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ベトナムの発酵調味料 〜バーン村の醤〜

アジアには非常に豊かな発酵調味料文化がある。日本だけで見ても、醤油、味噌、酒、みりん、酢があり、さらには地域によって個性がある。これらの材料は、穀物、水。そこに塩が加わっているかどうか。物凄くシンプル。同じ様な材料でも、作り方によって、全く違う調味料になり、違うひと皿を作り出す。それが、日本の各地域だけでなく、アジアの各地域に起こっていると、想像して頂きたい。人間の作り出した食文化は、本当に豊かだ。


ベトナムの発酵調味料

私の大好きなベトナムに目を向けると、代表的な発酵調味料は、魚醤。新鮮な小魚を塩で漬け込んで、発酵させて出来る液体調味料。タイのナンプラーとほぼ同じなので、呼び名を間違われる事がある。ベトナムの魚醤はヌックマム。

ベトナムには、魚醤以外にも色んな発酵調味料がある。甲殻類を発酵させた、魚醤以上に臭う怪しい色のペースト類や、普通の醤油。酸味が薄めのお酢や、普通のお酢。米を発酵させただけの調味料もある。

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トゥオン

そして、今回話題にしたいのは、tương/トゥオン。「トゥオン」という言葉には、中国の「醤」という言葉があたる。(ベトナム語は、漢字語源の物が多い。)ベトナムのトゥオンとは、大豆を使った調味料。私がよく訪ねるベトナム北部では、液体状の味噌みたいな見た目をしている。ネット上で見つけた時「ベトナムにも味噌みたいな調味料があるんだ!」とワクワクした。(発酵オタクなので。)

色は醤油よりも味噌寄りで、日本の味噌よりも匂いが強いらしい。麹はどうやって作ってるのか、どうやって発酵させてるのか興味津々。その話を現地の知人にしたら、有り難いことに、醸造場を見せて頂ける事になった。2018年11月の旅。



トゥオン・バーン

ハノイから30kmほど南東に向かうと、バーンと言う名前で呼ばれるエリア* がある。そこで作られる大豆の液体調味料は、「バーン村の醤 / トゥオン・バーン」と呼ばれる。大豆、もち米麹、塩、水が材料で、発酵調味料。 トゥオン自体は、ベトナムの中でも種類があって、トゥオン・〇〇と言う様に、地域の名前を付けて親しまれている。

トゥオン造りの見学に向かう途中、同行してくれた通訳のTさんが、さらに付け加えて教えてくれた。

「トゥオン・バーンは、若者にあまり人気がありません。」

割と衝撃の一言!日本の味噌も、消費量が落ちているので、わからなくもない。とりあえず、醸造場見学へ!!


*Thị trấn Bần Yên Nhân, Mỹ Hào, Hưng Yên 



トゥオン・バーンが出来るまで。

今回お邪魔したのは、家族経営の醸造蔵。おばあちゃんの代からトゥオンを作っていて、その手順を基にしているとの事。

1、麹造り

もち米を丁寧に洗い、水に浸して蒸した後、麹を作り続けてきたザルの上に広げて1週間放置。1日1回箸などで混ぜて、黄色いカビ(おそらく黄麹カビ)を生やす。日本の様に細かく混ぜたり、くっついたもち米をバラしたりという事には気を使っていなかった。

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ここは麹を育てる場所。気温は20度後半〜30度前半はあったと思う。温かく湿気もあるので、常温で放置。

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日本の慎重な麹造りと全然違うので、新鮮な驚き。我らが日本の麹造りは、農閑期の冬場に行われる事が多い。それを使って、味噌や酒が仕込まれる。文化の違い、国民性もあるかもしれないけれど、ここまでラフな麹造りは初めて見た。しかも日本では見た事ない、もち米麹。面白い!

麹を味見して良いか聞くと、絶対だめだと言われた。なぜかは追求しなかったけれど、そこもまた面白かった。


2、大豆を発酵。

大豆は丁寧に洗い、ローストした後、細かく粉砕する。その大豆の粉を、甕の中に水と一緒に混ぜいれて1週間放置。納豆の様な香りと泡が出て来て、発酵が進んで行く。

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ちなみに、この甕にはまだ塩を入れていない。なので、菌達にとってパーティーな感じが否めない。塩は菌達にとって、保護者的な存在と言ったら伝わりやすいだろうか。この甕に塩がやって来たら、一部の菌を除いてパーティーは終わり。

このやり方は、日本の味噌にも醤油にも見られない。味噌作りの中で、大豆を潰した物を一纏めにして、しばらく放置してから塩と混ぜる事はある。もちろん仕込みは冬場。トゥオン・バーンの様に、暑い中で、砕いた煎り大豆を水に入れて放置するやり方は、なかなか面白い。


