マスター~回想録~vol.7
MIAT FLAG MAGAZINE vol.16 2021.7.14より
「東京の父たち」
以前、私には父が何人もいるというお話をしました。
くどいようですが、父と慕う方々のことです。
学生時代とは、比較的あまりある時間を
学業、課外活動や部活、そして、社会
この3つの中で、葛藤したり、悔いたり、悩んだり、
わからないながら、
自分の進む方向性を模索したり、
不安を振り払い、将来への希望を見出したり
するものだと思います。
どちらかというと、希望的観測を練り上げていた
というほうが、近いかもしれません。
私の場合、
初めて先輩に、喫茶店に連れてこられたときから、
朧気ながら、職業というものを少しずつ意識するようになりました。
こんな生き方をしたい。
そう思ったのが、はじめです。
生き方の魅力を感じたのは、ペナントのマスター
そして、
飲食店そのものの魅力を教えてくれた「父」がいます。
今の私を育ててくれた師匠と呼べる人です。
***
「こちら、運んでくれまへんか?」
「はーい、今うかがいます~」
柔らかい京都弁が行き交う。
台所からは、
野菜が煮込まれる音と、出汁と醤油の柔らかい香りが
いつも立ち込めている
麻布十番の奥の方にある古民家のおばんざいの店
私は、肉じゃがに使う玉ねぎをむいていた。
「上手にむきますな~」
「じょうずや、じょうずや」
・・・玉ねぎの皮をむくのにうまい下手あるのか?
悪い気はしないけど。。
台所には、
ご主人のお姉さんと板前さん
客席には体格のいい、前掛けの似合う凛々しい和顔のお兄さん
昼間は、植木職人をされていると聞いた。
とにかく、皆さん、
気が充満していた。
そして、何より、私のような若者には到底出せない、
経験と自信からにじみ出る色気があった。
店は場所柄、
経営者、放送業界、芸能人も多かったが、
勝手なイメージと違い、みなさん、静かに、かっこよく食事をされていた。
店全体に気品と艶があった。
お店のつくりも、店員も、お客様も、
みんなで、この空間を作って楽しんでいる。
おしゃれとか、そういう薄っぺらい言葉では表現できない
何かがあった。
異次元、異空間。
世の中に、こんな空間があったんだ。
*
ご主人は、この店には、あと何人入れられる、とか、
あと何回転させられる、とかではなく、
とにかく、お客様に、今この空間を楽しんでもらうことに、
気を配っていた。
「おばんざいの店、たくさんありますけど、
食べさせる店が多いですわね~。うちはそういうんと違うんですよ。」
*
ご主人は、かつて、
ニューヨークでもお店を4軒やっていた。
平成の初めころといっていたが、
ちょうど成田からの直行便ができたころで、
日本はバブル景気真っ只中だったようだ。
商社の駐在員、国際線の搭乗員、証券マン、報道関係、
当時、数少ないニューヨークでの和食の店で、
連日連夜、日本人が集まっては、交流する憩いの場だったと聞いた。
その話を聞いたとき、
お客さんが、異国で楽しそうに話をしている様子が、
ありありと、想像でき、私は胸を躍らせた。
夢があると感じた。
*
銀行を退職後、紆余曲折を経て、
最終的に飲食業に進みたいと思ったとき、
ペナントのマスターに相談した。
「やってみたらいいんじゃないですか」
あまり感情を感じない言い方だったので、
拍子抜けしたが、
今ではそれも親心からだったのだろう
と思っている。
飲食店で何店舗か掛け持ちで
働かせてもらった後、
私は、最終的に、学生の時アルバイト先の
ご主人の店でお世話になることにした。
震災の影響で、おばんざいのお店は閉店。
同じく麻布十番でやっていた、
すき焼きのお店で、
とにかく、いろんなことをやらせていただいた。
仕入れ、仕込み、調理、ホール、
集客、改装、イベント、一人何役も掛け持ちで、
毎日、目まぐるしかったが、
自分に力がついていくのが、日ごとに分かった。
おばんざいの店と同じく、
有名な方々が世間の喧騒を逃れて、
お食事をされるすきやきの店。
それなりの数のすき焼きを目の前で焼かせていただいたが、
お客様との会話も含め、毎日毎回、焼くごとに発見があった。
今、それなりに不安なく、挫けず希望をもって運営をやっていけるのは、
その時、ご主人が私に任せてくれた寛容さと度量のおかげだし、
そしてなにより、飲食店の夢を見させてくれた、
ご主人の、味のある生き方のおかげだと思っている。
*
9.11、3.11、
そしてウイルス、
ご主人が、くじけずに店を続けるのは、
飲食店には夢があるからだと思う。
「最後、飯田君と一店舗でいいから、もう一回一緒にお店やりたいわ~」
そんなことも言ってくれる。
はっきり言って、お互いつらい時期だけに、
「そういう、想像をして、「夢」を見ることも大切だ。」
という、師匠らしい優しさのある冗談だと思う。
そして、
「夢を売る商売なのだから、我々が「夢」を見ないでどうする。」
という愛ある戒めかもしれない。
まだまだ、勉強中で、そんなこと恐れ多いですが、
もしあるとしたら、いつかそんな日が来たらいいなと思う。
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すきやきの店
「麻布 久太郎」
http://kyutaro.com/top/
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それではみなさま、
また、次回お会いしましょう。
Flag 店主 飯田
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