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(27)2021年 病室

小説「大村前奏曲(プレリュード)」序章 Vol.27

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「彼の容態は。」
 一佐が口を開いた。
「もう一週間寝たままです。はじめは二晩が山だと言われたんですが。」
「で、今は。」
「担当のお医者様の話では、このまま一生昏睡状態のままかも知れない、ある日突然目を覚ますかもしれない。いずれもその可能性は不明とのことです。目を覚ました場合でもその生存確率や年数は判らないそうです。」
「相変わらず的確な報告だな。見込んだ通りだ。」
「案外冷たいんですね。もっと親しい関係だと思っていたのに。」
「前にも言っただろう。人と話すのが苦手でね。誤解を招くことも多い。悪い癖だ。」
「こうなった以上、私もお役御免ですよね。彼を東京の病院に移して私も一緒に帰ろうかと。」
「それはもう少し待って欲しい。君たち二人にはまだもう少しだけやってもらわねばならない。」
「二人って言われても。彼は御覧の通り。」
「いや、二人でだ。二人でこの大村に残って頂きたい。これは命令ではなくお願いだ。病院の費用も公務災害と言うことで何とかこちらで負担する。」
「そこまで言われたら断れないじゃないですか。」
「済まない。頼む。」
 暫くの沈黙で時計の針が少しだけ進んだ。
「ところで君のことで話がある。」
「なんでしょうか。」
「次の国家上級を受けてくれないか、それも法務省だ。法務キャリアに付き物の司法試験までは必要ない。君なら必ず採用される。」
「やっぱり冷たいんですね。兵隊が使えなくなったらすぐに補充ですか。」
「そうではない。何度も言わせないでくれ。私の話が下手なだけだ。彼が目を覚まして今まで通り動いてくれることを君の次に願っているのは私だ。それに嘘はない。」
「それは信じますが。」
「こうなる前から私はそうしてもらおうと考えていた。彼が今の状況になったことで少し予定が早まっただけだ。年齢のこともあるので近々話そうと思っていた。合格を条件に任地も大村で手配済みだ。それで許してもらえるかな。」
 文はその能力で瞬時に理解した。
「採用されるよう尽くします。それで一佐の目的に近づけるのなら。」
「目的。そんな大げさものではない。ただの夢だ。彼にはうまく言えなかったが。彼も今ごろ夢を見ているのだろう。同じ夢だと嬉しいが。」
「法務省で任地が大村となればたぶんあそこですよね。」
「あそこなら地方勤務とはいえ外務省とのパイプもできる。さすがの判断力だ。もとは東は横浜だったが今は茨城とここの二か所だ。よく似ていると思わないか。」
「まあ、あちらの空港は出来るときに随分批判も浴びましたけどね。多少の近隣への国際線があったり、もとは自衛隊の滑走路だったり。」
「それだけではない。全国に展開する救難部隊の一つも置かれている。陸自の災害派遣とは多少役割は違うが「他を助く」と言う理念では大村部隊と同じだ。それに私も一時期百里に居たのでね。茨城空港になる前だったが。その頃見たくないシーンも見てきた。家族が引き離されたり、あいごーあいごーと叫ぶ姿もね。」
「私は大村のそこで何を。」
「そんなことは何も判らない。決めていることなど何もない。それにもう少しで退官だ。あそこなら私の代わりにこの先君たちを見守ってくれる人物も居る。私も君たち二人のことは信じている。好きにやるが良い。成り行き任せでも構わん。私のやろうとしていることはこれから先のポテンシャル、言い換えれば選択肢を少しでも広げておくこと。この老兵の私が君たちのためにやれることはもうそれだけだ。」



(続く)



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