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【税金】減税は正義なのか?

※この記事には政治的な主張が含まれています。苦手な方は読み飛ばしてください。


衆院選後の政治状況

先の総選挙で自民党・公明党の与党が大敗した。

石破政権は、与党で過半数の233議席を確保することができなかったため、政権維持が極めて困難な状況に追い込まれてしまったのだ。

一方で野党第一党の立憲民主党は議席を大幅に伸ばしたが、単独で過半数を確保するまでには至らなかった。

このような状況下で、キャスティングボートを握ったのは国民民主党維新の両党である。

与党の獲得議席215に国民民主党:28議席もしくは維新:38議席を足せば、過半数の233議席を超えることができるのだ。

※キャスティングボートとは、いずれの党も過半数を確保できない状況下で少数政党が決定権を握る状況を言う。

衆議院開票結果, 選挙ドットコム, 2024.11

何しろ、衆議院で過半数を獲得できないと予算案など重要な法案が可決できず、政権は死に体になってしまう。内閣不信任案も全野党が賛成すれば、容易く可決されてしまうだろう。政権はまったく安定しないのだ。

石破政権として連携する相手の選択肢は二つあるが、大阪以外の選挙区で大敗し勢いのなくなった維新よりも、労働者の手取りを増やすというわかりやすい政策で有権者に訴え、議席を4倍に増やした国民民主党を当面の交渉相手に選んだようだ。

しかし、その国民民主党も簡単に与党入りしてしまえば自民党の補完勢力と見做され、国民の支持を失ってしまう危険性があるため、閣内入りには慎重な姿勢を崩していない。

政策ごとの共闘には応じるという姿勢で予算案への協力をチラつかせながら、自民党に揺さぶりをかけている。

与党の座を降りたくない自民党は、国民民主党政策を丸のみしかねない情勢となっている。

躍進したとはいえ国民民主党の議席数はたったの28議席だ。全議席に占める割合は6%(=28/465)に過ぎない。

国民民主党の主義主張の是非はともかくとして、今やわずか6%の政治勢力が日本の政治を左右しようとしているのだ。

これは由々しき問題である。

これは、日本の政治システム、すなわち議院内閣制の欠点が露呈した結果とみることができるかもしれない。

「裏金問題にきちんとした対応をしない自民党にお灸を据えて過半数割れとし、かと言って頼りにならない立憲民主党にも過半数を与えない絶妙の政治状況を作り出したのは、民意の表れである」としたり顔で語る評論家もいるが、これはけっして民意などではない。

そもそも国民民主党は選挙後に政権与党に協力して政策を実行しようなどと訴えていただろうか?仮にそうだったとしても、大多数の国民は国民民主党には投票していないのだ。

今後の政局として、もし仮に政権与党国民民主党との協議が物別れに終わった場合には、維新との連携が模索されるかもしれない。さらには立憲民主党との大連立の可能性だって考えられる。予算案の成立に行き詰まった石破内閣の総辞職もあり得るだろう。

これらの動きは、すべて選挙後に出てきたものだ。

むろん、これらが選挙により決定された議席配分に基づいた動きであるという意味においては、間接的に民意が反映されているとは言えるだろう。

しかし、これらの動きの中には、選挙時に明確なビジョンとして語られ、選択肢として示されていたものは何一つ存在していないのだ。

すなわち、選挙による直接的な民意の反映がないままに、政局だけが動いている。

選挙のたびに、このような政局が繰り返されてきたからこそ、国民はシラけ政治不信は高まってきたのだろう。


国民民主党の減税案

国民民主党は、大企業の労働組合の全国組織である連合(のうち右寄りの一派)の支持を受ける労働者のための政党である。

そのため、支持基盤である労働者の手取りを増やす政策を訴求するのはある意味当然のことだ。

勤労者の端くれであった自分としても、給与明細を見るたびに税金や社会保険料の高さに辟易していたから、労働者の手取りを増やす政策に労働者が諸手を挙げて賛成する気持ちは痛いほどわかる。

国民民主党万歳! 玉木さんもっと頑張れ!

と応援したくなる。

しかし、減税は正義で増税は悪という単純な図式は正しいのだろうか?

少し冷静になって考えてみたい。

国民民主党の掲げる減税案は以下の3点だ。

1. 課税最低金額を103万円から178万円に引き上げ
2. ガソリン税のトリガー条項の発動
3. 時限的に消費税を10%から5%に減税

国民民主党の減税政策
年収の壁、ガソリン税、消費税減税… 国民民主の要求を、自民はどこまで受け入れる? 政策協議開始で一致, 東京新聞, 2024.11.1

ここでは政策の詳細には触れないが、どれも労働者の手取りを増やす政策である。

仮に、すべてを実施することになれば巨額の減税となるが、当然それに相当する財源が必要となる。それも毎年だ。

減税額
 1. 課税最低金額:7~8兆円
 2. トリガー条項:1.5兆円
 3. 消費税:11.9兆円(2024年度予算の消費税収入の半分)  
 合計:20.4~21.4兆円

国民民主党の減税額

合計20兆円超えの減税!…これ正気でやろうとしているのだろうか?

