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宇宙物理学者・村山斉さんに聞く「理科のおもしろさ」
2020年教育改革・キソ学力のひみつ
(ドラゴン桜2×朝日小学生新聞)
☆さまざまな分野の「学びのプロ」に桜木建二が話を聞く本連載。8月は、宇宙物理学者・素粒子物理学者の村山斉さんのインタビュー。
LINE NEWSで配信された全5回のインタビューを、1本の記事としてお届けします。
専門としている素粒子物理学を通して、物質とは何か。それはどんな法則に支配されているか。宇宙の起源となりたちは。どうして私たちが存在しているのだろう?
そんな壮大な問いに日々向かい合っているのが、カリフォルニア大学バークレー校教授の村山斉さんだ。
物理や宇宙の世界のことを、わかりやすく社会に伝える活動にも注力している。
数学や理科、ましてや物理と聞くだけで頭を抱える向きも多いなか、どうしたら子どもに興味・関心を持たせることができるのか、ぜひ村山さんに聞きたいところだ。
村山斉さん:
1964年3月21日生まれ。物理学者(素粒子物理学)。米国・カリフォルニア大学バークレー校教授。東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構主任研究者、教授。国際基督教大学高等学校卒業後、東京大学理学部に進学。東北大学の助手を経て米国に渡り、研究活動をおこなう。
はじめから理科嫌いの子どもはいない
「苦手意識を持つ人はけっこういますよね。でも思えば、それは大人の考え方です。子どもには本来、そんな先入観はないはずなんですよ。
ですから、少なくとも大人が理科を『理解できない難しいもの』などと、子どもの心に刷り込むことだけは避けたいところです。
そのためには、大人の腰が引けていたらいけません。敬して遠ざけるのではなく、もっと気軽に親しむ姿勢をとりましょう。
そんなに難しいことをしろというのではありませんよ。まずは自分の興味・関心を、理科方面にもごく自然に振り向ければいいだけの話。
何かを学ぶ・知る際にはふたつの段階があって、『興味を持つ』と『理解する』というステップに分かれます。
最初の『興味を持つ』というステップについていえば、それほど困難なことじゃありませんよね。何もいきなり完璧に理解しろと言っているわけではないのですから。
ましてや子どもの場合、彼ら彼女たちはもともと好奇心のかたまりです。何を見ても聞いても『どうして?』と問わずにはいられません。
自然にしていればあらゆるものごとに興味・関心を抱くものなのです。
もちろん数学や理科にまつわることだって同じ。理系のものごとだけ最初から毛嫌いする子どもなんていないはずですよ。
ですから大人がするべきは、『どうして?』との問いをかき消さないこと。
よくあるパターンに、子どもが『ねえこれ、どうして? なんで?』と聞いているのに、親が『そんなこといいの。それより勉強してなさい』と返してしまうというのがあります。
でも、『なんで?』を掘り進めて考えることこそ、本当の勉強ですよ」
理科学習のタネはいたるところに
理科的な疑問は、日常のいたるところに転がっている。つまりはどちらを向いても勉強のタネだらけなのだと、村山さんは教えてくれたぞ。
「たとえば、あたたかいご飯にカツオブシをかける。すると、オカカはゆらゆらと踊り出しますね。あれはなぜそうなるんでしょう?
子どものころに一度は疑問に思ったんじゃないでしょうか。
そこでは何が起こっているのか。ご飯が熱々だと近くの空気があたためられ、上昇気流ができるのですね。あたたかい空気は軽いから上へ向かう気流ができ、そのためオカカが踊り出す。
ここで『カツオブシ、どうして踊ってるの?』『そんなこといいから早く食べなさい!』というやりとりをしてしまっては、せっかくの子どもの興味を削いでしまいます」
忙しかったり、とっさに答えがわからなかったりと、いろんな理由から親はつい子の純粋な問いにこたえてやらなかったりするものだな。よくよく気をつけたいところだ。
身の回りにある「なぜ?」を大事にして
身の回りの出来事から「これ、なんで?」という問いを抽出することが、理科を好きになる第一歩だと村山斉さんは説く。
「見渡せばいくらでもありますよね。ちょっと外を眺めても、なんで葉っぱは色が変わるの? なぜ空は青いの? などなど。
いずれも科学的には興味深い説明をつけることができます。
もっとささやかなことだって、『なぜ?』を考えればじゅうぶん興味深いですよ。
炭酸水のボトルのフタを開けるときにすこし振ってしまうと、プシュッと音が出て中身が弾けますね。あれはなんでだろう。
ボトルを振ると、液体に溶けていた二酸化炭素が出てきて空気部分にたまります。
つまりボトル内の気圧が上がった状態になり、フタを開けると気圧の差によって中身が噴き出すことになるのですね。
ほかにもそうですね、石鹸で手を洗うと汚れがきれいに落とせるのはなぜでしょうか?
