戯曲『親戚が来た!』
親戚が来た!
登場人物
多野 縫依(おおの ぬい・17)…娘
〃 昇(のぼる・50)…父
〃 捺(なつ・37)…母
〃 緒沙牟(おさむ・52)…昇の兄
〃 亜優音(あゆね・49)…緒沙牟の妻
〃 浦人(うらと・20)…緒沙牟・亜優音の息子
〇多野宅・リビング
明転。
中央にテーブル。その左右にイス三つずつ。テーブルの上に醬油差しやボックスティッシュ、ウエットティッシュ、鏡などの雑多な日用品。奥に低い棚。その上に固定電話。下手側に冷蔵庫と食器棚と流し。上手に壁掛け時計。
背景の窓が閉まっている。
テーブルの上手側手前に座り週刊誌を読む縫依。
テーブルの下手側手前に座り戦闘機のプラモを作る昇。
テーブルの下手側奥に折り紙の束と折りかけの鶴。
棚の横に立ち固定電話の子機で話す捺。
捺「(電話に)もしもしぃー、はい、あ、ご無沙汰してますぅー、はい、お義兄さんの方もお変わりないですかぁ? はい、はい、あそうなんですかぁー、はい、えっ……はい……はい……あの、もう先日こちらの方で……はい、やってしまいまして……えっ? いやそれは、いやあの、はい、はい、あっ明日、いえ、そんな、はい、あ、そうですねお車は、前と同じ所に停めちゃって大丈夫なんで。はい、はい、はーい失礼しまーす……」
捺、電話を切って充電器に戻し、テーブルの下手側奥に座って折り紙を再開。
縫依「(読みながら)誰?……(棒読み)お母さん」
捺「(折りながら)緒沙牟おじさん、ほら、こないだ向こうに知らせないでおじいちゃんの一周忌パパっとやっちゃったでしょ? それで、そっち行くから線香だけでもあげさせろって……」
縫依「(顔を上げて)えぇ……? いつ? え明日?」
捺「(折りながら)そう明日」
縫依「マァジでかぁ……え私どっか出掛けてくるからさ、いいでしょそれで」
捺「(折りながら)ダメ。家にいなさい」
縫依「何で!」
捺「(顔を上げて)あんたがいなかったら私が相手しなきゃいけないでしょうが。そういうのは家で一番年下の人間がやる仕事なの。そうでしょ昇くん」
昇「(作りながら)そうだぞ」
捺「あとそれ、やる時は絶対窓開けてやれっていつも言ってるよね? 臭いんだよその、何て言うの、接着剤の臭い」
昇、手を止める。
昇「……ごめんなさい」
捺「いや、ごめんなさいじゃないくて、早く、窓、開けて」
昇「……」
昇、席を立って窓を開ける。
縫依、そっと週刊誌を閉じてテーブルに置き、ズボンのポッケからスマホを取り出して操作する。
捺「何回も言ったよね?」
昇「言いました」
捺「じゃあ何でやらないの?」
昇「ごめんなさい」
捺「いやごめんなさいじゃないくてさ(間を置かず・縫依に)あんた何やってんのそれ」
捺、縫依のスマホを取り上げる。
縫依「あっちょっと!」
昇、そっと席に戻り作業を再開。
捺「(スマホを見て)『急なんだけど明日ランド行かない? 返事急ぎでお願い』……何これ、友達に誘われた体で無理やり明日どっか行こうとしてんの? ねぇ」
縫依「いやだってそれはさ」
捺「ダメだっつってんのに。メッセージの送信を取り消しとくから」
捺、スマホを操作。
縫依「ねぇちょっとあのさ……」
捺「大体あんたの友達今皆受験勉強の真っ最中で丸一日どっか遊びに行くなんてする訳無いでしょ、あんただけなんじゃないの、AO入試でとっととバカ大学に決めて暇してんの」
縫依「うるさいなぁもう返せよそれ!」
縫依、捺からスマホを奪い返す。
捺「明日お義兄さん達来たら聞くだろうね絶対、今受験じゃないのかって。あんた何て答えんのさ」
縫依「……」
昇「(作りながら)でもほら、お年玉貰えるかも知れないよ? 今年会うの初めてだから」
縫依「……それが無かったらマジで相手し損だかんね」
縫依、席に戻る。
暗転。
〇同
明転。
奥の窓が閉まっている。
テーブルの上手側手前に座り週刊誌を読む縫依。
テーブルの下手側手前に座り戦闘機のプラモを作る昇。
テーブルの下手側奥に座り折り紙の鶴を折る捺。傍らに折り紙の束。
縫依「(読みながら)ねぇ」
間。
縫依「(読みながら)ねぇ」