どうやら財源は国債発行を考えている節がある。国債とは国の借金のことだ。借金は将来返さなければならないお金だ。

借金をしてもそれ以上の見返り、すなわち経済成長にともなう税収増があれば投資としての意味はあるが、それが期待できないことはバブル崩壊以降の30年の歴史が証明している。

だとしたら、今の状況での借金は将来世代につけを回す行為に他ならない。

国の借金はいくらしても構わないというトンデモ理論を唱える人も稀にいるが(実際にその主張で議席を伸ばした政党も存在する)、それは聞くに値しない話だ。

だいたい、そんな美味しい話があるのなら、皆が嫌がる税金などというものはこの世に存在していないはずである。

お金に困ったら政府が国債を発行し、それを日銀が買い取って資金を供出する、過去30年に渡りそのようなことを繰り返してきたが、借金総額はもう限界に近づいている。

今の日本の財政状況をおさらいして、国民民主党の推し進める減税政策が如何に常軌を逸しているかを確認してみたい。


日本の財政状況

国債依存体質

下図は、過去50年の一般会計における歳出・歳入の推移を表している。青線が歳出、赤線が歳入、棒グラフが国債の発行額を示している。

日本の財政関係資料, 財務省, 2024.10

グラフより、1990年頃を境に、歳入が増加しないにも関わらず歳出が伸び続け、そのギャップが開いていることがわかる。いわゆるワニの口と呼ばれている現象だ。この間、歳出不足は国債の発行で埋め続けてきている。

直近の2024年度では、実に国家予算の31.5%を借金である国債の発行で賄っているのだ。

1991年と言えば、バブル崩壊の年である。冷え切った日本経済を上向けようと国債を発行して歳出を増やしたが、その後日本経済が再び成長軌道に乗ることはなかった。

この事実は、バブル崩壊後の日本経済は、歳出を増やす伝統的なケインズ経済学では対処不可能であることを証明している。すなわち、日本の不況の原因は単純にお金の問題だけではなかったのだ。

いくらお金を市場にばらまいても、新たな投資対象や成長エンジンが存在しなければ日本経済は復活できない。

本来はそのためにあらゆる分野での構造改革を断行しなければいけなかったのに、伝統的なケインズ経済学に固執してしまったばかりに、借金の山だけが築かれることとなってしまったのだ。

国債の累積発行残高は、2024年度で実に1,105兆円という巨額に達している。

これは、2024年度の一般会計予算:112兆円の約10倍の金額であり、とんでもない額の借金だ。

日本の財政関係資料, 財務省, 2024.10

諸外国と比べても、対GDP比の債務残高257%は断トツに多く、ジャパンリスクとして認識されている。

GDPとの比率で比較されるのは、経済力が大きいほど税収で償却できる能力が高いためである。

日本の財政関係資料, 財務省, 2024.10

GDPとは1年間に生み出された付加価値の合計であり、仮に消費税率を10%UPしても、返済に46年かかる額の借金を日本政府は抱えてしまっているのだ。毎年の赤字分の穴埋めに15%分の消費税が必要なので、合計すると消費税率35%になってしまう。

実際にはこれだけの増税をすれば経済が冷え込んでしまうため、さらに増税が必要となるが、とても実現可能な政策とは思えない。

残念ながら、日本の債務残高は真っ当な手段ではもう返済できないほどに膨れ上がってしまっているのだ。

対GDP比の債務残高257%は、第二次世界大戦の戦費調達で膨れ上がった債務残高比を上回る水準であり、既に危険水域に入ったと言っていい。

ちなみに、第二次世界大戦前後に発行された国債は、戦後事実上のデフォルトを迎え無価値となってしまった過去がある。

再び同じようなことが起きかねない状況なのだ。

日本の財政関係資料, 財務省, 2024.10

国債についてのもう一つの懸念点は、日銀保有割合の増大だ。

異次元の金融緩和の名の下、黒田日銀総裁がせっせと国債を買い入れた結果、日銀保有割合が53.3%に達してしまったのだ。

本来、法律で日銀の国債直接買い入れは禁止されているはずであるが、「一旦市場に出回った国債を購入しているため財政ファイナンスではない」という強弁で実行に移されてしまい、現在もそれが継続されている。

