愛情がヒトに与える影響
”仕事に愛情はどんな影響を与えるのか”
昨日、以前参加した海外インターンの事後研修が行われた。その中で、この問いが与えられ同世代と共に議論をした。奥深さを感じ、研修後も仲間と共に議論したくらいだった。
議論をする中でまず気づいたのは、
各々が”仕事”に対して抱いている認識のずれだった。
仕事に対する愛情とは何か?
ある人は、お客さんに対する愛情だと言い、
ある人は、売る商品に対する愛情だと言い、
ある人は、会社から社員への愛情だと答えた。
どれが正解などはなく、全て含めて”仕事への愛情”なのだと思う。
ここではそれら全般を仕事と捉えて
”仕事と愛情”について書くことにする。
議論を通じてひとまず私の中に出来た考えはこうだ。
”仕事として受けた以上、70点以上は必ず出す覚悟で取り組む。それを前提として、70点までは愛情がなくても心を殺して働くことが出来る。けれど70点より上の成果は愛情がないと出せない。”
とそこで、論点になったのが、
”愛するという行為は努力して出せるものなのか、否か”についてだ。
”自ら努力することで愛情を注ぐことが出来る”
という意見の一方で
”愛情は自然と生まれるもの”との主張もあった。
これもまた、どちらも正解問題なのだろう。
一概にどうとは言えず、ケースバイケースだと感じる。
そしてこれは仕事だけに留まらず、プライベートでの人間関係においても言えることではないか。
もはや仕事とプライベートの線引きすら出来かねる昨今ではあるが、仕事とプライベート、いずれにせよ愛情の大きな分類基準は、”無償か無償でないか”だと思っている。
人間関係における愛情について、
私が学んでいる”指示ゼロ経営”から言葉を借りると、
人は①共創②孤立③依存、
いずれかのBeingを持っており、
人間関係における愛情の種類は、
①共創②利用③依存に分けられると思う。
それぞれを巷で出回っている流行りの言葉にすると
①共創→give &give
②利用:→give &take
③依存:→take
とイメージするのが適切かと思っている。
これからの時代により重宝されるのは共創できる人材で、見返りなく与えられる人、無償の愛を届けられる人。
そんなこと自明のことである。
けれど、人間力の低い私は、
”あなたからは常にTakeを感じる。Give を装ったtakeが一番たちが悪い”
などと言われてしまう。
私のことを好いてくれる人がいうのだから間違いない。
私には、無償の愛など注ぐことが出来ないのだと。改めてそんな風に思った。
もはや無償の愛とは何なのかさえ分からず、
途方に暮れて泣きながら眠る夜を過ごした。
そんな矢先に訪れた今日、母の日。
目の前のことに一生懸命になる程
忘れてしまいそうになる当たり前の愛情。
無償に注いでくれる”ままの愛”
母から受けた愛情こそが無償の愛のお手本であり、これからもきっと教科書だ。
無償の愛とは何なのかを考えながら迎えた
今年の母の日はいつも以上に母に感謝が溢れた。
産んでくれ、育ててくれ、無償の愛情を
ずっとずっとずっと与えてくれる母に
感謝してもしきれない。
現状の自分を受け入れて、
私もそんな母のような女性になれるよう
もっと1日1日に感謝して生きていきたい。
(※写真は何ら関係ない上に、かなり過去のものを敢えて適当に添えた。笑)