落語

井戸の茶碗

【落語家】
真打ち。将来の名人候補として内外から期待を集める人気落語家。一か所目利き役としての台詞あり。

【屑屋】
通称、正直清兵衛(せいべい)。正直だがひょうきんでお調子者な一面も。

【父】
千代田卜斎(ちよだぼくさい)。浪人。真っ直ぐな人柄。いつも落ち付いている。娘大こと。

【娘】
千代田卜斎の娘。十七、八歳くらい。器量のよい上品な娘。

【若侍】
高木佐久左衛門(たかぎさくざえもん)。細川藩のご勤番。真っ直ぐな人柄。好奇心旺盛でお茶目。

【四角い屑屋】
清兵衛の商売仲間。人が良くすぐ言われたことを信じる。

【長い屑屋】
清兵衛の商売仲間。噂好きの知ったかぶり。おせっかい焼きでもある。

【殿】
細川藩の殿様。新しい物好きで聡明。懐が広い。


【場】
寄せ→落語の世界→寄せ

【声の年齢イメージ】
娘<四角い屑屋≒若侍<屑屋≒長い屑屋<殿≦父
※落語家は真打ちのイメージであれば年齢問わず


※SEはあくまでイメージ
――――――――――――――――――――――――――――――――


(出囃子)
(拍手)

落語家「満員のお運びでありがたく御礼(おんれい)申し上げます。

 えー、これだけのお客様がいらっしゃいますとお一人でお越しになった方もいらっしゃれば、お友達仲間といらっしゃった方、ご家族でお起こしになってる方もいらっしゃると思います。中には恋人同士でお起こしになってるなんて方もいらっしゃるかもしれません。どうかするともう婚約を控えて結婚することが決まっていて、それでもって来ている方もいらっしゃるかもしれないですな。

 男と女ってえのは本当に面白いもんで、どういうご縁でもって一緒になるか判りません。中には離婚する前の記念に来てくださってる方もいるかもしれません」

(笑い声)

落語家「まあ、そんなことはめったにないと思うんですがね。そういう方々は話(和)の芸興というものをですね、一つ胸に刻んでいただければと思うんでございます。もしも、本当にこの中にご結婚が決まっている方々がいらっしゃったら心よりお喜び申し上げる所でございます。

 えー、本当にどこでもって男と女が知り合ってくっついて行くかってのは判らないもんでございますよね。小学校中学校ずっと同級生で普段から一緒にいてそれがそのまんま夫婦になるって方もいらっしゃれば、ふっと出会ってひょっと所帯を持つなんて方もいらっしゃる。面白いもんでね。また自分の預かり知らぬ所でご縁が出来るなんてこともある。それがまた意外と上手くいく……なんてこともあるんでございますが。そこに行くまでには、どうかすると色んなストーリーが生まれたりするもんかもしれません。

 申し上げますお話の中でもって屑屋さんが出て参ります。これは正直清兵衛さんと言って名前が清兵衛さん、誠に正直なお人柄。あだ名が正直清兵衛でございます。今日も今日とて一生懸命商いをいたしております。天秤ばかりとざるなんて物を背負いまして流して歩いております。とある貧乏長屋までやって参りますと、長屋の路地の奥の方から」

娘「(小声で)あの、屑屋さん。屑屋さん」

落語家「声がしますんでひょいと見るってえと、何故こんな貧乏長屋にこんな綺麗な人がいるんだろうという。着ている物は粗末ではございますが、誠に綺麗でまた品がございます。歳の頃なら十七、八でございましょうか。 その娘さんの案内(あない)に連れられ家に行ってみますと」

娘「父上、屑屋さんをお連れ申しました」

父「ああ左様か。ではこちらにお通し申しての。おお、屑屋さんか。こちらに入ってください。屑がたまったで買うてもらいたい」

屑屋「へい! 今計らせていただきました。七文がちょっと勝っておりましたがね、こちら今日初めてでございますんで八文で取らせていただきます」

父「八文で買うてくださるか。かたじけない。……屑屋さん今一つ頼みがある。この仏像じゃがの、出来れば値良う引きとってはもらえんか?」

屑屋「ああ、仏様でございますか。骨董って奴でございますな。へえ……あいすいません。私(わたくし)こういう物はお引き受けしないんでございます。と申しますのが目が効きませんでな。勿論商売ですから自分が損をするのも嫌なんですがね、なまじ生半(なまなか)で値打ちのある物を目が効かねえばっかりにそちらにご損が行くってことになるとそれも嫌なんでございますよ。ええ、仲間にも良く言われるんでご勘弁願いますかな」

