免疫複合体疾患(1972Dixon)
1972年は日本で輸血・血液製剤用血液のB型肝炎スクリーニングが開始された年である[感染研]。
免疫複合体疾患に不可欠な特徴は、循環系か腸液で形成される抗原-抗体複合体が原因であることである。生じた複合体は多くの場合、細網内皮系の貪食細胞および血液中の白血球による吸収の後に無害な産物へ分解されるが、その小片がこれら細胞を免れると、体内を介して糸球体や血管等の濾過構造に蓄積する傾向にあり、そこで傷害が生じる。この蓄積は解剖学的・生理学的要因であって免疫学的要因ではなく、従って傷害・病変部位と、原因となる抗原や抗体との免疫学的関連性は必要ないようである。この点で免疫複合体疾患は、被験体が標的組織や病的組織の抗原成分と特異的に反応する抗体を生成し、組織結合抗原の分布が病変部位を決定する"抗組織抗体"型の免疫疾患と一線を画す。更に免疫複合体疾患は、複合体の物理的・生物学的性質と、濾過構造部位での局所的な透過性因子に依存して複数の部位や組織で発生する。
免疫複合体の病原性の大部分は抗原-抗体の比率、即ち大きさや抗体の生物学的特性で決定される。抗体過剰域複合体は不溶性傾向を示して急速に貪食され、循環せず、濾過構造部位に蓄積する機会は滅多にない。極端な抗原過剰域複合体、即ち抗体:抗原=1:2等の複合体は、通常は小さすぎて生理学的濾過構造に引っ掛からず、更に、このような抗原過剰域複合体は補体活性能のある免疫グロブリン分子の配列を持たない。また、補体活性に必須なのは複合体における抗体の性質であり、これは抗体の中に補体活性能のあるものとないものが有る為である。抗原の免疫化学的特徴は炎症誘発における重要因子ではないようだが、巨大タンパク質分子やビリオン自体が抗原として作用すると、抗原抗体比とは無関係に巨大な非濾過性の抗原抗体複合体が確実に生成されることから、抗原の大きさは重要な役割を果たす可能性がある。
免疫複合体疾患の発症機序のメカニズムに関する知識の大部分は実験的・臨床的血清病研究に由来する。外来血清タンパク質の単回大量注射で誘発されるこれらの疾患は急性炎症性疾患であり、血管・心臓・腎臓・リンパ組織・皮膚・関節等の多系統の障害であり、部分的に急性糸球体腎炎や、リウマチ熱、全身性エリテマトーデス、多発性動脈炎、関節リウマチに類似する[1]。抗原として同位体標識した牛血清アルブミン (BSA)を家兎に注射することで、この疾患に関わる様々な免疫学的事象が定量可能となった[2]。図の通り、家兎のBSAに対する免疫反応が、注射後11日目に始まる循環抗原の急速な終末期除去に表れている。
循環血清タンパク抗原の運命は、血管内外空間の抗原量が平衡化する開始二日間と、抗原が非免疫学的な分解を受ける一週間以上に亘る緩やかな減少、最後の急速な終末期免疫除去を特徴とする。循環性免疫複合体を測定すると、免疫除去の開始する直前の8日目に出現し、その後2-3日の間に増加することが分かる。循環性複合体の増加期と免疫除去開始期の重複期間中に血清補体価が通常の半分にまで低下する。推測だが、抗体産生および複合体の大きさと量の増幅に連れて血清の補体と反応する能力を獲得し、補体は複合体の大きさを増大させて貪食させやすくし、そうして免疫除去を加速させる。免疫複合体の大きさの重要性は、循環性複合体が19S 以上に増大した家兎の個体のみ顕著な血清病を発症させた事実に表れている[3]。抗原が除去されると循環系に遊離抗体が出現する。循環性複合体の出現と同時に臨床的・組織学的に血清病症状が生じる。循環性複合体の除去の後に血清病症状も消失する。免疫複合体が真にこの疾患の病原因子ならば病変部位に検出されると予想されるが、これは蛍光抗体法で実施されてきた[2]。BSA、宿主免疫グロブリン、宿主補体の全てが病的な糸球体や動脈炎の部位に検出された。