捺「(折りながら)どっちに対して言ってるのか分かんないから二人とも反応できないんですけどっていつも言ってるんですけど。そうでしょ昇くん」
昇「(作りながら)そうだぞ」
縫依「(顔を上げて・棒読み)ねえお母さん」
捺「(折りながら)何」
縫依「何時ぐらいに来んの」
捺「(折りながら)何が」
縫依「親戚」
捺「(折りながら)一時」
縫依、壁の時計を見る。
縫依「もう今々じゃん」
捺「(折りながら)分かってるよ」
縫依「分かってんなら何で準備しないの」
捺「(折りながら)そりゃ現実と向き合いたくないからでしょ。別にこんなの作りたくて作ってるんじゃないし。あんたこそ何か準備してよ」
縫依「私も向き合いたくないんですけど」
縫依と手を止めた捺、昇を見る。
昇、視線に気付いて顔を見上げる。
捺「やって。準備」
昇「はい」
昇、プラモを片付け始める。捺、折り紙を再開。縫依、週刊誌を再開。
昇「(片付けながら)二人は緒沙牟たちと会うの何年ぶりだっけ」
捺、露骨に嫌な顔をする。
間。
縫依「(読みながら)……六年ぐらいぶりじゃない? ほら何か、前の時は中学受験がどうこうみたいな話した気がする」
昇「(片付けながら)そんぐらいになるか。縫依が大きくなっててビックリするかもな」
縫依「(読みながら)そういえばあっちにも私よりちょっと上ぐらいの子供いたよね?」
昇「(片付けながら)あー、浦人くん? 今もう大学生だよなそういえば。確か汗田行ったんだっけ」
縫依「(読みながら)マジで? 何か結構カッコよかった感じの記憶あるんだけど」
昇「(片付けながら)あのぐらいの頃はちょっと年上なら誰でもカッコ良く見えるんだよ、ねえママ」
捺「(折りながら)全くその通りだよ。六年経ってますます親に似るとか、なってなきゃいいけどね……(昇を見て)え?」
昇「ん? うん……あーそっか、向こうにも子供いるならこっちもお年玉あげなきゃなのか。封筒とかあったかなぁ?」
捺「(折りながら)大学生にお年玉、要らないと思うけどなぁ……まあ向こうがくれたらこっちもあげればいいでしょ。こっちからやること無いって」
昇、プラモを片付け終わる。
捺「(折りながら)それ終わったらテーブルの上のもん全部どかしてから濡れティッシュで拭いといて」
昇「どかした物はどこに置いたらいい?」
捺「(折りながら)どっか。あの人たちから見えないところ」
昇、少しキョロキョロしてから片手に醬油差しを持って下手に向かう。
捺「(昇をチラッと見て)何で一度に一個しか持ってかないの? 手ェふたっつあるじゃん。そういうとこホント要領悪いよね昇くんって」
昇、引き返し、もう片方の手で鏡を持ってまた下手に向かう。以後しばらくの間、両手に一つずつテーブル上の日用品を持って入場と退場を繰り返し、下手に片付けていく。
捺「(折りながら)ハァ……」
縫依「(読みながら)何がそんなに嫌なの」
捺「(折りながら)あんた嫌じゃないの?」
縫依「(読みながら)嫌だけど、それはお母さんが嫌そうな反応してるから嫌なことなんだろうなぁっていうのが想像できて嫌っていうだけで、具体的にどこが嫌だとかっていうのはちょっと分からない。昔のことあんま覚えていないし。何がそんなに嫌なの」
捺「(折りながら)全部だよ全部」
縫依「(読みながら)例えば」
捺「(折りながら)まず最初からして嫌だよね。まずウチ来るじゃん?」
縫依「(読みながら)うん」
捺「(折りながら)来たらさ、必ず、必ずよ、お土産だっつって食いもん渡してくんだけどさ、それがさ、もうね、めっちゃ不味そうなワケ。覚えてないかもだけどアンタは何でか美味しい美味しいって食べてたよ確か。何か、金三輪(かなみわ)市特産品とか言って」
片付け中の昇、捺をジッと見る。
捺「(昇に)何?」
昇「いや……」
捺、折り紙を再開。
捺「(折りながら)ああそっか、あれ好きなんだっけ昇くんだけは。やっぱ味覚って兄弟で似るんだね意味分かんない味覚だけど」
昇「……」
昇、片付けを再開。
縫依「(読みながら)それさ、貰ったの一回じゃないでしょ?」
捺「(折りながら)必ずって言ってんだから複数回でしょうよ。そういうさ、何て言うの、自分で考えるっていうか、想像するっていうことをさ」