父「誠に正直なお人柄。じゃからこそお願いしたいと申すのがな、身共(みども)故あって藩の名前を明かす訳にはいかんが、千代田卜斎(ぼくさい)と申す浪々の身の上。家内には死に別れ、娘と二人で暮らしております。昼は素読(そどく)の指南をし夜は売卜(ばいぼく)をもって生業を立てておりますがこの三、四日降り続いた雨で頼みの綱の売卜に出る訳に参らぬ。米、味噌、醤油の類(たぐい)は素読指南をいたしておる子供達の親が仕度をしてくれますでな、事欠くことはないが……娘がの『夕餉(ゆうげ)の膳にせめてもう一品添えてさしあげられればよろしゅうございますのに』と、どうかすると涙をこぼす。それが親として誠に辛うての。それでこの仏を手放す気に相成り申した。買うてはくださらんか?」

屑屋「左様でございますか。そんな話承ったらお取りしたいところでございますが、ただねぇ……それがそちら様のご損になる様なことになったらいけないんでやっぱりご勘弁願えますかな」

父「無理を申したの。それではこれは他の屑屋さ――」

屑屋「いやいやいやいや! この辺りに来る屑屋は大概知っておりますんでね。変な野郎はいませんが、中にはちょいとこずるい奴もいますんでね。……へい! それじゃああの、他所(よそ)でお話になりませんように。私(わたくし)目が効きませんが百文でよろしゅうございますかな?」

父「百文で買うてくださるか! かたじけない。礼を言います」

屑屋「とんでもねえ! そのかわりね、これが百より高く売れましたらその時は儲けは半分ずつ、折半ってことでもってよろしゅうございますか?」

父「それはいかん。それはお前さんの商いの器量。儲けた分は取っておきなさい」

屑屋「いえいえ。その方がこっちは気持ちよろしゅうございますから。へい! ではね、こっちの屑のお代が……これ八文でございます。それから、これが百文でございますな。ではまた参りますんで!」

父「屑屋さん、すまなんだな」

屑屋「へい! ありがとうございました」


落語家「清兵衛さん、ざるん中に仏様をぽーんと放り込んでまた商いに出ます。しばらく行くと今度は立派なお屋敷がございます。細川藩のお屋敷。ここの窓下で若侍に声を掛けられます」

屑屋「屑ぃ~ 屑屋お払い~」

若侍「妙な者が窓下を通るな。これ! 何だその方は!」

屑屋「へい! 私屑屋でございますが」

若侍「屑屋とは何だ? 屑を売っておるのか?」

屑屋「いえ、そうじゃございません。私の方で屑を買わしていただくんでございます」

若侍「お前が屑を買う? そんなことが商いになるのか。――ん? そのざるの中にあるものは何だ? 像か? 仏(ぶつ)か?」

屑屋「えっと……これ象でも豚でもございません。仏様でございますが」

若侍「ふっ、面白き奴だ。見てみたいな。こちらに来い」

屑屋「へい!」

若侍「おお参ったか、屑屋。これへ入れ」

屑屋「へえ、ありがとうございます」

若侍「さっきの品を見せてもらいたいな」

屑屋「へい、こちらでございます」

若侍「これは結構なお顔をしていらっしゃる。拝見つかまつっておると、一人でに頭(こうべ)が下がるのお。しかし大分時代が付いておるの。これ屑屋、この品は売物(ばいぶつ)か?」

