ポケット
11月某日
夜がだいぶ冷える季節になってきた。
もうそろそろコートの準備をしても良いかもしれない。
帰りの道すがら、そんなことを考えた。
コートといえば。
好きな人のコートのポケットの中で
好きな人と手をつなぎながら歩くのが好きだった。
理由はよくわからない。
そこには自分たち以外の誰も入れない、2人だけの温かで親密な世界があるような気がしていたせいかもしれない。
その人とは、落ち葉をサクサク踏みながら朝の通勤路をよく一緒に歩いたのを覚えている。
時には手を繋いでスキップまでした。
何でもないようなことが幸せだったのだ。
「お前は虎舞竜か」と誰かに突っ込まれそうではあるけれど。
・・・・・
昨晩テレビをつけたら、偶然に懐かしいその人が有名フードファイターとして55杯のラーメンに挑戦しているところが映った。
「俺な、いつか物を書く人として成功したいねん」
その昔。
寝転んで天井を見上げながら夢を語っていた在りし日の彼の顔が目に浮かんだ。
あんなに細かった身体は見る影も無くなり、鬼の形相をして、時々むせながら5杯目の麺を啜り込んでいる彼を目にして、私はそっとテレビを消した。
黒い服ばかり好んで着る人だった。
ミステリアスで宇宙みたい、といつも思っていた人だった。
彼にいったい何があったのだろう。
時間は、色々なことを残酷に変化させる。
帰ったら、温かいおでんを食べよう。
寄り添って歩くカップルを足早に追い越しながらポケットに手を突っ込み、前だけを見つめて家路へと急ぐ。