夜明けのうた
霧雨の朝にそっと目醒めて、あなたの眠りつづける部屋の片隅で、私は白湯をすすっていた。いつもならすぐ傍の学校から聞こえてくる合唱の声が、今日は水を打ったように静かで、夜明けとともに置き去りにされた私の周りだけ、時が止まってしまったのではないかと不安になる。
暗闇の中に目を細めてみると、どうしてもあなたが丸い瞳でこちらを覗いているような気がして、思わずおはよう、と声をかけてみる。が、やはり返事はない。あくびをすることも、伸びをすることもなく、あなたはいつまでも目をつぶったまま。太陽の下で遊び疲れて眠っているような艶やかな小麦色の肌が、悲しいほどに美しかった。あなたの足の爪が少女のように白いのも、今、ようやくはっきりと確かめることができた。
臆病で、繊細で、けれど誰より素直なあなたが好きだった。プレゼントをもらうと中身も開けずにいつまでも喜んでいる様子や、友情や初恋を想って寂しそうに歌う様子を、冗談めかして笑ったこともあったけれど、不安も、恐怖も、期待も、愛情も、小さな世界の中で目一杯に味わって生きるあなたの姿が、私の癒しだった。そんなあなたが暗闇の中で苦しげに喘ぐ横顔を思い出すと、胸が張り裂けそうになる。
どうしてだか、あなただけはいつまでも失われないような気がしていたのだ。それがまるで、賑やかなパレードが過ぎ去ったあとみたいに、あっけなく……。私はまだ、昨日の太鼓や笛の音の余韻の中にいて、今日を受け入れられずにいる。ひょっとして、全て夢だったらと。だけど平等に、残酷に、自然に今日は訪れた。
いつか消えてしまう小さな灯火を守り続けて生きることが、今は怖くて仕方がない。失うくらいなら愛さなければよかった、そう言い切れてしまえば楽だけれど、きっと私はまた、あなたの面影のある別の誰かを愛すだろう。そうしてまた絶望して、涙に暮れて、それから別の誰かを愛すのだ。
あなたの生涯がもしも幸福だったなら、これほど救われることはない。でも、それは誰にもわからない。今はただ、あなたを待つ懐かしい友たちと、今度こそ、誰にも怯えることのない楽園で、いつまでも笑って暮らしてほしいと願うばかりだ。
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