屑屋「……?」

若侍「この品は売物(ばいぶつ)か?」

屑屋「? ……怪物ではございません。仏様でございますが」

若侍「そうではない。売り物かと聞いておる」

屑屋「え!? 買っていただけるんですか!? はいはい! そりゃ売り物でございます!」

若侍「左様か。値(あたい)は?」

屑屋「……?」

若侍「値(あたい)は?」

屑屋「? ……あたい? 私(わたくし)でございますか?」

若侍「一人称ではない! 値(ね)を聞いておるのだ。いくらだ?」

屑屋「あ、ああ! 左様でございますか。百文でさっき買ったばっかりなんですよ。えー……それより上だったらいくらでもいいんです」

若侍「ははは、正直にも程があるな。元帳を見せよった。百文で買うたのか」

屑屋「実はでございますな、千代田卜斎(ぼくさい)と言うご浪人様――いや、お医者様でございますかな。昼は瘡毒(そうどく)を治して夜は梅毒(ばいどく)を治してるとおっしゃった――」

若侍「それは多分聞き間違いではないかと思うぞ。昼は素読(そどく)の指南、つまり読み書きだ。夜は売卜(ばいぼく)、易だな。なるほど、それを生業にしておられるご浪人様か」

屑屋「へえ、そっから買って参りましてですな。百文より高く売れれば儲かった分はその方と折半なんでございますよ」

若侍「はっはっはっは! 面白い奴だ、全部話しよった。二百で良いか」

屑屋「にひゃっく!? い、あの……ありがとうございます! え、あ、えぇぇぇ? 長者番付に載ります」

若侍「面白過ぎるな。それでは二百文つかわそう。また屑とやらがたまったら呼ぼう、窓下を通れよ。うん、ご苦労!」

屑屋「へい、ありがとうございました!」

若侍「これは良い物が手に入ったな。丁度床の間に置く物を探していたのだ……ん?」

(仏像の中で何かが動く音)

若侍「これは珍しき品だな、腹籠りだ。中が洞(うろ)になっており小さき仏が忍ばせてあるようだ。誠に珍しき品だが大層時代が付いておるの。少し磨くか」

落語家「金だらいにぬるま湯に塩。仕度をいたしまして、この若侍が一生懸命磨いておりましたらやがて台座の紙に湿り気が参ります。こいつが剥がれますってえと中からぽろっ――」

若侍「二十五両包みが二つ……五十両出て来た。わしはこの仏様は買うたが中の金は買うた覚えがない。第一、金で金が買えるわけがない。さてはこれを売ったご浪人様とやら、かようなことをご存知なく売り払ったものであろう。暮らしにも困っておられるご様子。お返し申したいな。あの屑屋を探して届けさせよう」


落語家「さあ、それから窓下を屑屋さんが通るたんびに」

四角い屑屋「屑ぃ~ 屑屋お払い~」

若侍「これ屑屋! 顔を見せろ」

四角い屑屋「へい! お呼びでございますか?」

若侍「何だその顔は。四角い! 四角いにも程というものがある! のう屑屋、お前額の真中にもう一つ穴をあけろ。で、目玉とその穴でもって鼻緒をすげろ。足で歩かず顔で歩け。下駄顔だ! ははははは。――用はない、行け!」

四角い屑屋「何ですか! ……何なんだよあれは」

長い屑屋「屑ぃ~ 屑屋お払い~」

若侍「屑屋! 面体(めんてい)見せろ」

長い屑屋「へい! お呼びでございますかな?」

若侍「!? 奇怪なる顔! 長いにも程がある! なんじゃその顔面は。んー、お前の顔は面白いのお。上を見て真ん中を見て下を見ると真ん中を忘れるな。ははははは。長いにも程がある! 分かったから行け」

長い屑屋「何だよおい! 冗談じゃねーな、まったく」

落語家「通る屑屋さん通る屑屋さん顔に難癖付けられております。そうするってえと屑屋連中が集まる時に話が出る」

四角い屑屋「おう、行ったかい? 細川」

長い屑屋「通ったよ窓下。若侍だろ?」

四角い屑屋「そうなんだよ、人の面(つら)見てよお。四角いって言われた俺」

長い屑屋「うん、四角いには違いねえけどな」

四角い屑屋「自分でも分かってる、んなことは。でも四角いったって程があんじゃねえかよ。額に穴あけて鼻緒すげろってんだよ。顔で歩けってんだよ。酷えこと言うだろ?」

長い屑屋「そりゃいくらなんでも酷えな。俺は長えってんだ。自分でも分かってますよそんなこたあ。それもねえ、長えって人のこと言うのはいいよ? 上見て真ん中見て下見たら、上じゃねえんだ真ん中忘れるって言うんだよ。上見て真ん中見て下見て上忘れんならいいよ。真ん中忘れるってどういうことだよ。そこまで長くねえってんだよな」

