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五島はなぜ階級を上げなかったのか? Vol.84

私は貝になりたい……

どうしても生まれ変わらなければ
いけないのなら、

深い海の底で戦争も兵隊も無い、
家族を心配することもない、

私は貝になりたい……

テレビドラマ「私は貝になりたい」で処刑を目前に主人公が遺書に記した言葉。

花がいい……

花は秋には枯れる。

次生まれる時は花がいい……

松本大洋氏の描いたボクシング漫画「ZERO」
「五島」のセリフ。

主人公「五島 雅(ごしま みやび)」はミドル級統一世界チャンピオン。10年もの間王者のベルトを守り続ける無倒無敗のボクサー。五島との対戦を後に引退するボクサーは16人を越えた。

廃人工場」の見出しが新聞紙面をおどる。

そんな五島も30歳。選手としてのピークは過ぎたように見える。

五島は言う。

花ってのは散るからキレイなんだろ

どんな花だって年中咲いてりゃ、
取り忘れられた選挙ポスターとおなじだ

マンガの冒頭からについて触れられる。

第一話「造花」からはじまり、
最終話「花」で結末を迎える。

花は散るから美しい。
五島は花のように散りたい。

五島は王者であり続けるために戦ってはいない。すべての力を出し本気で戦える、本気で殴り合える相手を探している。

そして…


かつての自分と酷似した19歳のボクサー
「トラビス」の存在を知る。

強すぎるというのはねえ、みんなを不幸せにしちゃうよ。
バランスが崩れる。

一人ぼっちになっちゃうよ。

誰からも愛されずに育ったんだよ。

すっと一人だった。この10年間ずっとだ。

五島の出自は明記されてはいないが、身寄りがなく施設で育ったような描写がある。そんな五島に子供の頃から目をかけてくれたのがトレーナーの「荒木」だ。

この「荒木」がトラビス戦で五島の運命を突き動かす。

五島はスピード、スタミナ、パワーを兼ね備えた若かりし頃の自分を彷彿させる、最強の相手「トラビス」との結末は……


一つの疑問が残る。
なぜ五島は階級を上げなかったのだろうか?

ボクシングではチャンピオンになり数回防衛すると所持するベルトを返上し、別の階級のチャンピオンに挑戦する選手が一定数存在する。(ボクシングでは複数階級のベルトを同時に持てない)メイウェザーやパッキャオ、日本人選手であれば井上尚弥がそうだ。
メイウェザーは5階級、パッキャオは6階級、井上尚弥は4階級の王者だ。

より強い相手と戦いたければ体重を増やして階級を上げ、よりパワーやテクニックを兼ね備えた相手と戦えばいいのではないか?

ではなぜ五島は階級を上げなかったのだろうか?

3つの理由が考えられる。

①オーナー「栗原」の意向
②トレーナー「荒木」への思い
③五島の人生哲学

①オーナー「栗原」の意向
作中で時おりオーナーの「栗原」とトレーナー「荒木」のやり取りが出てくる。荒木は五島の思いを汲みながらも、栗原の意見を尊重せざるを得ない。

記録への挑戦。

同じ階級で何年間王者にあり続けることができるのか?何度王者を防衛できるのか?
そう栗原は考える。
しかし、五島はあまりにも強すぎる。
ファンは不満を募らせて当然だ。
圧倒的な強さ。早々に決着がつく試合。
強豪相手だけでなく話題性のある選手と試合を組み集客を計るしかない。

作品では同じジムの選手とも対戦した。師弟対決で観客を煽るために。
自ずと最強にして最高のボクサー、トラビスに白羽の矢が立つ。

話はそれるが栗原は言うことを聞かない人間を見限って、言う事をきく「馬主になる」と漏らした。


②トレーナー「荒木」への思い
子供時代から荒木の指導を受ける五島。おそらくボクシングだけでなく、私生活においても世話になったはず。恩義を感じている五島は世界王者であり続けることで、安定的に収入を得ることができ、経済的にゆとりのある暮らしを荒木に与えられる。
経済的安定。
これが荒木への恩返しだと考えた。

③五島の人生哲学
百合
純潔、無垢、威厳、自尊心、洗練された美

バラ
美、愛情、情熱、ロマンス


信頼、高貴、高潔、高尚

タンポポ
愛の神託、神託、真心の愛、幸せ、別離、私を探して

作中で描かれる花でそれぞれの花言葉。

「花ってのは散るからキレイなんだろ」
五島のアスリートとして、いや、人生哲学。
自宅には山というほど花が栽培されている。

五島は階級を上げることでパフォーマンスが落ちることを避けた。
現実世界においても複数階級を制覇したチャンピオンであっても階級を上げればKO率は下がる。五島は過酷な減量こそしてはいないが、試合前にはいくらかの制限をしている。

自分のパフォーマンスに最も適した階級を維持することで、最良のコンディションで試合をしたい。花であるために。
五島は勝ち続けることでミドル級を聖域にした。

どうして花はすぐ枯れちゃうの?

何にでも終わりはある。
そうゆうことだ。

花はずっと咲き続けていては次の世代は生まれない 。花は種をつくるために咲く。花が開いてしまうともう花びらは必要なくなる。花びらはやがて枯れ、ついには落ちてしまう。
そうして、めしべは残り実になり、種となって次の世代へと続いていく。

種だ……
種をとっておけば良かった。
そうすればまた花が咲く
花は種になる……
種が花を作る。そうだろ荒木。

ボクシング漫画「天上天下唯我独尊」では、
主人公「岩城」はウェルター級でデビューし最後はヘビー級のチャンビンとなる。

ウエルター級 (66.68kg以下)
ヘビー級 (90.72kg超)

なんと体重差は24kg。しかも「岩城 」は体重を増してはいない。増やす時間がない。タイトルマッチを前に硬膜下血腫が発見。リングに上がってはいけない体になってしまった。
医者を脅して最後のリングに立つ。


ちなみに「岩城」は試合後に絶命した。



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