縫依「(読みながら)そんなに不味いんだったら二回目に貰った時に『それ不味かったからもう要らないです』って言えばいいのに」
捺「(折りながら)あーそれは(笑)、社会に出たことの無い人間の考えだ(笑)」
昇「それは?」
捺「……どうぞ」
昇、捺の折り紙と折り鶴を手に取り下手に退場。
縫依「(読みながら)そういうの『逃げ』って言うんじゃないの」
昇、折り紙と折り鶴を置いて戻って来る。
昇「……それ」
縫依「(食い気味)お願いします」
昇、縫依の週刊誌を手に取り下手に退場。
捺「逃げないとやってらんないの」
昇、週刊誌を置いて戻って来る。
昇「そうだぞ」
テーブルの上の日用品を全て下手に片付け終わった昇、最後に片手に封筒を持って登場、キョロキョロしながらウロウロする。
捺「(指のささくれを弄りながら)終わった?」
昇「はい終わりました」
捺「(顔を上げて)終わってないじゃん」
昇「えっいやでも、テーブルの上のもんどかして……」
捺「どかして? それから?」
昇「あっそっか……」
昇、下手に向かう。
捺「そういうとこホント要領悪いよね昇くんって。って言うか待って」
昇、立ち止まる。
捺「それ、何持ってんの」
昇「封筒、向こうにあった、浦人くんに、あげる、お年玉の……」
捺「……もらったらあげればいいんだからね。分かってる?」
昇「うん。分かってる」
昇、下手に退場、封筒を置き、代わりにさっき片付けたウエットティッシュを持って来てテーブルの上を拭き始める。
捺「(窓を見ながら)そういえばまた窓閉まってたね」
昇「えっあっホントだ、あっ、ごめんなさい」
捺「だから……」
縫依「(窓を見ながら)臭いで気付くんじゃなかったの?」
捺「あ?」
間。
テーブルの上を拭き終わった昇、窓を開ける。
昇「次は何をしたらいいでしょうか」
捺「次? 次はねぇ、この辺掃除機かけて、そしたら……」
インターホンが鳴る。
捺、時計を見る。
昇、下手に退場。
捺「もう来たの⁉ 何で言った時間より早く来んだよ!」
昇、下手からスイブルスイーパーを持って来てかけ始める。
捺「……昇くん出てよ」
昇「俺今準備やってるから」
捺「あっじゃあ私も準備するわ。縫依出て」
縫依「えー……」
捺、席を立つ。
再度インターホンが鳴る。
捺「(玄関に)はーい!」
捺、縫依に目で「出ろ」と促す。
縫依「これでお年玉無かったら怒るかんな」
縫依、渋々玄関に向かう。
捺、テーブルの位置を微調整したり、床のゴミを一々手で拾うなど、形だけの準備。
再度インターホンが鳴る。
縫依「(玄関に)はーい!」
縫依、玄関を開ける。
紙袋を持った緒沙牟、ハンドバッグを持った亜優音、浦人、上手から登場。
緒沙牟「こんにちはー! あ、縫依ちゃん久しぶりー! えっ、おっきくなったねー!」
亜優音「覚えてる? ねぇおばさんとおじさんのこと覚えてる?」
縫依「はいあの、覚えてます……」
亜優音「(食い気味に)ホント⁉ じゃあ(後ろから浦人の両肩に手を置いて)これ! 誰か分かる⁉」
縫依「はいあの……えーっと浦人くん、さん?」
亜優音「そう! 浦人ですぅ! いやーやっぱ覚えてるもんは覚えてるもんだね!」
緒沙牟「ほら、浦人、お前のこと覚えててくれた縫依ちゃんに挨拶しろ挨拶」
浦人、少し前を見てはすぐ下を向き、指を弄るなど挙動不審。
浦人「……ど、どうも」
縫依「?……あどうも、お久しぶりです……」
間。
亜優音「……上がっていいですか?」
縫依「あ、どうぞ、すいません、上がって下さい」
緒沙牟、亜優音、浦人、靴を脱ぐ。
縫依は早歩きで、緒沙牟、亜優音、浦人は歩きでリビングに向かう。
捺、戻って来た縫依に気付く。
捺「(ダラダラとゴミを拾いながら・小声で)もう戻って来たの⁉ (昇に)まだ終わってないよね準備」
昇「(スイブルスイーパーをかけながら)まだ終わってない」
捺「(縫依に・小声で)まだ終わってないんだけど準備。もっと引き伸ばせなかったの」
縫依「無理。限界。耐えられない。何とかして」
捺「(小声で)まだ準備してんのに……」
緒沙牟、亜優音、浦人、リビングに来る。
捺「(大声で)あーどーも!」
