を裏打ちしたフィルターに数回通過させると、過酸化水素水分解作用は次第に減弱するものの、完全に停止することはない。これは、フィブリン性微小発酵体による血清中への(分解現象の原因物質の)分泌で至極単純に説明される。だが血清の赤変が始まると、過酸化水素水への作用は突出して活発になる。この説明は以下の通りである。

脱線維素血液には赤血球が存在する。赤血球には赤色素と特殊な微小発酵体が存在する。”ヘモグロビン”と命名されたこの赤色素には多くの文献があり、当初は無色アルブミノイド物質であるグロブリンと、ヘマトシンの混合物とされた。ヘモグロビンも多くの記述があるが、含鉄物質を根拠にアルブミノイドではないとする主張もある。赤色素をアルブミノイド近成分として研究した最初の人物はデュマである。

私はヘモグロビンを既知のアルブミノイド物質と同様の観点から研究した。ヘモグロビンが赤血球内部でカリと結合状態で存在すると確認した私は、酸化鉛と結合させたヘモグロビン酸塩を生み出すことに成功した。ヘモグロビン鉛塩は炭酸で分解を受けると、完全な近成分である可溶性ヘモグロビンを生み出す

純粋ヘモグロビン溶液は加熱およびアルコール凝固性である。何れの場合も完全に水に不溶性となる。溶液は深赤色だが、アルコール凝固体は煉瓦色である。ヘモグロビンは(アルコール凝固後でも)アルコールエーテルの存在下で硫酸の作用によりヘマトシンと無色アルブミノイド物質へと分解される。

問題は解決されたが、より正確を期する為~ベール&レニャール論文に倣い~テナールの指摘を想起して頂こう。テナールは、有機的組織の過酸化水素への作用は白金のそれと同類だと想像した。だがテナールは以下の指摘も忘れてはいない。金属は過酸化水素を「無限に」分解するが、有機的組織やフィブリンはその点異なり、長期間に渡って分解が維持されるもの、短期間で停止するものと様々である。そこで氏は有機的組織を以下のように分類した。第一群には、肺組織、肝臓組織、脾臓組織、そして採血直後のフィブリンを分類した。第二群には、爪、肋骨の線維軟骨、腱、皮膚を分類した。後者は氏に寄れば「ただちに分解作用が完全に停止」し、大いに驚愕し、その相違点の説明を探求した。この卓越した観察者が指摘する相違点が、全身組織に偏在する微小発酵体の性質の相違に関連することは後々分かるだろう。現時点では、最も活性の高い有機的組織は血管系および呼吸器系に属するとだけ指摘するに止めておく。だが留意すべきは、テナールがフィブリンを「動物質の分離物」、即ち動物由来の近成分と仮定した点である。ではこの観点に立脚し、フィブリンの作用を正真正銘の動物由来の近成分であるヘモグロビンと比較してみよう。


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