マスター~回想録~vol.5
MIAT FLAG MAGAZINE vol.4 2020.11.11より
早稲田の友と 慶應の友と
肩組みながら 歌わんかな
早慶賛歌 華の早慶戦~
~早慶賛歌冒頭より~
すべてをかけて、特別な思いで臨む
どちらかは勝利し、どちらかは敗れる
秋の早慶戦は、
勝っても終わり、負けても終わり
次はないのである。
神宮外苑の銀杏は、
そんな寂しさを教えてくれる
精一杯に黄色く秋空を染め、
道行く人を楽しませた後
実を落とし、葉を落とし
次会えるのは、また一年後
「来年は何しとるかなー。ねぇ、マスター」
マスターは無言で笑っている。
*
つい、その先週のことである、
この喫茶店で、早慶の大宴会をやったのだ。
四年生の秋、東京六大学野球秋季リーグ戦は、
最終週の早慶戦を待たずに、
法政大学が、リーグ優勝した。
何だか、もやもやした私は、
早稲田大学の同期に三田での宴会を持ち掛けた。
「どうせなら、盛大に、面白くやろうや」
「いいよー。楽しそうじゃん。」
浜松出身なのに、きれいな標準語の彼は、
早稲田大学応援部の主将である。
「にゃはは。いいね〜」
独特な笑い方の彼は、
附属高校から応援部の旗手である。
早稲田の同期はこの2人。
早慶戦を前に、気を緩めるわけにはいかないので、
あくまで下級生には内緒で企画した。
そして何事もサプライズが好きな私は、
ひとつ仕掛けをした。
何も知らない下級生たちが、
ペナントに来たら早稲田側全員が待ち構えている
というドッキリ企画だった。
下級生は三田の部室前集合
理由を知らされていない下級生たちは
さぞや、心中ざわついていたことだろう。
集合時間に部室前に私が行くと、
下級生たちは、
いたく凛々しい顔で待っていた。
少しの事務連絡と、
少し理不尽に不機嫌そうな顔をしたあと、
そのまま解散にし、
先にペナントに行って、電話で呼ぼうとしたのだが、
その日の当番の下級生が、きっと、
「いつもの飯田と違う…」
と思ったのだろう
「何か他にはございませんか?」
と食い下がってきたのだ。。
「特にない。以上解散だ。あれば後で電話する。」
ますますおかしいと思ったのか、
「いいえ❢ お願いします❢」
とついてくる。
「なんもねえよ、ついてくんな❢」
「いいえ❢」
5メートルくらいあけてついてくる。
「マジついてくんな❢」
「いいえ❢」
「フリじゃねえからな。マジついてくんな❢」
「いいえ❢ ですが、しかし。。❢」
尚も食い下がる。
とうとう校門のところまで押し問答の末、
「ついてきたら守衛を呼ぶぞ❢」
「。。。」
意味不明に女々しい理由をつけてまで、
やっとのことで振り切ってペナントまで行くと
マスターが、
「遅かったじゃない」
「いやいや、下級生に追いかけられまして…」
なんと女々しく、情けない言い訳だろう。。
早稲田の下級生は準備万端。
「よし」
「さて、呼ぶかね。」
とその時、
カランコロン…
「ちはうぁっっっ❢」
嗚咽にも似た、渇いた挨拶が響く。
校門で振り払ったはずの下級生が
ドアを開けたまま、ものすごい顔をして、
凍りついているではないか。。
つけられた…
・・・
静寂のあと
「あぁ~ぁ…」
店内一同、いたく落胆である。
そう。
彼は決して悪くない。
一本気で、まじめ、誠実の化身だったのだ。
ただ、その時、
一瞬で状況を悟った、彼の口元が、
やや緩んだのを
私は見逃さなかった。
今でも、彼のあの顔は忘れられない。
その後、宴会自体は、早慶一歩も譲らぬ、
気合と集中のちから比べであった。
壮絶な宴のあと、
早慶両校の第一応援歌を肩を組んで歌った。
エールも交換した。
純粋に、楽しかった。
いつまでも、この余韻が続くと思った。
でも、その日、マスターは
なぜか、無口だった。
*
その週末、早慶戦
早稲田の勝利だった。
試合後、私は、
神宮球場のメイン台に立ち尽くしていた。
豪華に色づいた神宮外苑の銀杏並木も、
静かに葉を落とし始めていた。
「何もかも、終わった。」
マスターが無口だったのは、
いつかこの気持ちを迎えることを
知っていたからなのかもしれない。
*
今週も、
いつもの喫茶店、いつものコーヒーを飲んでいる。
「来年は何しとるかなー。ねぇ、マスター」
マスターは無言で笑っている。
MITA FLAG 飯田 将嗣