亜優音「あー! お久しぶりですぅ~!」
捺「お久しぶりですぅ~!」
亜優音「ねー! もうお久しぶりで!」
捺「いやもうお久しぶりで! ねー!」
亜優音「いやーお久しぶりですぅ!」
捺「お久しぶりでホントに! お義兄さんと浦人くんもお久しぶりですぅ!」
緒沙牟「うん、なっちゃんも元気してた?」
捺「あ、はいお陰様で、ホントにもう」
緒沙牟「(浦人に)ほら、挨拶、しろ、捺さんに」
浦人「(無愛想に)……どうも」
捺「あー浦人くんもお久しぶりぃー、おっきくなったね、おばさんのこと覚えてる?」
浦人「はいあの、覚えてます……」
緒沙牟「(昇に)仏壇、どこだっけ」
昇「ああ、(下手を指して)こっち……」
亜優音「あ、緒沙牟ちゃん、その前に、それ、ちょうだい」
緒沙牟「あそっか、じゃお願い」
緒沙牟、亜優音に紙袋を手渡す。
昇と緒沙牟、下手に退場。
亜優音「あのこれ、緒沙牟ちゃんが縫依ちゃんにって」
縫依、ビクっと反応する。
捺「(棒読み)まあ~わざわざすみません」
縫依「(ニヤニヤしながら)ああ、どうもありがとうございます本当に……」
亜優音、紙袋から取り出した包みを縫依に手渡す。
亜優音「はいこれ」
縫依「……? 何ですかこれ」
亜優音「金三輪(かなみわ)市特産品、セロリ寿司。前に持って来た時は縫依ちゃんもおいしいおいしいって言って食べてたんだよ。忘れちゃったかな?」
縫依「いえ、はい……ああ、覚えてますよ! あ、それでまた買ってきてくれてんですね! あー嬉しいですぅ~! ありがとうございます本当!」
捺「まあ~! わざわざすみません、ほらそれしまってくるから」
捺、縫依の手からセロリ寿司の包みを取り下手に向かう。
昇と緒沙牟、下手から登場。
昇「ん? 何か貰ったの?」
緒沙牟「ああ、前に持ってった時縫依ちゃんにウケが良かったからさ、セロリ寿司をね」
昇「えッ」
捺「そう頂いちゃったの~。あ、(緒沙牟に)ありがとうございますホントに」
緒沙牟「いやいや。安いし」
昇「あ、そしたらうちも浦人くんに渡す物あったんだ、ちょっと待ってて」
昇、走って下手に退場。
捺「あっ……」
捺、追いかけかけるが上手側の人々を見て思いとどまり、セロリ寿司を冷蔵庫にしまって中央に戻る。
昇、封筒を持って下手から登場。
昇「あのこれ、一応今年初めて会うから、お年玉、浦人くんに……」
昇、浦人に封筒を手渡す。
浦人、口がニヤけ、無言で封筒を受け取る。
亜優音「あ~どうもすみません」
緒沙牟「お礼言いなさい、お礼」
浦人「(ニヤけながら)あっ、ありがとうございます……」
浦人、その場で封筒を開けて中身を確認する。五千円札一枚が出てくる。
浦人「あっ……?」
捺「(威圧的に)うちお金ないのよ。ごめんね」
浦人「あ……いや……はい」
浦人、五千円札を封筒に戻す。
緒沙牟「じゃあそろそろ本題なんだけど……」
縫依「お年玉……」
緒沙牟「ん?」
縫依「あっいえ……」
捺「いえ、あの、セロリ寿司の方を、ありがたく頂戴いたしますので、はい」
捺、縫依の背中を叩き改めてお礼を促す。
捺「頂戴いたします」
浦人「立派になったなぁ……」
縫依・捺「え?」
亜優音「ね~。こんなおっきくなっちゃってね。前なんかこんぐらい(自分の手を腰の高さに持ってくる)だったのにね。ねえ緒沙牟ちゃん」
緒沙牟「ん? ああ、うん、今高校生? だよね?」
縫依「はい、そうです」
亜優音「何年? 三年?」
縫依「はい、三年生です」
亜優音「じゃあもう受験だ! 今ちょうど勉強真っ最中じゃないの?」
縫依「いや、はい、まあぁそうですね」
捺「(食い気味)それがですねこの子あれなんですよ、今なんですかあの、エ、AO入試? とか言って先月パッパと大学決めちゃったんですよ」
緒沙牟「あ……(笑)そうなんだ。へー」
亜優音「AO入試って名前は聞くけどさ、何やんの具体的には」
縫依「えーと、書類と、あとは面接ですね」
亜優音「と?」
縫依「そ……れだけですね」
亜優音「あ(笑)、そうなんだ」
緒沙牟「じゃあそろそろ本題なんだけど……」
亜優音「え? で、どこ決まったの? どこ大?」