四角い屑屋「おい、そんなこと言われたのかよ。酷えこと抜かしやが――上手えこと言うな」

長い屑屋「おいおいおい! おめえまで何だよ!」

四角い屑屋「しかしあれ一体何なんだろうね」

長い屑屋「何だおめえ知らねえのか? あれらしいぜ、仇(かたき)討ち」

四角い屑屋「仇(かたき)討ち!?」

長い屑屋「そうなんだよ。あの人のおとつぁんてのが細川藩の剣のご指南番だったんだな。ところが細川のお殿様ってのは新しいもん好きだろ? 新しいご指南番を連れて来たんだよ。でもご指南番は二人もいらねえから、御前試合(ごぜんしあい)ってことになったんだ。勝った方がご指南番になるって。ところがあそこのおとつぁんが強えや。新しくご指南番になった奴をさ、えいやーたー! ――ってんで、殿様の前でこてんぱんにやっちまったんだよ。やられた方は面目丸潰れだい。それでしばらくしてから、あの人のおとつぁんが夜一杯やってべろべろになって酔っ払って帰って来るところを、卑怯にもおめえ闇討ちにしたんだよ。ずたずたに斬り殺したんだね」

四角い屑屋「え!? そうなのかい?」

長い屑屋「そうなんだよ。さあもう国許(くにもと)には居られねえってんで江戸に逃げて来た。で、その仇(かたき)ってのがね……屑屋に身を変えてるんだ。だからああしてあの若侍は、親の仇(かたき)を討とうってんで屑屋の面体(めんてい)改めてるんだぜ」

四角い屑屋「へー、そうかい! おめえよく知ってんな」

長い屑屋「……じゃねえかと思うんだ」

四角い屑屋「何だよ作り話かよ! しょうがねえなまったくよ」

屑屋「賑やかじゃねえか、何の話だい?」

四角い屑屋「おお清兵衛さん、久し振りじゃねえか」

屑屋「ちょっと風邪ひいちまってな。四、五日寝込んじまった」

長い屑屋「あ、おめえなんかはちょいと抜けてるから行かねえ方がいいよ細川」

屑屋「細川? 何かあったのかい? ……はー……はー……はー。 細川の若侍、右から三番目の窓? ……ははあ。それきっとね、俺探してるんだな」

長い屑屋「え? おめえを?」

四角い屑屋「清兵衛さん、あの人の親殺した?」

屑屋「そんなことしやしねえよ。いや、実はね――」

長い屑屋「うん……え? 何でそういう真似をするんだよ。普段から目が効かねえんだから、おめえは。そういうの売るなって言ってるだろ? で、それでどうしたんだい。……うん、うん。それ古かったんじゃねえのか?」

屑屋「うん、時代が付いてるって言ってたな」

長い屑屋「侍は時代が付いてるって言うんだよ。どうするか知ってるか、そういうの? 磨くんだよ。金だらいにぬるま湯と塩で仕度をしてね。磨くんだこうやって。でも古過ぎたんだよ。きっとその時首がぽろっと落ちたに違えねえ。侍ってのは首が落ちるってのを一番嫌うんだから。怒ったも候(そうろう)もなかったんじゃねえのかなあ? 『かような物を売りおって!あの屑屋の首も落としてくれる!』ってんでおめえを探してるんだよ。(人の悪い顔で)…………行きな」

屑屋「嫌だよおい! 俺首落とされちゃうの!?」

四角い屑屋「しばらくあっち行かねえ方がいいぜ」

屑屋「でもあそこ通らない訳にいかないんだよなあ。あの先にお得意が多いんだよ」

長い屑屋「そうかい。だったらなあ、まあ分からねえように黙って通るんだな」

屑屋「そうだな、黙って通ろう」


落語家「清兵衛さんそれから細川のお屋敷前を通る時には黙って通りますが四、五日すると慣れてまいります。気の緩みもある。天秤ばかりをかつぎ直した途端に、癖になっておりましたから」

