成長痛として感謝と覚悟で受け止める
ミッシングピースのデスクワークのシステムトラブル!
2月10日、模擬オーディション中に事務所のデスクワークでシステムトラブルがありました。ミッシングピースは5人のスタッフがリモートでデスクワークに当たっています。こういうトラブルがあると顔を合わせて相談して対応できないので、とてもストレスフルです。加えて、日常はルーティンワーク中心の部門なので、トラブルは少ない(小さな問題点、疑問点は日々の朝の定例MTGで解消できています)から、スタッフたちに大きな負荷がかかりました。
1時間でトラブルは解消できました。翌週明けから対策のための会議が持たれました。
「今までは問題なくできていたのだから、基本は現状のシステムのままで行こう。トラブルの原因となった行動を取らないようにすればいい」派と
「また同じことが起こって、次回も同じ方法で解決できる保証はどこにもなく、インシデントはアクシデントを予防するための警告だから、根本的な運用の見直し」派に意見が分かれました。
その日には全面解決には至らず、会議に参加していないスタッフの意見を反映する必要もありました。私は会議は翌日に持ち越すことにしました。
そして、改めて情報収集に努めました。
そして、専門知識を持ってる方に相談しました。
会社が大きくなると変化が起こる「成長痛」と思ってください
その会話の中で彼女が「会社が大きくなってるからシステムに負荷がかかったってことですね。早めに対応しておいた方が(会社はまだまだ大きくなるんだから)良いと思います。今のうちに。成長痛だと思って。」
私は根本的解決派の意見を多く取り入れ、現状システム維持派の意見を一部反映した対応策を作成。2月中に運用を始めたいので更なる改善点や意見があればオープンマインドでいるので伝えてほしいとメールしました。このオープンマインドでのくだりは相談した友人のアドバイスです。私の立場でメールで対応策を伝えたら、スタッフたちは面従腹背するしかないと気づかせてくれました。職場の「心理的安全性」を保ちながら、早急にリスクマネージメントを成立させるのは難しかったです。
「成長痛」として痛みを引き受けましょうと語りかけた時、勇気が湧きました。とても清々しい気持ちになれました。
そこで、今日は痛み(慣れ親しんだ自分のやり方を変える)を引き受けることについて少し掘り下げてお話ししたいと思います。
痛みに伴う2種類の苦痛
Netflixの「ヘッドスペースの瞑想ガイド」で知ったのですが私たちの痛みには痛みに伴う苦痛には身体的な痛みと、痛みに対する恐怖があるとのこと。
それで思い出した言葉があります。
「心頭滅却すれば火もまた涼し」そんなわけないやろ!?
戦国時代、武田信玄の相談役だった臨済宗の快川禅師が織田軍に焼き討ちにあった際、「安禅は必ずしも山水をもちいず。心頭滅却すれば、火自ずから涼し」と唱えて、燃えさかる炎の中に身を投じたと伝えられています。
「痛み」の正体、見破った!って感じです。
痛い、けど怖くない!
他にも「面倒臭い」とか「後でやろう」とか。そのネガティブな感情にも裏があって、なぜ面倒なのか、後でやろうって何時なの?って掘り下げてみる必要があるように思います。
ネガティブな考えや感情や体の変調を大丈夫、なんとかなる。大したことないと考えるのはポジティブシンキングでもなんでもなく、問題をさらに複雑に根深くさせています。
自分をコンフォートゾーン(慣れ親しんだやり方、場所)から押し出す勇気が必要な時が来てるかもしれないと、そのネガティブな考えや感情や体の変調を「成長痛」の兆しだと感謝と覚悟を持って受け入れて
そして、前へ進むのみ。もし、それが職場の成長痛なら自分以上に痛みを感じている人がいるかもしれないと見守る心もあれば最高ですね。
「成長痛」
本来の意味とはかけ離れていますが、
私は今後、この言葉をコンフォートゾーンから抜け出す場所に辿り着け、次に進んでいる象徴として、ネガティブから抜け出すツールとして使いたいと思います。