縫依「えっと一応、団透(だんとう)大……」
亜優音「へー? 聞いたことないかも。緒沙牟ちゃん知ってる?」
緒沙牟「ん? いや、知ってるけど……いやまあでもねぇ(笑)、学歴で人の価値って決まらないと思うから。(浦人を指差す)これだって大学は汗田だけど人間としてはどうしようもないからね(笑)」
縫依「ハハハ……」
捺「何を仰いますかもう(笑)」
緒沙牟「(大声で)じゃあそろそろ本題なんだけど」
捺「……あ、すいません(笑)、座ってくださいどうぞ」
縫依、テーブルの上手側奥に座る。
緒沙牟「じゃあ失礼して……」
緒沙牟、上手側中央に座る。
浦人、下手側奥に座る。
縫依「あっ」
縫依、捺を睨む。
捺、無視して下手側手前に座る。
亜優音、上手側手前に座る。
昇、下手側中央に座る。
緒沙牟「じゃあそろそろ本題なんだけど」
縫依「(捺を睨みながら)はい」
緒沙牟「さっきも向こうで(昇を指差して)この人と話してたんだけど、まあ要するに兄に何も言わないで親父の葬式あげちゃうっていうのはどうかと思うけどねっていう話なんだけどさ」
昇「でも呼んだって来なかったでしょ」
緒沙牟「いや行かないけどさ、いくら行かないっつっても一応一言よこすのが大人ってもんじゃないの」
昇「いくら生前仲悪くても親が死んだら葬式ぐらい顔出すのが大人ってもんじゃないの」
緒沙牟「でも場所教えてくんなかったら行ける葬式も行けないじゃん」
昇「今呼ばれても行かないって言ったじゃん」
緒沙牟「……」
亜優音「え何、緒沙牟ちゃんのパパ死んじゃったの?」
捺「今知ったの⁉」
亜優音「今知った。へー結局顔も知らなかったなぁ」
捺「会ったこと無かったの?」
亜優音「無かった。結婚したとき緒沙牟ちゃん何も言わなかったけど、そっか、いるんだもんね親って」
昇「そういう人間なんだよこいつは。就職先のことで親父と喧嘩して家出てったっきり連絡もしないで、親父があんた方の結婚知ったのも俺経由だし。呆れてたよ」
亜優音「へぇー……」
捺「……で? その仲悪かったお父さんの葬式に呼ばれなくて怒ってるんですか」
緒沙牟「そうです」
捺「……何で?」
緒沙牟「いや来たかったから」
捺「だから何で来たかったの」
緒沙牟「いや来たいって言ったから」
捺「誰が来たいって言ったの」
緒沙牟「いや……」
浦人「何かお腹空かない?」
亜優音「空いたマジ空いた」
捺「あ?」
緒沙牟「そうだよね、(捺に)何かこの辺で食べる所ないですか」
捺「無いよこの辺は、コンビニとかしか」
緒沙牟「コンビニ? ああ、コンビニでもいいかじゃあ」
亜優音「イートインとかね」
緒沙牟「ああそうね、あとイートイン無くてもコンビニの外とかで食べたらいいしね」
捺「帰ろうとしてません? ねえ帰ろうとしてない?」
緒沙牟「いや、我々で食べたらすぐ戻ってくるんで。待っててもらって」
捺「いやついてきますよ、案内しますよコンビニまで」
緒沙牟、亜優音、浦人、席を立ち、上手側に移動。
亜優音「(移動しながら)いや大丈夫ですからホントに、分かりますし場所」
捺「どこですか」
緒沙牟「玄関出て右ですよね?」
捺「左だよ。やっぱ分かってないじゃないですか」
緒沙牟「ああ、じゃあ、今ので分かりました。出て左ですよね」
捺「帰んないで下さいね? 戻って来てくださいよ?」
緒沙牟、亜優音、浦人、玄関まで来る。
緒沙牟「大丈夫だから、戻って来るから」
捺「じゃああの、戻って来る時間だけ教えて下さいよ」
緒沙牟「そうですねー、まあコンビニでご飯食べて……半くらいには戻って来ますから」
捺「半? 一時半ですか?」
緒沙牟「そうです」
捺「十分後じゃないですか。適当に言ってませんか?」
緒沙牟「違いますよ……アレ、靴ベラは?」
捺「無いです靴ベラは、申し訳ないですけど」
緒沙牟「え、無いの靴ベラ? あぁそう……」
緒沙牟(面倒くさそうに)、亜優音、浦人、靴を履き、上手に退場。
捺、深いため息。
捺「……(昇に)何であげんの」
昇「何が」
捺「お年玉。もらってないのにあげなくていいって言ったじゃん。何回も」
昇「いや分かってるんだけどさ、お金じゃなくても何か物もらったのに何も返さないっていうのが耐えられなくて……」
