見出し画像

サマータイムレンダについての備忘録

TL;DR
基本軸は現代的には十分枯れたループものだが、一工夫が入っている。
絵がきちんとしていることと、シナリオ構成がしっかりしていて過不足なく纏まっていることが評価点。
目立った美点があるというよりはとにかく読みやすく、全13巻相当 (既刊12巻) という量でよくできた作品という印象。

2月上旬。ジャンプ+。

アニメ化、実写化が公表され、2021年2月1日の最終話掲載と同時にジャンプ+で1週間ほど全話無料公開になっていたので一気読み。購入はしておらず見返す事ができないので、記述の細部に相違があるかもしれない点だけお断り。


作品概要

2017年10月23日から2021年2月1日まで、少年ジャンプ+にて連載。

全139話。田中靖規、作。和歌山県の友ヶ島をモデルにした架空の離島を舞台に、東京から帰郷した主人公がタイムリープを繰り返しながら島の異変に立ち向かう。

作品に対する作者のこだわりなどは下記のインタビューがよく纏まっている。

ブログトップ画像は少年ジャンプ公式サイトより、一巻書影を引用させて頂きました。

ネタバレ度

作品の軸になっているループ構造とそれに関連する要素について触れる

迫りくる "影" とループの終わり

島民と入れ替わる "影" の暗躍

物語は東京の調理師専門学校に通うため上京した主人公、網代慎平が喧嘩別れをした幼馴染である小舟潮の訃報を受け、帰郷するところから始まる。

離島に渡る船内で見た亡き幼馴染の少女から言付けを受ける夢。潮の死体にかけられた他殺の疑い。その死の前に目撃されていた潮にそっくりの人影。謎が散りばめられる中で、潮の妹、小舟澪を捕まえたもう一人の澪の手にかかり "1度目" の死を迎える事になる。

それをきっかけに島に伝わる伝承「影の病」と一連の出来事との関連を追い、島民たちが "影" と呼ばれる人の姿を真似る異形の存在に徐々に入れ替わられている事に気づく。

慎平はタイムリープにより、死ぬと帰郷の日に自分が戻る事実を武器に、協力者を集め "影" の勢力から島民を守るための闘いに臨む。

真実の決定権を巡るループの戦い

物語の基本的な軸は、ループ構造を含めたいくつかの十分に枯れた要素の組み合わせになっている。

一つは能力者が死亡をトリガーに過去に戻る事で望んだ未来のために一定期間をやり直すといういわゆるループものの構造。もう一つは異形の存在によって人々が徐々に殺害され、成り代わられていくというホラーものの構造である。

サマータイムレンダで取り入れられているのは、タイムリープで戻る地点がループを繰り返す毎に徐々に古い過去が取り返しがつかなくなっていくタイプのループである。

異形との対立というホラー・アクション漫画の要素に一工夫がある。単に島民の虐殺という惨劇を防ぐためにループし試行錯誤するというだけでなく、未来を手に入れるための行動を "影" の側でも取る事ができるのだ。

"影" の首魁であるヒルコ様がループを感じ取れるようになったことで、慎平達はループ毎に取れる選択肢を狭められていく。しかもループの戻り際、これ以上タイムリープで戻れないという崖っぷちで慎平が死亡した場合にはヒルコ様が見た未来が事実として決定され、ループが終わりを迎えてしまう。

未来を決めるのは "影" か彼女か

"影" との戦いの行く末に関わる重要な登場人物は、"影" の力を持ちながら慎平たちに味方する潮の "影"、ウシオだ。

超常的な力を持った "影" には常人では太刀打ちができない。それを覆すために、"影" の力を借りる登場人物は何人か現れ、アクション漫画としての要素を大きく担うが、ウシオは特に重要な立ち位置にいる。

ウシオは "影" そのものであるというだけでなく、慎平のループ能力の大本になっている。ループの能力を宿している慎平の右目は、ループの先の未来でウシオが手に入れたものだ。

慎平がウシオと初めて出会うのは数回のループを経て辿り着いた帰郷後3日目の夏祭りの日、祭りに集まった島民たちがヒルコによって飲み込まれる惨劇の直前である。惨劇を目にした慎平がループを始めた時、ウシオは慎平とともにタイムリープを果たす。

他の "影" とは違い、ヒルコに味方をせず潮と全く同じ感性を持つウシオ。慎平たちが "影" に勝利するためには、ウシオが真実を決める目を手にする未来に辿り着かせる事が必要だった。

ウシオの目とヒルコの目、どちらに映るかが未来を決める。

総評

絵、シナリオ、舞台設計が安定して高水準

ここしばらくいくつかの作品をジャンプ+で毎週読んでいたところ、完結と同時に全話無料で公開していたので読んでみた。最新12巻の発売が Kindle で宣伝されていたり、アニメ化、実写化、脱出ゲーム化の話を耳にしていたところで、そこまでの話題作ならと興味が湧いたのと、話数もそこまで多くなかろう (全話で13~14巻相当) というところで気が向いた。

ざっと全話一読したところで読み込みが深いとは言えないが、とにかく完成度が高い良作といった印象だった。

まず、絵は安定して高水準、一部舞台になった離島をロケハンした実写を取り入れているが、漫画に馴染むように加工してあるので違和感は薄いだろう。肝心のお話も連載開始前に相当練りこんであったものと思われるが、話の展開に無駄がなく謎の提示や答えの開示、アクションシーンが中だるみなく配分されている。

基本的には十分枯れた要素の組み合わせなので漫画として新しいというのは難しい部分があるが、独自性として魅せる工夫はみられる。

個人的にパッと浮かんだのはゲームの「SIREN」と「ひぐらしのなく頃に」を合わせて少しばかり異能力バトルの要素を混ぜ込んだようだなというイメージ。

あまり読み手は選ばない方だと思うので、興味が湧いたら手にしてみて良いだろう。

成功作の裏には強力な担当編集のバックアップの影が?

さて、サマータイムレンダにはどうやら講談社の凄腕編集者が担当していたらしいという話がある。

名前が表に出にくい編集者としては珍しいが、片山氏は比較的よく上がっている。

公表されている範囲では「ブラッククローバー」や「呪術廻戦」などがあったが、自分が認知を深めたのは「鬼滅の刃」立ち上げ時の貢献についてだ。先日発売されたファンブックの2巻の巻末で語られていた、立ち上げに関わった初代担当編集者の多大な貢献のエピソードが、おそらく片山氏の事だろうという話を耳にした。

吾峠先生が語るエピソードを信じると、氏は展開したいシナリオに対する尺感覚や漫画としての素材の活かし方に対する嗅覚が抜群に優れた人物で、漫画家としては得難い「第一の読者」のようだ。

この作品についても、その構成の出来栄えを振り返るに編集者としての貢献がかなり厚かったのではないかと思う。

というのも、正直なところを言えば作者の田中先生は自分の知る範囲でサマータイムレンダの作者はあまり大成しそうには思えていなかった。もっと言えば、漫画家として特筆するような印象すら残っていなかったのだ。

作品自体は何度か目にしていたというのは読了後に知ったことだったのだが、週刊少年ジャンプで「瞳のカトブレパス」と「鍵人」の連載経験があった。どちらも週次で目にはしていたはずだけれど、タイトルでそういえばと思い浮かべる程度であり話の内容は全く覚えておらず、先に経歴を知っていたらこの作品は読まなかったかもしれない。

そこから研鑽を重ねてこれだけ纏まった作品を作り上げられる程になったのだとすれば、今後に期待させてもらいたい。

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集