財政ファイナンスとは、政府が発行した国債を中央銀行が直接引き受けることで政府の財政赤字を補填する手法を指す。

中央銀行が国債を買い入れて紙幣を市場に投入し続ければ、市場の信認を失いハイパーインフレを引き起こすことは歴史が証明している。そのため法律で禁止しているのだ。

現状の日銀の国債買い入れは事実上の財政ファイナンスであり、日銀のインフレ調節機能を完全に失わせてしまっている。

いつ円という通貨の信用が失われ、ハードランディングが発生してもおかしくない状況であるのは確かだ。

日銀の国債保有、過去最大の53% : 黒田総裁就任時の11.55%から右肩上がり, ニッポンドットコム, 2023.6.28

上記のように、財政は既に極限まで国債依存度を高めていて、これ以上の借り入れ余地はないのだ。

もし、国民民主党労働者の手取りを増やす政策国債発行を前提としているのなら、非常に危険な打ち手と言えるだろう。


歳出は減らせるか?

国債発行を増やして対応できないとしたら、残る手段は歳出を減らすしか手はない。

下図は、2024年度の一般会計予算を示している。総額112兆円にのぼる。

日本の財政関係資料, 財務省, 2024.10

グラフを見てまず驚くのが、国債費の支出が27兆円と総予算の24%を占めている点である。

国債費とは国債の元金返済や利払いに充てる支出だ。国債の累積発行残高は、前述のとおり2024年度で実に1,105兆円に達しているが、この巨額の借入金の満期に伴う元金返済や利払いで毎年これだけの支出が必要となっているのだ。

満期になった国債は再び国債を発行して借り換えをし、追加で発行した国債と合わせて、雪だるま式に借金は膨らみ続けている。

現状でも総予算の1/4が借金の返済に充てられているが、今後この比率は高まる見込みだ。現在はゼロ金利政策が続いているためこの程度の利払いで済んでいるが、米国のように長期金利が上昇したら国債費が爆発的に増え、一般会計予算の大半が国債費で消えてしまうかもしれない。

そうなったら当然、政府の活動は停止し、我々の生活も破綻してしまうだろう。

本来は増税をおこなうか支出を減らして債務残高を減らす政策を実行しなければならないはずであるが、そのような試みは過去何度も行われたにも関わらず成功していない。

人々は増税を嫌うため増税を試みた政権は倒れ、耳当たりのいい減税を唱えた政党だけが議席を伸ばしてきたためである。

その結果、国の財政はメチャメチャなことになっているのだ。

地方交付税交付金とは、国が地方自治体に支給している補助金であるが、これが18兆円と総予算の16%を占めており無視できない額となっている。

地方交付税交付金は都市部と地方の格差是正を目的とする制度であるが、国がこれだけの歳入不足を抱えている現状では、地方交付税交付金の在り方から議論が必要かもしれない。

もしこれを削減すれば当然強い反発が予想されるが、国全体のグランドデザインを描いて覚悟を持って議論しなければならない時期に来ていると思われる。

国民民主党にその覚悟があるのであれば、応援したい。

上記2つの支出項目で40%を占めるため、実質的な政策に関する一般歳出は残りの60%すなわち67兆円で賄われている。総予算は112兆円であるにも関わらず、自由に使える資金はたった67兆円しかないのだ。

政府予算の構造が相当に歪んでいると感じられる。

一般歳出のうち、主な支出項目は社会保障防衛関係費公共事業文教・科学復興費の4項目であるが、このうち最も大きなウェイトを占めるのが社会保障だ。

社会保障は38兆円であり、一般歳出の56%すなわち半分以上を占めている。

もし一般歳出を削減しようとすれば、社会保障を削ることは避けて通れない。

社会保障の中身は、年金、医療、介護、子育て、失業給付、生活保護などであるが、当然これらを削減したら貧困層が増え、今より格差社会が進むことになる。生活が苦しくなり、医療サービスを受けにくくなり、自殺者数も増えるかもしれない。

国民民主党は大企業に勤める労働者の手取りを増やす代わりに、格差社会を容認しようとしているのだろうか?

一般歳出には無駄な支出も含まれているはずだから、それを無くせばもっと資金は捻出できるはずだという意見もあるだろう。

しかし、民主党政権時に政権の命運をかけておこなった事業仕分けで捻出できたのは、目標16.8兆円に対して、たったの1.6兆円でしかなかった。

無駄な支出を削減する努力は必要であるが、それだけでは問題は解決しないのだ。


減税は正義なのか?

減税は誰しも嬉しい。

長い老後を考えれば、手取りを増やしてNISAで運用して生活資金を確保しておきたい。

今の生活も重要だ。子供との生活を充実させるためにもお金は必要だ。減税を唱える政党を応援したい。

こんなに生活が苦しいのは、政府や財務省が悪だくみして、国民を苦しめるために重税を課しているからに違いない!