このような免疫学的進行は炎症反応を介在可能な二次的体液性・細胞性事象の多くの誘因となる。複合体形成に応じて、恐らく同種親和性抗体を介して好塩基球に作用し、その結果、家兎のヒスタミンよびセロトニンの主たる貯蔵庫である血小板が凝集し、これら物質を放出させる。この血管作用性物質の全身への放出が、恐らくは血管透過性を上昇させることで血管床 の様々な部位へ複合体が局在化する為に不可欠であり、この局在化は抗ヒスタミン剤や抗セロトニン剤で阻害される。複合体が糸球体、動脈等に局在化し始めると、補体を活性化し、補体由来の化学遊走因子が多核白血球(PMN)を動員し、PMNがタンパク分解酵素や塩基性タンパク質を放出し、局所的な組織破壊を引き起こす。また、複合体は内皮細胞を増殖させ、これは急性血清病における糸球体反応に顕著な側面である。血清病を発症した動物の補体およびPMNを枯渇させようと付随する糸球体腎炎が完全に抑制されないことから、複合体は補体やPMNとは別の手段による局在化部位での損傷を起こすようであり、その性質は未だ解明されていない[4]。
血清病の慢性形態が人間の特発性血清病様疾患に臨床的に類似し、これは家兎に外来タンパク質を毎日、比較的少量ずつ投与することで発症可能である[5]。この手続きを適切に実施すれば、循環性複合体が毎日、少なくとも数時間に渡り存在するようになる。そうした家兎は慢性膜性糸球体腎炎 や壊死性糸球体腎炎を発症し、これは単回投与による急性血清病で生じる急速増殖性 糸球体腎炎とは形態学的に異なる。抗原抗体システムおよび炎症等の媒介経路は血清病のどちらの種とも類似すると見受けられ、従って疾患の形態学的発現の差は、免疫複合体への暴露量と時間的側面に恐らく関連し、この事実は特定の人間の疾患パターンと特定の型の抗原抗体複合体を関連させようとする時に覚えておく価値がある。
血清病における免疫複合体の役割に関する理解が適度に網羅されているのは、抗原が分かっている状態で同位体標識および免疫蛍光法で追跡すれば、複合体形成とその運命の緻密な観察が可能となる為である。免疫複合体の病原性が想定される人間の疾患の多くは、抗原が何か分からず、免疫複合体の探索が直接的ではない為、その疑惑は間接的かつ状況証拠に基づいている。人間の疾患に免疫複合体の病原性が最初に提案されたのは、一方で血清病、他方で糸球体腎炎、リウマチ熱、全身性エリテマトーデス、関節リウマチ、種々の血管炎との臨床的および組織病理学的類似性に基づいていた。この関係性は、血清病の発症機序が十分に理解される以前に仮定された。免疫学的・物理学的に循環性免疫複合体の存在を証明する試みは、リウマチ熱、全身性エリテマトーデス、高グロブリン紫斑、オーストラリア抗原 感染症の患者の中におけるその存在に対して示唆的証拠を提供した。抗原抗体複合体と思われる複合体を含む循環性免疫グロブリンを証明する方法に採用され、成功を収めた技術は以下の通りである。
1)分析的超遠心分離法
-定量的ではあるが、タンパク質複合体の大きさと量の測定において比較的感度が劣る
2)寒冷沈降反応
-簡易に実施でき、温度依存的に可溶性となる複合体の分離において、しばしば高い感度を示す
3)補体C1q成分との反応
-複合体を含む免疫グロブリンや、その他DNAやエンドトキシンなどの血清成分の可能性のあるものを検出可能な反応[6]
4)IgMリウマチ因子との反応
-選択されたリウマチ因子は、特にリウマチ患者に発見される複合体を含む少量の免疫グロブリンと反応する[7]