屑屋「屑ぃ~」

若侍「これー! 屑屋! 顔を見せろ」

屑屋「――甘~い、甘酒」

若侍「嘘をつけ! 顔を見せろ……お前だあ! いいから来い!」

屑屋「あいすみませんでございます。申し訳ございません、あの――」

若侍「いやいや屑屋、探しておったぞ。その方から仏像を買うたな」

屑屋「(小さくなって)はい、お売り申しましたな」

若侍「あの仏様な、大分時代が付いておった」

屑屋「(追い詰められた感じで)……はい、古うございましたな」

若侍「磨こうと思ってな」

屑屋「(更に追い詰められた感じで)あぁ……はい」

若侍「金だらいにぬるま湯、塩」

屑屋「(今にも卒倒しそうな感じで)あぁあ……へえ」

若侍「磨いておったらの、ぽろっとな――」

屑屋「(泣きながら)申し訳ございません! あいすみません、ご勘弁ください! 私には四つの歳になる母親が四人いて」

若侍「(驚きと笑いで)意味が分からん意味が分からん。何だ意味が分からんではないか。どうした? ……何? ……ん? そうではない。首が落ちたのではない。中から五十両出て来た。そのご浪人様に返してもらいたいと思うての」

屑屋「――ふぅぅぅぅぅ。だったら早く言ってくださいよ!」

若侍「……何故お前に怒られるのだ? まあ首は切らんから心配するな。そのご浪人様、千代田氏(うじ)と申されたかのお。身共(みども)は細川藩の禄(ろく)を食(は)んでおる者。この若侍が持って参っては千代田氏(うじ)、嫌なお気持ちになるかもしれん。お前が届けてくれ。よいか? 身共は高木佐久左衛門と申す。よろしゅうな」

屑屋「(戸惑いながら)ああ、左様で。(お金を見つめて)んー……(悪い顔になって)いいんじゃありませんかねー? 向こうは知らないんですし、買った物は高木様の物ですから。そっから出て来た物は高木様の物ですよ」

若侍「仏は買うたが金は買うた覚えはない。金で金が買えるわけがない。返してくれ」

屑屋「(悪い顔で)いやあ、いいでしょう。私も仲間から正直清兵衛って言われてますがね。いやあ……私なら返しませんねえ。だって買った物は自分の物ですから、いいんじゃありませんか? もらっちゃいましょうよ」

若侍「何故お前が正直清兵衛かさっぱりわからんな」

屑屋「自分の気持ちに正直な清兵衛なもんで」

若侍「嫌な清兵衛だな。(真面目に)頼む、わしがこうして頭(こうべ)を下げる。返してくれ」

屑屋「(いい人に戻って)左様でございますか。へい、確かにお気持ち承りました! じゃ、あちらにお返しして参りますんで」


娘「父上、先日の屑屋さんがお見えになりました」

父「おお屑屋さんか、久しいの。まだ屑はたまってはおらんがな」

屑屋「いえそういうんじゃございません。お嬢様もどうもお久しぶりで。千代田様、仏様売れましてございます」

父「おお左様か。それは良かった」

屑屋「二百で売れました。百が儲け、お約束の折半五十文ここに置かしていただきます」
父「かようなことをしてもらうことはないが、そなたのお気持ち正直助かる。千代田卜斎(ぼくさい)ありがたく頂戴つかまつる。かたじけない」

屑屋「いやそんなそんな、五十文くらいで。(調子に乗って)……まだ大口があるんす」

(屑屋、懐から五十両取り出し置く)

父「五十両……何だこの金は?」

屑屋「実はでございますな」

父「……うんうん。……うん? 腹籠りではなかったのか。しかし屑屋さん、この金は我が祖先が子孫困窮の折りに用立てよというおつもりで忍ばせておいてくれた物に相違ない。知らずして売り飛ばしたのはわしの咎(とが)である。わしは祖先に対しては咎ある者。この金を受け取るわけには参らん。一旦お買いになったその方……高木氏(うじ)と申されたか。その高木氏の物である。返してもらいたい」