たしかに水だけじゃ落ちない油汚れなんかも、石鹸を使うとすっきり落ちますよね。水と油は互いに反発するので、水で洗っても溶け出してこないのです。
そこに石鹸が加わると、石鹸の分子は油にくっつきたがる部分と水にくっつきたい部分の両方を持ち合わせているので、まず油とくっつく部分が手から油を引き離します。
そののち、水を流せば水にくっつく部分の作用で油がともに流れ去っていくわけです」
なるほど石鹸の効果がそんなふうに生じていたとは。解説してもらうと、ひじょうに納得がいくものだな。
授業で習うことと身の回りのできごとを結び付けて
ただ、ひとつ心配ごとがある。石鹸で汚れが落ちるしくみを知るのはたしかにおもしろいが、そうした学びを重ねることは理科の成績に結びつくだろうか。受験に向かう学力を培うことになるのかどうか。
「石鹸が持つ親水基と親油基という特徴は、中学の理科で習う内容ですよ。
それに、手を洗うという行為が分子や原子の世界と関係しているのだとあらかじめ知っていれば、学校の授業で分子や原子が出てきたとき、抵抗感なく学べることにもなるのでは。
そんな目に見えないものの勉強をして何になるんだ?といった疑問を持つことなく、かなりとっつきやすくなるとは思うんです」
そう考えると、理科の授業でおこなわれる実験の時間というのは、きちんと取り組むべき貴重な体験だ。
「そうですよ、ちゃんとやったほうがいいです。習う内容にピンとくるかどうか、身近に感じられるかどうかで、理科に対する意欲や知識の定着は大きく変わってきますから」
学校で学ぶことは机上の空論でもなければ、単なる記号の羅列でもない。
我々の生活と密接につながっていると知れば、勉強におもしろさを見いだすのもたやすくなりそうだな。
自由研究は成功体験を得るチャンス
いまはちょうど夏休みの時期だな。理科の話をしていて思い出すのは、昔もいまも宿題に含まれている自由研究だ。
休みが終わるころにあわてて仕上げた向きも多かろうが、あの課題は理科の勉強の一環としてうまく活用できるものなのだろうか。
「ぜひしっかり取り組んでいただきたいです。自由研究は、成功体験を得るチャンスですから。
どのようなテーマであれ、自分で決めた課題を最後まで仕上げる機会というのは、なかなかないものです。
疑問に思ったことを調べてみれば、何かしら説明が立てられ、自分なりの答えを導けて、理解に到達できるんだということを実感できる。大切なことですよ」
つい親が出しゃばってしまうというのも、自由研究ではよくあるパターンなのだが、どれくらい関わるのが適切なのだろう。
「少なくとも答えを大人の側から指し示してしまうことは、しないほうがいいでしょう。
基本的には、興味関心を共有すること、いっしょに驚いてあげること、調べを進めるにあたって手助けをしてやるといったところにとどめるべき。
いっしょに学ぶ仲間のひとり、というスタンスがちょうどいい距離感では」
自由研究には明確な解答や正解がなさそうなところも、どうにも手応えがなく感じられてしまうのだが……。
「それこそ本当の学びというもののかたち。答えのないものに挑む体験を、早いうちからやっておくべきですね。
むしろ学校の授業や受験でおこなうような、『問1の答えはこれ、問2の答えはこっち』と逐一答え合わせをしていけるような勉強が、学びの土台をつくるための特殊なものだと考えておくくらいでちょうどいいですよ」
答えのないことを探る物理の世界
村山さん自身も、好きな物理の学びを進めているうちに答えのない領域へ入っていき、そのとき初めて学問研究の真のおもしろさに気づき、いっそうのめり込んでいった経験があるとのこと。
「理科に特別な興味を抱くようになったのは中学生あたりのことでした。それからあれも理解したい、これも理解したいと勉強をしていって、大学でも物理を専攻しました。
大学院へ進むころになって、ふと気づいたんです。ああ自分はもう答えのないことを探る場所にいるんだなと。
それまでは、答えを得るためにあれこれ調べたりしていたんですが、いつの段階かで答えがない問題があると勘付いたんですね。
世の中にはわかっていないこと、まだだれも知らないことがある。それを知りたいからみずから研究をするのです。
もちろん研究者になる人というのは世の中全体でみれば圧倒的な少数派ですし、子どもを研究者にしたい親御さんも少ないかもしれません。
ただ、成功体験を経て何らかの対象に興味・関心を強く抱き、探究しているうちに答えのない領域に踏み込んでいくというプロセスの体験は、どんなジャンルに関わっていくにしてもたいへん役に立つものだと思います」
道筋を立てる力がつく物理
答えのないことについて考えたり調べたり、研究したりして道なき道を進む。それこそが物理にかぎらず学びの醍醐味だと、村山斉さんは説く。
「そうなると俄然楽しくなってきますよ。
たとえば私たちが論文を書いているときって、世界でまだだれも知らないことを自分だけが知っているという瞬間があったりします。それをのちに発表して、共有の知にしていくわけですが。
新しいところを切り開いているんだという感覚は、なかなか気持ちいいものです。
でもこれは、研究者にかぎったことではありませんよね。
ビジネスの世界でも、これまでのモデルがうまくいかない、何かを刷新しなければいけない、次の一歩はどちらに踏み出すべきかという状況はよくあるでしょう。
そのとき人は答えのない問いに直面しているわけで、来たるべき一歩は自分で考え編み出さなくてはいけません。
ほかの人の成功体験は本や新聞に書いてあるかもしれませんが、自分が取り組んでいることに対してどの成功体験が当てはまるかは、みずから判断するしかありません。
指針となる考えが自分のなかに確固としてなければ、決断することもできませんよね。
わからないことは考えたり調べたりして明らかにし、それらを判断材料にしながら自分のなかに明快な論理や指針を打ち立てて、しかるべき選択をしたり結論を導き出したりする。
そうした能力は、たとえば物理を学ぶことで養っていけるわけです。
これからの時代に必要な力が育つ
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