縫依「そういうことが全く頭に無い人達だって良く分かったじゃん。こっちがお年玉あげたのに向こうはくれないんだから」
捺「あれいくら入ってたの」
昇「五千円」
縫依、冷蔵庫の方に移動。
縫依「五千円とセロリ寿司一箱が釣り合ってると思ってんだよ」
縫依、冷蔵庫からセロリ寿司を取り出し、値段を見る。
縫依「五百円じゃん。十個分じゃん」
捺「やっぱり逃げたんじゃないの? ちょっと、見てきてよ昇くん、コンビニ」
昇「はい」
昇、上手に向かい、靴を履いて退場。
捺「……?」
縫依「どうしたの」
捺「何か、えらく物分かり良いなって」
縫依「自分が行けって言ったんじゃん」
捺「まあホントに行ってくれたらそれはそれでいいんだけど……お父さんの前だとあんまり言えないけどあの人たちキツいでしょ」
縫依「いやもう大分言ってたじゃん。むしろお父さんが率先してガンガン言ってたじゃん」
捺「私も昇くんも抑えてた方なんだよあれでも。いやでももう限界だわ、あの人たち帰ってきたらガツンと言ってやりたくなってきた」
縫依「何、あれ以上にハッキリ何か物を言うつもりなの?」
捺「いけない?」
縫依「いや、いけなくはないというか、むしろいけて欲しいんだけど、お父さんからしたら仮にも家族にあたる人とそのまた家族な訳だから、流石にそこまでいってお父さんは良いんだろうかっていう」
捺「大丈夫なんだよ、あんたが思ってる以上にマジで仲悪いんだから」
昇、大きな紙袋を持って上手から登場。靴を脱いで家に上がる。
捺「あ、早かったね昇くん、あのね、お義兄さんたち正直さ……」
昇、捺を手で遮る。
昇「いや……」
捺「えっ?」
昇「母さん」
捺「はい……?」
昇「縫依」
縫依「えっ何」
昇「緒沙牟たちが戻ってきたらさっきより優しくしてやってくれないか」
捺「え? 何言って」
縫依「(食い気味依)何言ってんの? おかしいでしょ、鬱陶しいでしょあの人たち。何、何かあったのコンビニで? コンビニのイートインで!」
昇「浦人くん……がさ、縫依と久し振りに会ったら、何か大人っぽくなって、こう……良いなって思ったらしいんだよね」
捺「はぁ? それは」
縫依「(食い気味)それは気持ち悪い! 無理でしょ、無理あれは」
昇「えーでも彼結構カッコよかった感じだったって言ってたじゃん」
縫依「いや今のそれを聞いたことによって完全に無理になったわ。そもそも今日最初会った時から何か前とイメージ違ったんだよなぁ」
昇「だからあれは、照れてるからああいう態度なんじゃないの」
縫依「うっわ……」
捺、壁の時計を見る。
捺「その彼とその両親がもうすぐ帰って来る時間じゃん」
縫依「噓。来ないで欲しい」
昇「あのさぁ縫依、ぶっちゃけ向こうはお前に会いたくて、またお前に会わせたくてわざわざここまで来てんだからさ、もうちょっと愛想よく、また相手してやって欲しいんだけど」
縫依「どうしたのねぇ急に、何があったの」
昇「いや別に、あのこれ一応言っとくけどあの人たちが兄一家だから言ってるんじゃないからね」
縫依「じゃあだから何で急にそんなんなったんだって……」
捺「ねえそれさっきから思ってたけど何持ってんのそれ、ねえ」
捺、昇から紙袋を奪って中身を漁る。セロリ寿司一箱が出てくる。紙袋をひっくり返して振るとさらに八箱が落ちてくる。
昇「ああああああ何すんだよ落ちてんじゃねぇかよ」
昇、セロリ寿司を拾い集める。
縫依「……九個」
捺「さっきの足したら十個だね」
捺、箱を踏み潰す。
昇「ああああああ」
捺「……大事なの?」
昇「うん」
捺「これで釣られたの?」
昇「うん」
捺「じゃあこれ全部ダメになったらもうあの人たちの言うこと聞かなくて良くなるね」
捺と縫依、次々に箱を踏み潰していく。
インターホンが鳴る。
捺、踏み潰しながら時計を見る。
捺「やっと来たの? 何で言った時間より遅く来んだよ」
紙袋を持った緒沙牟、亜優音、浦人、上手から登場。靴を脱いで家に上がる。
緒沙牟「ね? 帰って来るって言ったじゃないですか」
亜優音「緒沙牟ちゃんは噓とかついたこと無いしねぇ」
