短編小説「コーラル・ブルー」
*この物語はフィクションです。
民間シンクタンクに上席研究員として勤務する柿崎は、国際平和フォーラムに参加するためにカリフォルニア州サンディエゴ空港に降り立った。
まだ正午を過ぎたばかりなのに夏の盛りで気温は40度に近い。
搭乗前から気がついていたが自衛隊の幹部数名がおなじ便に搭乗していた。彼らは入国手続きを済ませると現地係官が用意したと思われるミニバンに乗り込んで姿を消した。
タクシーに乗り込み市内中心部のホテルに向かった。海の方を見ると西海岸最大の米海軍基地の敷地が目に入った。原子力空母2隻の船影もはるか遠くに見える。
海沿いのハイウェーを進むと15分程度で市内中心部に到着した。港には退役した第二次世界大戦の航空母艦が博物館として停泊しているのが見える。
市内を走るトラムの路線を避けるように進みホテルに着くと、アメリカのシンクタンクに努めるシニア・リサーチャーのボブが待っていた。
ボブとは旧友の仲だ。チェックインを済ませた後すぐに部屋には向かわずに、ホテル1階のロビーで情報交換をすることになった。
最近の国際情勢についての雑談の後、ボブはフォーラムで自らスピーカーを務めるパネルディスカッションの概要を話し、柿崎は集めた最新の東アジアの国際政治情勢を伝えた。
一時間ほど話した後、今夜の夕食を共にしないかとボブに誘われた。行きつけの南カリフォルニア料理のお店を予約してあるとのことだった。
ボブといったん別れた後、ホテルの部屋に入りシャワーを浴びて仮眠を取り、約束の時間にホテルのロビーでふたたびボブと再会した。
ボブのクルマで30分から40分ほど走った場所に、海沿いの風光明媚なラホヤの街はあった。高級住宅街としても知られている街だ。海岸線が見渡せるテラス席に着くと、ボブはいきなり切り出した。
フィリピン沖の南シナ海で米軍はコトを構える準備を進めている。主戦場はパラワン島とその海域になる。相手は中国共産党の人民解放軍だ。ただし米軍は前面には出ない。あくまで中国共産党の人民解放軍とフィリピン国軍の戦闘という体裁を貫くことになるだろうと語った。
この海域では中国共産党海警局とフィリピン海上警察はたびたび衝突を繰り返していた。きっかけは中国共産党がフィリピン領のスプラトリー諸島やスカボロー礁などを不法占拠して軍事基地を設置したことに始まる。
ボブは続けた。
東シナ海で台湾有事が勃発し台湾島が戦場になると、半導体などの最先端技術工場も攻撃対象となる。それらの企業には巨額の米国資本も入っていて、かつそのアプライチェーンが崩壊するとアメリカだけでなく西側諸国の経済活動に大きなダメージとなる。そうならない形で中国共産党の人民解放軍を弱体化させ、台湾進攻を思いとどまらせたいというのがアメリカの意向だ。現時点では東アジアの平和を維持するための最善の策とみなされている。
ペンタゴンは、退役した後に保管してある第二次世界大戦や朝鮮戦争やベトナム戦争などで活躍した旧式の駆逐艦や輸送艦の改修にすでにめどをつけている。船体をグレーから白に塗り直しフィリピン海上警察の巡視船として復活させる。その数は100隻を超える。中国海警局や人民解放軍の艦船に対抗できるだけの軍備や装備も新たに施している。
パラワン島にはフィリピンとアメリカが共同利用できる軍用空港を2つ完成さた。あくまでフィリピン軍の基地だ。しかし資金はほぼすべてアメリカが援助した。米軍が持つ最新鋭の戦闘機や攻撃機や爆撃機や輸送機や偵察機の運用や補給や整備が可能だ。
まずフィリピン海上警察の巡視船で中国共産党海警局の武装巡視船の追い出しを図る。海警局は執拗に抵抗をするだろう。当然に隅発事象が勃発する。そこでフィリピン軍に偽装したアメリカの空軍と海軍が、中国共産党が不法占拠しいている島々や環礁の人民解放軍を破壊する。
アメリカは攻撃型原子力潜水艦などを使って中国人民解放軍が不法占拠した地域に設置した空港や基地をすべて破壊する。停泊する艦船もすべて撃沈する。配備している軍用機もすべて破壊する。そして、すべてフィリピン軍の成果だとメディアに流す。上陸作戦はフィリピン軍が単独で行う。もちろん陰でアメリカ軍が援護する。
中国共産党政府は海南島にある南部戦区の海軍基地所属の艦船はもちろん、東部戦区などの艦船も総動員してくるだろう。そこでそのすべてを壊滅させるというのがアメリカが描いているシナリオだ。
これで台湾進攻を防ぐ。フィリピンの軍事的な被害も最小限に抑える。
準備は整っている。タイミングを慎重に見計らっている段階だ。大統領の許可が下りたらすぐにでも決行されるであろう。
柿崎は、日本政府は知っているのかと尋ねた。
フォラームの開催期間中に秘密裏に情報が渡されることになるだろうとボブは応えた。
日本の自衛隊は参戦することになるのかと聞いた。
直接参戦することはないだろうとボブは応えた。
そして、あくまで中国共産党政府の人民解放軍とフィリピン国軍の紛争になるとつけ加えた。
ワインを口にふくみながらボブがかすかに笑みを浮かべたように見えた。