ずっと、あの夏のままで
社会人になって一年目の夏、地元の友達を集めてキャンプに出かけた。車三台で連なって、山奥にあるキャンプ場へ向かう。途中、何度かコンビニに寄って、やみくもに煙草を吸った。
幹事だった私が先頭を走った。後ろの車は男四人と荷物を詰めこんだ、むさくるしいステーションワゴン。その後ろは、男女二人ずつが乗った真新しい軽自動車。あの娘はその後部座席に座っていた。友達の妹の友達だった。大学一年生で、その時は名前も知らなかった。
キャンプ場につき、管理棟で鍵を受け取る。バンガローへ荷物を運び込んで、ひと息つく。夕方からバーベキューの支度を始めるので、それまでは自由時間だった。私は友達数人と連れ立って川へ出かけた。
川の水はぞっとするほど冷たくて、私たちはそこへビールを浸けて冷やすことにした。透き通った川底で揺れるキリンのラベルが、渇いた喉を誘惑する。
戻り道の吊り橋で、あの娘とすれ違った。陽焼けをおそれているためか、長袖のパーカーを羽織っている。
「川、めっちゃ綺麗だったよ。」
何気なく声をかけた私に、振り返って微笑んだあの娘の髪が風になびいて、幽かに甘い香りを漂わせる。
やがて辺りが薄暗くなり、バーベキューの支度を始めた。女子グループは野菜を切り、男子グループは火起こしに精を出す。私は紙皿や割り箸など、食卓のセッティングをした。
一時間ほどで準備が整い、全員で網を囲んで乾杯した。川で冷やしておいたビールは、これ以上ないくらいにキンキンだ。
宴は夢のように過ぎた。ひたすら肉を焼いて、ビールを飲んで。友人のギターに合わせて歌ったり、花火をしたり。途中で飽きてバンガローに戻り、トランプを広げて大富豪に興じるやつもいた。このどこまでも自由で、混沌とした時間が、夏の夜の醍醐味だろう。
みんなが寝静まったあと、私はなかなか寝付けなくて、余った線香花火をひとりで燃やしていた。すると、あの娘が網戸越しに声をかけてきた。
「眠れないんですか?」
それから私たちはふたりで線香花火をした。花火が尽きると、私たちはそっとバンガローを離れて、敷地内にある展望台へ向かった。この季節には星がよく見えるらしいのだ。
宝石箱をひっくり返したみたいに綺麗な空だった。けれど、そんなことはどうでもよくなるくらいに、湯上りのあの娘の髪はいい匂いがした。花の蜜のように甘くてくらくらした。友人の兄の友人としての威厳を保ちつつも、私の心は終始ドキドキしっぱなしで、ろくな話はできなかったように思う。
結局、それ以上のロマンスはないままに、私たちはバンガローへ戻った。翌朝、あの娘は何事もなかったかのように「おはようございます」と声をかけてきた。照れ隠しで飲んだ味噌汁が胸の奥までしみた。
あれからあの娘には一度も会っていない。知り合いを辿れば分かるのだろうけれど、直接連絡先は知らないし、調べるつもりもない。きっと、美しい思い出は、思い出のままにしておくのが賢明だと思うからだ。
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