3、発酵大豆水と麹を合わせる。

2で発酵させた大豆水を、少し麹に振りかけて、3日間袋(土囊袋の様なもの)の中で放置。

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4、発酵大豆水、ふやけた麹、塩、水を甕の中で一つに合わせる。

このふやけた麹、個人的には麹を甘酒化したものでは、と考えている。そのまま麹を使うより、お米の分解を促してから、他の材料と混ぜ合わせ、液体を甘くする。そうすると、塩分濃度が高くても調子の良い発酵菌達が、餌を直ぐに得て活躍できる。もしそうだったら、これも日本の味噌・醤油には見られない技術。さらに面白い!

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5、約3ヶ月間、毎日混ぜ、太陽の下に放置。

この時、気候によって発酵のスピードは変化する。と言うのは、ベトナムの北部は、日本の様に四季があるのだ。もちろん、日本の冬ほど寒くはならないし、日本よりもジメジメ暑くて長い夏があるが、秋と春もある。年中暑い、南部のホーチミンとは異なる気候である事は、お伝えしておきたい。

今度は味見して良いか聞くと、OKが出た。合わせたての物は、麹の甘さと、きな粉の様な香りがして美味しかった。3ヶ月経った物を味見すると、旨味が増していて、発酵のパワーを感じる!

日本の味噌なら、炎天下に置く事はまず無い。醤油は、醸造場仕込みの物はまず無いけれど、家庭用の醤油の中には太陽に当てて毎日混ぜる物がある。それから、味噌も醤油も、意図的に加温して速醸する(速く発酵させる事)醸造所もあるけれど、太陽に頼ってるのを見た事は無い。日本の黒酢のCMか何かで、甕が炎天下に置かれているのと同じ光景で、トゥオン・バーンは発酵されている。

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6、発酵熟成した物を、ボトルに詰める

出来たものは10年でも持つという。冷蔵はせず、たまに混ぜて使うのだとか。

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この状態で、店頭に並べられるが、その間も若干発酵熟成が進んでいる様に思われる。甕から味見したものと、お土産にもらった物の味が全く違った。

私の記憶だと、今回火入れについては何も言っていなかった。もし、発酵菌と彼らのエサが中に残っているなら、ガスを出して、ボトルが膨らんでしまうのだけれど。何気無い感じで、屋外で販売されている。この件は、今度機会があれば聞いてみたいと思う。


トゥオン・バーンはどの様に使う?

大豆、米、塩。同じ様な材料を使いながら、国によって風味の違う調味料があるのは本当に面白いし、食文化は本当に豊かだ。トゥオン・バーンの様な調味料は日本には無いし、なぜ無いのかも不思議だ。

匂いとしては、日本人にとっては、ちょっと臭め寄りの匂い。だから、好き嫌いは絶対別れる。出来立てはそうでも無いのだけれど、ボトルに詰められてから、絶対何かが起こって匂いが強くなっている気がする。出来立てのを売ったら、若者にも好かれる気がする。私は、トゥオン・バーンを出されたら食べるけれど、日本の我が家で料理するには躊躇するなぁという感想。

今回ちょっと残念だったのは、トゥオン・バーンメニューをご飯屋さんで、殆ど見つけられなかった事。あっても、つけダレぐらい。温野菜や生春巻きの様なメニューで使われる。やっぱり最近の若者は、トゥオン・バーン離れしているらしい。どちらかと言うと、魚醤や醤油の方がメジャーで、トゥオン・バーンは田舎のお婆ちゃん達が使う調味料のイメージが強いのだとか。全国的なイメージかは分からないけれど、ハノイ在住の都会っ子達はそう言っていた。

Tさんが教えてくれたのは、魚の煮込みだった。ネットで調べると、バナナや豚肉、エシャロット等も、トゥオン・バーンで煮込むとか。甘辛テイストがベトナム人も好きで、水飴の様な調味料も一緒に使って煮込むらしい。

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(写真は似た様な料理。魚と豚肉の醤油煮込み。)



まだ掘り下げ切れていないけれど、トゥオン・バーンとの最初の出会いはこんな感じ。いつかトゥオン・バーン使いが上手なお婆ちゃんに巡り会えます様に。

ただ、日本の自宅で、トゥオン・バーンの煮込み料理を作る勇気は、やっぱり今のところ無いなぁ。でも、出来立てのは、本当に美味しかったのだけれど。慣れてくると美味しさがわかる発酵食品も沢山ある訳なので、これからもトゥオン・バーンとの接触を試みたいと思います。というわけで、全国のトゥオン・バーン情報お待ちしてます!!


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