屑屋「五十両ですよ!? そっちの五十文じゃねえんですよ? 五十両ですよ!?」

父「わしにとってはな、屑屋さん。そなたが正直で折半してくれた五十文の方が尊い。この五十両受け取るわけにはいかん。高木氏に返してもらいたい」

屑屋「いやだってそんな。五十両あればね、こんな長屋に住まなくったっていいし。お嬢さんもあんな汚ねえなり――いやあのー、あんなお地味ななりをなさることもないんですよ?」

父「暮らし向きのことをどうこう言われる筋合いは無い! どうしても持って行かんとあらば、この千代田卜斎(ぼくさい)刀にかけても――」

屑屋「分かりました、持っていきますよ! 冗談じゃねえなまったく。……と、いう訳でございますんで高木様」

若侍「千代田氏(うじ)、刀にかけてもと申されたか。左様か。……面白い。清兵衛、負けんぞ? 試しにお前の首を!」

屑屋「分かりました分かりました! 持っていきます!」


落語家「なんてんで、清兵衛さんは五十両を持って行ったり来たり行ったり来たり。商売になりません。たまりかねて若侍に泣き付きます」

屑屋「高木様、このままじゃ商売あがったりでございます。どうか……どうか! この清兵衛を助けると思ってこの五十両お納めください」

若侍「それは出来ぬと申しておろう。だが、お前の商売の妨げになるのも忍びないな。うーむ、どうしたものか」

屑屋「でしたらこういうのはどうでしょう!? 高木様と千代田様でこの五十両折半して二十五両ずつ!」

若侍「うーむ」

屑屋「お願いしますよ、私だって商売出来なきゃ食ってけないんですから!」

若侍「……そうだな、これ以上お前に迷惑をかけるわけにはいかん」

屑屋「ありがとうございます! ではここに二十五両……」

若侍「待て」

屑屋「(キレ気味で)まだ何か!?」

若侍「そう怖い顔をするな。お前意外と怒りっぽいな。……話がそれた。その五十両のうち二十両頂戴つかまつる。同じ様に二十両は千代田氏(うじ)に。残りの十両は清兵衛、お前が取ってくれぬか」

屑屋「え!? ……えぇぇぇえ!?」

若侍「筋を通そうとした行いが意地の張り合いになりお前を巻き込んだこと、本当に申し訳ないと思っている。これはその詫びだ。これならきっと千代田氏(うじ)も納得してくださるだろう」

屑屋「高木様! 高木様ああああああ!!」

若侍「泣くな泣くな。汚い顔が更にぐちゃぐちゃになっておるぞ」

屑屋「ありがとうございます! 私が女なら今すぐ高木様に惚れる所でございます」

若侍「ええい、潤んだ目で見るな! ――こほん! とにかく清兵衛、残りの二十両を頼んだぞ。くれぐれもあちら様によろしく」


屑屋「……というわけで千代田様、この二十両受け取っていただけませんか?」

父「それは困る。身共(みども)これを受け取るわけにはいかん」

屑屋「それじゃ私が困るんですよ。えー……なら、こういうのはどうでしょう? 百両の形(かた)に編笠一蓋(あみがさいちがい)。何か向こうに一品、換わりの物をあげてもらえませんか? そしたらこれ、商いになりますから」

父「二十両の形になるものは何もない。そのような物があらば――」

屑屋「何でもよろしいんでございますよ。ええ、ちり紙でも」

父「左様な訳にはまいらんでな。……形ばかりでよいのかの? かような駄茶碗(だぢゃわん)でも良いかな。我が父がこの茶碗で朝夕湯茶(ちょうせきゆちゃ)をいただいておった。今は身共(みども)がいただいておる。この茶碗高木氏(うじ)は受け取ってくれるかな?」