様々な免疫複合体疾患の中で最も理解が進んでいるのは全身性エリテマトーデスである[8]。この疾患では、宿主の様々な細胞性抗原と反応する多重抗体 が存在する。最もよく知られているのは診断用の抗核抗体、特に抗DNA抗体である。ループス の経過中、これら細胞性抗原の一部が血清中に検出され(抗原過剰域)、時にこれら抗原への遊離抗体が存在することもある(抗体過剰域)。抗原過剰域から抗体過剰域への変換、或いはその逆の変換中、血清に免疫複合体が確実に存在し、これは極めて血清病に酷似する。これら複合体は寒冷沈降反応かC1q陽性反応で証明可能であろう。予想される通り、免疫複合体が循環する間に病状は悪化する。これら複合体は糸球体や太い血管に沈着し、この疾患の最も重篤な症状である糸球体腎炎や血管炎に関連している。腎生検がこの腎疾患研究で極めて有益である。核(DNA)抗原が、宿主免疫グロブリンと補体と共に病的糸球体に発見される。また、抗核(DNA)抗体がループス患者の腎臓から溶出する。こうして、免疫複合体の全成分が病的器官で同定される。
免疫複合体の病原性が合理的に実証されている疾患例として他に糸球体腎炎がある。糸球体腎炎患者の凡そ95%は糸球体への免疫複合体沈着に関連しており、5%が糸球体基底膜の結合抗原へ形成された抗体で発症するようである。免疫複合体は糸球体に特徴的なパターンで沈着し、糸球体基底膜に沿って不均一な顆粒から塊状の凝集体を形成する。故に、宿主免疫グロブリンと補体がこのような分布を示す場合、抗原の性質が不明であっても、免疫複合体の強力な推定証拠である。免疫複合体型糸球体腎炎では、多くの異なる抗原が腎炎原性複合体を形成することが判明している。全身性ループスでの核抗原以外に以下が存在する。
・連鎖球菌感染後急性糸球体腎炎での連鎖球菌抗原
・四日熱マラリアに伴うネフローゼにおけるマラリア抗原
・水頭症のV-Aシャント での感染に伴う腎炎におけるブドウ球菌抗原
・病原体感染に伴う腎炎および血管炎におけるオーストラリア抗原
・自己免疫性甲状腺炎に伴う腎炎におけるサイログロブリン
しかし、これら既知の抗原を総合しても免疫複合体型腎炎全体の極一部を占めるに過ぎない。この単一疾患を単一の発症機序を介して原因となる抗原の多様性が、免疫複合体疾患の抗原非特異性を表している。
ある意味、糸球体腎炎に関する我々の研究は、その説明に想定した抗原より更に多くの免疫複合体疾患の症例を発見し、他の病原因子の探索を促している。動物の特発性免疫複合体疾患の調査により、多くの、否、恐らく大半が慢性ウイルス感染に伴うものと判明している。これら慢性感染症ではウイルス血症が通例であり、一般にウイルス自体と、恐らくは可溶性ウイルス産物が抗原となって循環性免疫複合体を形成する。この病態は以下のウイルスの慢性感染症で見られる。
・リンパ球性脈絡髄膜炎ウイルス (LCMV)
・乳酸脱水素酵素ウイルス (LDV)
・Grossウイルス
・Rauscherウイルス
・Friendウイルス
・アリューシャン病ウイルス
・馬伝染性貧血ウイルス
実際、ループス様疾患を伴う十分に研究されたNZBxWマウスでは、免疫複合体形成に関与する核抗原以外にも、マウスに感染しているGross様ウイルス由来の抗原も存在する。従って、人間のループス疾患のこれら動物モデルでは、少なくとも二種類の抗原抗体システムが同時に免疫複合体を形成し、糸球体に沈着して腎炎を起こしている。人間の免疫複合体疾患に関与している可能性のある類似ウイルスの研究が開始したばかりで、あるウイルス~オーストラリア抗原 ~が免疫グロブリンと循環性複合体を形成し、糸球体腎炎発症が伴う糸球体への複合体沈着が証明されている。
この考察から、免疫複合体が免疫疾患を媒介する主要な要素であることがわかる。
●単一種の抗原抗体複合体が血清病と同様に複数の組織や臓器で疾患を誘発し得る事実
●免疫複合体型糸球体腎炎に複数の原因が関与するように、多数の異なる抗原が複合体を形成して同様の疾患を誘発する可能性がある事実
●NZBxWマウスや全身性エリテマトーデス患者のように、複数の抗原抗体システムが同時に免疫複合体形成に関与している可能性のある事実
以上の事実は、これら障害の病原性の複雑性を表している。しかし、これら疾患の免疫学的特徴の一部が認識されつつある今、原因因子の探求が成果を上げる筈であり、合理的な免疫療法や、恐らくは免疫予防法までもが可能となるかもしれない。