浦人「しかしこの辺マジで食べ物屋無かったね。コンビニでいいとは言ったけど本当にコンビニで食べるとか結構アレだったよね」
緒沙牟「コラ聞こえちゃうぞ(笑)……あれ?」
緒沙牟、亜優音、浦人、潰れ、散乱したセロリ寿司の箱とそれを踏む捺と縫依を見る。
緒沙牟「どうしたのこれ」
捺「(箱を踏みつけたまま)床に置いてあったのを間違って踏んじゃいました」
緒沙牟「全部?」
捺「全部です」
緒沙牟「ピンポイントで?」
捺「ピンポイントです」
緒沙牟「ああそう……まあでも、まだ全然あるからさ」
緒沙牟、紙袋をひっくり返して振る。セロリ寿司の箱がさらにもう十個落ちてくる。
昇「ああああああ」
昇、セロリ寿司を拾い集める。
緒沙牟「浦人と縫依ちゃんにもっと仲良くなって欲しい?」
昇「(拾いながら)はい」
緒沙牟「じゃあ我々はまた席を外した方がいいよね」
昇「(拾いながら)はい」
緒沙牟、亜優音、箱を抱えられるだけ抱えた昇、上手に移動。
捺「おい待って今度こそ本当に帰るんじゃないですか」
捺、三人を追う。
縫依「えっあっちょっと」
緒沙牟「アレ、靴ベラは?」
縫依「だから無いっつーの」
緒沙牟、亜優音、昇、捺、靴を履いて退場。取り残される縫依と浦人。
間。
浦人「……何年ぶりくらいだっけ、会うの」
縫依「さあ」
浦人「たしか六年ぶりくらいだと思うんだけど」
縫依、浦人を一瞬睨む。
縫依「……そうかも知れないですね」
浦人「やっぱり? そうだよね! あの時はまだ小さくてねぇ縫依ちゃん」
縫依「はあ」
浦人「いやーあの時は何て言うかこう、あれはあれで……可愛いかった」
縫依「やっぱ無理この人! 誰かー! ねえ誰か!」
捺、片手で緒沙牟の腕を引っ張り、もう片方の手でセロリ寿司を持って後ろ歩きで入場。昇、セロリ寿司に釣られ誘導されて入場。亜優音、三人の後から怪訝な顔で入場。四人、(捺と緒沙牟は手を使わずに)靴を脱いで家に上がる。
捺「どうしたの」
縫依「そっちがどうしたの」
捺「いいんだよこっちのことは、でどうしたの」
緒沙牟「立派な人間でしょうウチの息子は。縫依ちゃんにピッタリだと思ってるんだけど……」
縫依「どこがだよこんなボンクラの!」
緒沙牟「お前今ボンクラって言ったな⁉ こっちはお前には勿体無いと思ってても言わないようにしてたのに!」
縫依「そっちも言ってんじゃんか結局!」
緒沙牟「お互いノーガードだこれはもう! お前、息子が気になってるっていうからどこの大学行くのかって思ってたら何だ、団透大だぁ? あんなバカ大学なんか入って、息子は汗田なんだぞ釣り合う訳ないだろ!」
縫依「じゃあいいじゃんそれで! 釣り合ってなくていいです!」
緒沙牟「いやダメだよ、息子の望みを実現するために君にはもっとまともな大学に行ってもらわないといけなかったのに!」
縫依「無茶苦茶じゃないかこの親子は! お母さんも何か言ってよこの人に。てかいつまで掴んでんだよ」
捺、緒沙牟から手を放す。
捺「正直もっとまともな大学行けって所は同意してしまう」
緒沙牟「ですよね」
縫依「だめだこれは。お父さん」
昇、未だ捺が持つセロリ寿司の箱に釣られて周囲を行ったり来たりしている。
縫依「それ捨てろそれ!」
縫依、捺からセロリ寿司を奪って踏み潰す。
昇「あっ……」
縫依「お父さん、この人たちおかしいよね、間違ってるよね?」
昇「いや、うーん、それは……」
縫依「(緒沙牟に)もうあの箱無いですよね?」
緒沙牟「無いです」
縫依「ほらお父さん、もうこの人の言うこと聞いても意味無いよ」
緒沙牟「あっ」
昇「そっか、じゃあ間違ってますこの人たちは」
縫依「ほらお兄さんが弟のこと間違ってるって言ってますよ」
緒沙牟「あんたいつもそうじゃないか結局」
昇「何が」
緒沙牟「俺が寿司職人になりたいって言った時も親父と一緒になってお前は間違ってるの一点張りで!」
浦人「え?」
昇「俺と親父はあの貧乏な暮らしを自立してもまだ続けるつもりかって反対したんじゃないか。でもじゃあそれで実際どうだったんだよ、成功したの?」
緒沙牟「成功してたらこんなもん作って売ったりしねぇよ!」
緒沙牟、床に散乱したセロリ寿司の残骸をさらに踏みつける。
