金魚もようのマッチ箱
こんなに淋しい夜は、ひとりでお酒を飲むのです。
それは、きっと正解ではありません。だけど、他に答えが見つからないのです。
「明日が来る」。こんなに前向きな言葉の連なりが、どうしてか私を怯えさせます。
焼酎、一杯。西の星。それから、ウイスキー。白州。酔えません。酔えません。淋しい夜に限って、酔えません。
連休は温泉に出かけました。町でいちばん高いところにある旅館なので、温泉に浸かっているあいだ、ずっと町を見渡せます。その向こうにはすぐ青い青い海が広がっています。ものさしでまっすぐに引いた線のように、ずっと横に広がっている海は、空との境目がきわめて曖昧で、どれもみんな水色でした。
ぼくが水色を好きなわけは、きっと、いちばん淋しい色に思えるからでしょう。すぐに溶けてなくなってしまいそうな、そんな色。
言葉を聞けば、安心するのでしょうか。
言わされた台本の台詞に、ひとは感動するものなのでしょうか。
それともぼくが、ずいぶんと芝居の上手な人間だと言うことでしょうか。
ぼくにはその夜の甘さが妙に不自然なバランスの上に成り立っているように思えます。あれは果たして、夢、に近いものなのかと。
後戻りはできない。かと言って先に進むことも、決してぼくのたったひとつのたましいがさせてはくれない。硝子細工、掌に載せておくにはあまりに邪魔くさいけれど、壊すのには覚悟が足りない。だけどいつか、ぼくは粉々にしてしまわなければならない。そうしてその破片を、自らも受けて血を流さなければならない。そうしたらようやく、この夏に鳴いている蝉の声も、懐かしさだけをもってぼくの胸の内によみがえる朝が来るだろう。
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