これは本当に正しいことなのだろうか?

もっと言えば、減税は正義なのだろうか?

目先の利益だけを考えたら減税はありがたい。しかし、それだけを考えるのは、木を見て森を見ない行為と一緒だろう。

ただでさえ財政は火の車だ。何かを犠牲にしない減税などあり得ないのだ。

仮にも国民の負託を受けた国会議員ならば、木だけを見た政策ではなく森を見た政策を立案して欲しい。

国民負担率の国際比較を見てみよう。国民負担率とは、税金と社会保険を合算した負担率を言う。

日本の財政関係資料, 財務省, 2024.10

「日本の国民負担率は高いから下げるべきだ」という論調はよく聞くが、これは印象論でしかないようだ。

実際のデータを見ると、日本の国民負担率は確かに米国よりは高いが英国、ドイツ、スウェーデン、フランスよりは低い水準に留まっている。

一般に、政府の財政規模には大きな政府小さな政府が存在する。

大きな政府:高福祉・高負担
・小さな政府:低福祉・低負担

米国は小さな政府の代表格であり、国民負担率が低い代わりに低福祉社会である。対して、スウェーデンは大きな政府の代表格であり、国民負担率が高い代わりに高福祉社会が実現している。

日本は上記データを見る限りは、国民負担率が低い割には高福祉を目指しているようで政策が矛盾している。その矛盾が巨額の債務残高となって跳ね返ってきているのだ。

国民負担率を下げたいならば低福祉を甘受せねばならず、高福祉を目指すならば国民負担率を上げる必要がある。

結局のところ、いいところ取りは許されず、国家のグランドデザインとして、まず大きな政府小さな政府のどちらを選択するのか明確にしなければならない。

国民民主党は、大きな政府と小さな政府のどちらを目指しているのだろうか?

このように考えてみた場合、減税は単純に正義とは言い切れないように思う。


最後に

本来は、大きな政府小さな政府のどちらかの政策を掲げた政治家が立候補して、大統領の座を争う選挙をおこなうのが理想だ。

それぞれの候補者が相手の矛盾点を徹底的に突いた選挙戦を戦う。そうすれば、低負担・高福祉などの矛盾した政策が政府の政策の俎上にのぼることなどあり得ないだろう。

選挙の結果、多数の支持を受けた指導者が国のかじ取りをおこなう。そのような日本に早く変わって欲しいと願っている。

最後に、国民民主党の玉木代表の発言で気になった報道があったので触れておきたい。

国民民主の玉木雄一郎代表は7日、必要な財源について「7兆円かかるなら、7兆円をどこかから削るのは政府・与党側の責任だ。われわれはとにかく103万を178万円にしてくれと要請していく」と与党側に対応を求めた。

国民民主、財源確保は「政府・与党の責任」 「103万円の壁」解消へ自公と強気の協議, 産経新聞, 2024.11.8

これは簡単に言えば、「財源は知らん!」という意味に受け取ったが違うのだろうか?

「減税はして欲しいけど、財源は与党で考えてね」とは、とても責任ある政党の代表の発言とは思えない。

国民民主党は、今のところ政策で協力はするけど連立政権には参加しないというあいまいな態度を示している。

もし「減税は我が党の成果で、財政悪化は与党の責任だ」と言い逃れしようとしているならば最悪だ。

労働者の手取りを増やすという自らの政策の実現を目指すなら、連立政権に参加して結果責任まで負う覚悟が必要だと思うが、どのように考えているのだろうか?

個人的には玉木さんが大好きだ。憲法議論など国会での積極的な論争は、何かを変えてくれるのではないかという期待を感じさせてくれる政治家の一人だ。

それだけに、今回の労働者の手取りを増やす政策に関する対応については残念に感じている。


※この記事では「減税政策」について考察していますが、記事内容はあくまでも筆者の個人的な見解です。
当該テーマについては、異なる見解が存在することが予想されますが、筆者の見解と同様に、それらの異なる見解も尊重されるべきだと考えています。
相手を罵ったり言論封殺しようとするのではなく、自分の見解とは異なった見解を相手が述べる権利を全力で守るのが真の民主主義だと信じています。

※この記事は、個人の見解を述べたものであり、法律的なアドバイスではありません。関連する制度等は変わる可能性があります。法的な解釈や制度の詳細に関しては、必ずご自身で所管官庁、役所、関係機関もしくは弁護士、税理士などをはじめとする専門職にご確認ください。
また本記事は、特定の商品、サービス、手法を推奨しているわけではありません。特定の個人、団体を誹謗中傷する意図もありません。
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