捺「え何、これアンタが作ってたの?」
亜優音「え何、緒沙牟ちゃんって寿司職人だったの?」
捺「今知ったの⁉」
亜優音「えっそれは昔、一時期そうだったとかじゃなくて?」
昇「今もそうだろ」
緒沙牟「今もそうです……」
亜優音「噓ついてたの……?」
捺「(緒沙牟を指して)この人何だと思ってたの?」
亜優音「えーっと……何だっけ」
浦人「確か商社マン……」
捺「めっちゃフワッとしてんじゃん噓のつき方。よく今まで通せたな」
昇「そうやって家族に隠さないといけないくらい失敗してんじゃん。ということは間違ってたってことじゃん」
緒沙牟「でもこの不出来な父親からこうやって汗田に入るくらい良く出来た息子が生まれたんだから、せめてこの子の希望は……」
浦人「いや、もう、いいです」
緒沙牟「何が?」
緒沙牟「こんな情けない人に根回しされてまで縫依ちゃんと仲良くなろうとは思わない」
縫依「えっじゃあ諦めてくれるんですか」
緒沙牟「いや、自分の力で勝ち取ろうと思いました」
縫依「うわ気持ち悪い」
亜優音「息子を悪く言わないで下さい!(緒沙牟を指して)この人にならもう何をいくら言ってもいいから!」
間。
昇「……あんたは仕事を失敗した。でもそれは変えることができる。今からでも」
緒沙牟「それはどういう……?」
昇「あのセロリ寿司を俺は本当に美味いと思ってる。子供の頃、家の狭い庭で育ててたセロリを刻んで白米にかけたセロリご飯の味が鮮明に思い出されて……あれを目の前にすると理性が保てなくなる程に。だから本業が上手くいかないことからくるヤケクソな気持ちで売るのをやめて、セロリ寿司の美味しさを真摯に宣伝し、売り出していけば、必ずやその魅力に気付いた人たちによって評判が広まって行くと思う。だから今は売るんだよセロリ寿司を」
緒沙牟「昇……」
浦人「俺、仕事してる父親の姿っていうのを見てみたい」
亜優音「やっぱりまだやり直せるのかも知れない。私たちの仲も」
緒沙牟「そうだな……もう一度頑張ってみよう……皆さん、色々、申し訳なかった」
浦人「そうだ、お詫びって言ったらアレだけど、俺貰ったのに縫依ちゃんはまだだったから……」
浦人、財布から五千円札を取り出し、縫依に差し出す。
浦人「お年玉。うちお金無いんだ。ごめんね」
縫依、五千円札を受け取る。
縫依「……ありがとうございます」
亜優音「じゃあまた」
捺「……一周忌には呼びますから」
緒沙牟、亜優音、浦人、上手に向かう。
浦人「俺まだセロリ寿司食べたことないんだよね」
亜優音「私も。帰ったら三人で食べよう」
緒沙牟「そうだね……あれ、ああそうか、靴ベラ無いのか……」
三人、靴を履いて退場。
縫依「いやー、疲れた……」
捺「良かったじゃん、向こうも諦めてくれて」
縫依「だからあれ諦めてなくない?」
昇「まあ今日の所はって感じだよね」
捺「ねぇセロリ寿司ってそんなに美味しいの? その名前でまず避けてたんだけど」
昇「いやあれはホントに美味しいよホントに」
捺「へぇー、ちょっと食べてみたいって思ったけど……」
捺、周囲に散乱する潰れたセロリ寿司の箱を見渡す。
捺「これじゃあなぁ」
昇「今度買いに行こう。緒沙牟たちのとこに」
捺「そうだね……」
縫依「あっ……!」
捺「どうした?」
縫依「ねえ私、前にそれ食べたんだよね?」
捺「うん。食べたっていうか、私が食べたくないから食べさせたっていうか」
縫依「それで私、美味しいって言ったんだよね?」
捺「うん言った」
縫依「今思い出した。あれ食べた時めちゃくちゃマズいって思ったけど、子供ながらに本当のことを言っちゃいけない、って思って噓ついたんだ」
昇「え……?」
捺「昇くん、セロリ寿司のどこが美味しいって言ってたっけ……?」
昇「子供の頃、家の庭で育ててたセロリで作った、セロリご飯の味を思い出して……」
捺「それって、その思い出を持ってる昇くんとお義兄さんしか美味しいと思わないんじゃ……?」
縫依「っていうか、普通美味しかったらその時点で売れるよね」
間。
ややあって、縫依、昇、捺、下手に退場。それぞれ週刊誌、プラモ、折り紙を持って来て作り始める、読み始める、折り始める。
暗転。
(終)