【第1審】ヒゲに関する身だしなみ基準に関するする紛争(平成31年1月16日大阪地裁)
概要
被告・市が設置していた地方公営企業である市交通局の職員として地下鉄運転業務に従事していた原告らが、被告に対し、原告らは、ひげを剃って業務に従事する旨の被告の職務命令又は指導に従わなかったために、平成25年度、平成26年度の各人事考課において低評価の査定を受けたが、上記職務命令等及び査定は、原告らの人格権としてのひげを生やす自由を侵害するものであって違法であるなどと主張して
(1)任用関係に基づく賞与請求として、上記査定を前提に支給された各賞与に係る本来支給されるべき適正な額との差額及び遅延損害金
(2)国家賠償法1条1項に基づく損害賠償として、それぞれ慰謝料及び弁護士費用の合計220万円及び遅延損害金の各支払を求めた。
結論
一部認容、一部棄却
要旨
交通局が本件身だしなみ基準を制定したことについて,交通局において従前から乗務員に対し,服装の整正や容姿の端正を求めていることには正当な理由があると認められ,ひげについても清潔感を欠くとか,威圧的印象を与えるなどの理由から,社会において,広く肯定的に受け容れられているとまではいえないのが我が国における現状であることに鑑みると,窓口において市民や利用者と対応する職員はもとより,業務中に利用者に対応する機会のある運転士を含む地下鉄乗務員に対しても,本件身だしなみ基準のように,「整えられた髭も不可」として,ひげが剃られた状態を理想的な身だしなみとする服務上の基準を設けることそれ自体には一応の必要性ないし合理性があると認められ,本件身だしなみ基準が,職務上の命令として一切のひげを禁止するものであるとか,単にひげを生やしていることをもって人事上の不利益処分の対象としているものとまでは認められず,飽くまでも大阪市が主張するように,交通局の乗客サービスの理念を示し,職員の任意の協力を求める趣旨のものであると認めるのが相当であるから,同基準の制定それ自体が違法であるとまではいえない。
上司らが本件身だしなみ基準に基づき業務上の指導等を行ったことについて,所長を始めとする元職員らの上司は,再三にわたり元職員らに対し,本件身だしなみ基準に従って,ひげを剃るよう指導していたことが認められるが,元職員らの上司らが,元職員らに対し業務命令としてひげを剃ることを求めていたとは認められず,国家賠償法上の違法性があるとは認められないが,もっとも運輸長は上位の立場にあって,Aに対し人事上の処分や退職を余儀なくされることまでを示唆して,ひげを剃るよう求めたことが認められ,運輸長の発言については身だしなみについて任意の協力を求める本件身だしなみ基準の趣旨を逸脱したものであるといわざるを得ないから,運輸長の同発言については国家賠償法上違法であったと認めるのが相当である。
本件身だしなみ基準に基づき,ひげを剃らなかったことを理由に人事考課において低評価としたことについて,平成25年度、平成26年度に係る元職員らに対する本件各考課は,いずれも裁量権を逸脱・濫用したものであると認められるところ,本件身だしなみ基準の趣旨目的,本件各考課の内容及びひげを生やすか否かは個人的自由に関する事項であることに鑑みると,本件各考課の内容については,元職員らの人格的な利益を侵害するものであり,適正かつ公平に人事評価を受けることができなかったものであって,国家賠償法上違法であると評価するのが相当である。
元職員らは,長年にわたり生やしていたひげを,意に反して剃らなければならない旨の心理的圧迫を受けるとともに,現に適正かつ公平に人事評価を受けることができなかったことにより,精神的苦痛を受けたことが認められるが,他方で,元職員らが,実際には意に反してひげを剃ることはなかったこと,本件各考課において,仮に元職員らのひげが考慮されなかったとしても,直ちに第3区分に位置付けられたとまでは認められないこと等の本件において認められる一切の事情を総合的に斟酌すると,上記違法行為と相当因果関係のある元職員らの精神的苦痛に対する慰謝料は,それぞれ20万円の限度で認める。