屑屋「勿論でございますとも!」


落語家「ってんでこの茶碗が高木佐久左衛門の元に。ま、話はここで終わったんですが。この物語が回り回って細川のお殿様の耳に入ります」

殿「なるほど、余は良い家臣を持った。うむ、面白き話じゃ。高木佐久左衛門、その茶碗目通り許すぞ」

落語家「さあ、高木佐久左衛門はお殿様の前に出るってんですからこらあもう裃(かみしも)か何かを着て、茶碗も桐の箱に入れてははー! ――ってんで御前(ごぜん)に」

殿「その方が高木か。良き話を聞いた。良き家臣を持った余はしあわせである。茶碗、見せてもらうぞ」

若侍「はは!」

落語家「お殿様、茶碗を持ってしばらく見ておりましたが」

殿「これ、目利きはおるかの?」

落語家「すぐに目利きがやって参ります。茶碗を手に取ってさっと顔の色が変わると『殿、ご推察通りにございます。井戸の茶碗、青井戸(あおいど)の茶碗と申す物。新羅(しらぎ)、百済(くだら)、高句麗(こうくり)辺りで焼かれた品にございましょう。我が朝(ちょう)の土で焼かれた物ではございませぬ。(鑑定団で)……いい仕事してますなー。(真面目に戻って)一国一城にも替え難き名器にござります』」

殿「やはり左様か。高木、この茶碗余が所望いたす。良いな?」

若侍「ははー!」


落語家「こういうお殿様ですから家来の物をただで取り上げることはございません。三百両という金が高木佐久左衛門の元へ」

若侍「弱ったー! 屑屋ー! 清兵衛! 来ーい! ……座れ! 金! 困惑!」

屑屋「何でございます!? いかがなさいました? ……ええ。……はい。……え!? あの茶碗が? ある所にはあるもんでございますねー。で、お殿様が? へー、三百両――え? どうするんです、それ。……はい、ええ。……誰が行くんです? ……あたい? この一人称が参るんでございますな? やっぱりねー。ええ、でも五十両で刀出して来ましたからね。こりゃ三百って言ったら大砲出して来ますよ?」

若侍「そんな訳なかろう。先例にならい半分の百五十両頂戴つかまつる。残り百五十両を頼むぞ」

屑屋「へえ、それじゃお預かりして行って参ります。……千代田様そういう訳なんでございますよ。どうぞこの百五十両お取りください!」

父「屑屋さんこれはいただく訳には――」

屑屋「そうおっしゃいますがね、それじゃ困るんですよ! もう商売にならねえんだからこっちは。――じゃあこうしましょう! またなんかあちらにね、あげてください」

父「百五十両の形になる物がここにあるわけがなかろう。…………高木氏はお独り身か?」

屑屋「へえ、お独り身でござんすな」

父「のう屑屋さん。この千代田卜斎(ぼくさい)、粗忽(そこつ)なる浪々の身上なれど男手一つとは申せ我が娘、武士の妻として恥ずかしくないだけのことは仕込んだつもりだ。高木氏がもし娶ってくださらば支度金としてこの百五十両、頂戴つかまつるがの」

屑屋「はい! 百五十両で娘を売るんですね?」

父「(顔色を変えて)そう言うことではなーい! 娶ってくださらば支度金として頂くと申しておる!」

屑屋「(悪気なさそうに)あいすみませんでございますよ。もらわねえことはありませんよ! こんだけのお嬢様ですから。ええ、絶対もらいますよ! もしいらねえって言ったらね、私がもらいます」

父「お前にやるわけにはいかん」

屑屋「そう怒らないでくださいよ。あ、お嬢様もよろしゅうございますね?」

娘「はい。先日よりお話をお聞きして何と正直で聡明な方だと思うておりました。高木様さえよろしければよろしくお願いいたします」

屑屋「承りました。では行って参ります! ……高木様、いかがでございます?」

若侍「お考えになったのお、千代田氏(うじ)。ご息女間違いはあるまい。……年貢を納めるか。高木佐久左衛門、ありがたく頂戴をする」

屑屋「出来た! いい話じゃありませんか! 中に入ったあっしも嬉しいや。ねえ高木様、向こうお嬢様今は……えー、お地味ななりしてますがね金をかけて女を磨いてごらんなさいよ。見違えますぜ!」

若侍「ああ、磨くのはよそう」

若侍/落語家「小判が出るといかん」

(拍手)
(太鼓の音)

(フェードアウト)

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アドリブによる台詞の追加・人称や語尾変更はご自由にどうぞ。

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