
大塚已愛『鬼憑き十兵衛』 少年復讐鬼とおかしな鬼の、直球ど真ん中時代伝奇小説
日本ファンタジーノベル大賞受賞作にして直球ど真ん中の時代伝奇小説――松山主水の息子・十兵衛が美貌の鬼の力を借りて繰り広げる仇討ちが、やがて思いもよらぬ壮大かつ壮絶な妖戦へと展開していく、キャラ良しストーリー良しの快作が本作であります。
寛永12年、傷を受けて療養中のところに闇討ちを受け殺された、細川忠利の剣術指南役・松山主水大吉。しかしその直後、下手人の浪人たちを次々と討ち果たしていく、獣じみた動きの影がありました。
影の正体は、主水の弟子であり、そして彼が山の民の女性との間に作った子・十兵衛――今際の際の父からその真実を知らされた十兵衛は、怒りに燃えて暗殺者たちを全滅させるものの、自らも瀕死の重傷を負うことになります。
しかし、死闘の場である廃寺に残されていた干からびた僧の死体――それに十兵衛の血がかかった時、驚くべきことが起きます。
実はその死体と思われたものこそは、力を封じられていた強大な鬼・大悲。十兵衛の血で復活した大悲は人間離れした美貌を取り戻し、復活できた礼にと十兵衛の傷を治した上、彼が死ぬまで憑くと言い出したのであります。
戸惑いながらも、人の血肉を喰らうことにより相手の記憶を読む大悲の力を利用して、暗殺者たちの記憶を辿り、関係者を次々と討ち果たしていく十兵衛。
しかし十兵衛は、やがて父の死の原因が単なる兵法上の遺恨によるものではなく、背後に細川家で隠然たる力を振るう「御方さま」なる存在が潜むと知ることになります。
さらに潜伏していた山中で、相討ちになったような人々の奇怪な死体と、彼らが運んでいた長持ちの中にいた思しき金髪碧眼の少女に出くわした十兵衛。
顔に傷をつけられ、声を失ったその少女を余計なお荷物と知りつつも助けた十兵衛。紅絹と名付けた少女を故郷に帰すことを誓う十兵衛ですが、意外なことに紅絹の存在は彼自身の復讐行にも絡むことに……
と、復讐ありバディあり御家騒動ありボーイミーツガールありと盛りだくさんの本作。
まず事の発端が松山主水――実在の人物でありながら、瞬間催眠術とも言われる二階堂流平法・心の一方など奇怪な逸話には事欠かない剣士――の暗殺という「史実」の時点でニッコリとさせられますが、その先の物語も、一切出し惜しみなしの盛りだくさん、波瀾万丈としか言いようのない展開に目を奪われます。
それに加えて楽しいのが、その中で暴れ回る主人公二人のキャラクターであります。
山の民に育てられ、師(実は父)に剣を叩き込まれた復讐鬼という、ほとんど外の世界を知らない戦闘マシンのような存在ながら、妙に素直で純情な部分を持つ十兵衛。
見かけは絶世の美形ながら、人間を遙かに超える生命力と魔力を持つ鬼であり、それでいて妙に人なつっこい大悲。
(己の影を操って死人を喰らう力を持ちながらも、本当の好物は年月を経た器物(に宿る魂)というのもまた実に愉快ではありませんか)
人間と人外のバディものというのは珍しくはありませんが、しかし本作の二人は――特に「鬼」とは裏腹な大悲の飄々としたキャラもあって――その噛み合い方、いや噛み合わなさが、決して明るくはない物語を彩るアクセントとして、大きく機能していると感じます。
そして、本作の真に優れた点は、こうした作中に溢れるガジェットとキャラクター、さらにスケール感の、巧みな制御にあると感じます。
実のところ、伝奇もので物語のスケールを大きくすることは(際限なく大風呂敷を広げることによって)さまで難しくはないと感じます。しかしそれを物語の構成要素と物語展開に見合った形で描こうとすれば――さらにそこに史実を絡めるとすれば――話はまた別であります。そしてそれが出来ている作品こそが、優れた伝奇小説と呼ばれるのではないでしょうか。
本作においては、松山主水の死から始まり、そこから、大悲の登場や紅絹との出会い、そして黒幕の正体と陰謀――と、物語のスケールは加速度的に広がり、そして内容も現実を(まさしく「ファンタジーノベル」の名にふさわしく)超越していくことになります。
しかしその物語の流れは、同時に、作品の構成要素と破綻を来すことなく、首尾一貫した十兵衛自身の、彼の戦いと成長の物語として成立しているのであります。その点からすれば、本作はまさに優れた伝奇小説というほかありません。本作は作者のデビュー作とのことですが、それでこのクオリティとは――と驚くばかりであります。
正直なところ、大悲の存在など序の口の、中盤以降の波瀾万丈な展開故に、物語の内容に触れられないのが残念なのではあります。しかし、その面白さには太鼓判を押すことができる、そして作者のこの先の作品が楽しみになる――本作はそうした作品であることは間違いありません。
(そして読み終わった後、ぜひ裏表紙に目を向けていただければ――と思います)
『鬼憑き十兵衛』(大塚已愛 新潮社)