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修羅場の梅津さんから「信楽にくる?」って言われたので行ってみた -梅津庸一個展「緑色の太陽とレンコン状の月」の制作秘話!!

梅津庸一さんの個展 「緑色の太陽とレンコン状の月」が六本木のタカ・イシイギャラリー(complex665)で開催中です。2022年10月8日(土)まで。

信楽と相模原を往復しつつ作り上げた陶芸とドローイングの作品で展示が構成されています。作品販売を重視するようなコマーシャルギャラリーではあり得ないインスタレーションを作るため、誰からも求められたわけでないのに膨大な数の作品を一人で作り上げていました。そんな大量の陶芸作品を置くために会場へ設置された什器は空間を圧迫し、壁には陶板と大小さまざまなドローイングを掛けて埋め尽くしており、スマートな空間だったタカ・イシイギャラリーとは思えない状態となっています。


梅津庸一「緑色の太陽とレンコン状の月」展示風景


さて、会期の終盤に近づきましたが、ここで信楽での作陶やドローイング制作の模様を紹介したいと思います。展示開始直前のある日、制作中の梅津さんから急に修羅場なので信楽に来ないかと言われてその様子を見に行った際の記録です。


信楽にて

信楽は近代以降に作られた大量生産向けの大きな窯が多く存在しているのですが、梅津さんはそんな民間の窯を利用しており、現在は(有)丸倍製陶の工場にある窯を使い焼成し、その敷地内にある建物をアトリエとして利用しています。これは梅津さんが信楽で作陶やリサーチをする中で地元の人からの信頼を築きあげて使用させてもらっている場所です。
陶芸商品の需要減から使用されなかった窯は多く、さらにコロナ禍で観光客が減り作陶体験向けの教室にも空きがでていました。そんな状況を活用しているともいえます。
しかしその一方で梅津さんは、制作活動を通じた地元への利益還元をしています。たとえば膨大な作品数を制作するため大量に購入する粘土・釉薬の代金、そして立体作品のため効率よく一度にまとめて窯にいれられないのに数が多いため焼成には多額のガス代がかっていますし、そもそも滞在するための家賃も自腹です。また食への強いこだわりから信楽のグルメを開拓、制作での疲労を飲食で癒やす一方で関係者へ紹介し信楽を再発見させていました。そんなグルメを含めたリサーチの成果を展示と一体化させ民藝と信楽を問うキュレーションをしたひとり芸術祭「窯業と芸術」を誰に頼まれたわけでないのに開き、信楽へ人を誘導し、作品の売上げは信楽の地元ギャラリーに還元されていました。
そんな活動のためアーティストにとって定番である滋賀県立「陶芸の森」のレジデンスとその設備をあえて使っていません。


アトリエと工場

さて、筆者は急に招かれたため出張をしていた大阪から車で信楽まで向かい、そのまま梅津さんが制作するアトリエへ行くことになりました。


アトリエにしている建物


修羅場の制作現場へ入るとあんどーさんが座っていました。相模原からお手伝いに来ていたようです。


あまりに散らかっていたので一度整理したというアトリエ。それでもこの状況。様々な材料が置かれていますが、釉薬の種類と量が他の陶芸家と比べても多いのではないでしょうか。棚にずらりと一人で作り上げた陶芸作品が並んでいたということですが、焼成のため窯に入れられていました。



そして隣の工場の焼成現場へ向かいました。焼成には工場の中では小型ともいえる窯が使われていました。


窯へ入りきらなかった作品が棚に置かれていました。


この工場自体が大規模に陶芸品を量産していた名残で、奥には大きな窯があります。昨年、ポリネーター展へ出した巨大花粉濾し器はこの大きな窯のサイズに合わせて作ったもので、リサーチで発見した戦後信楽の隆盛と衰退の歴史、そこで培われた技術、さまざまな人脈、そして作陶で身につけた技術や多大な資金と労力、そんな信楽での全てを投入し作り上げた作品でした。



アトリエへ戻り2階へ行くと、梅津さんがドローイング制作に追われていました。


ドローイング制作中の梅津さん


この状態でも十分魅力的なのですが、さらに様々な技術を駆使して描き足していくと話していました。発送や特注の額装をするため制作時間は残り数日しかなく、しかも他にも作業に追われている状況。そんな短い時間で完成させた巨大なドローイング作品が個展会場にあります。この画像と比較するとここからどれほど加筆がされたか分かるのではないでしょうか。




信楽グルメ情報

ドローイング制作が一段落ついたあと、陶板制作の様子も見てほしいと大塚オーミへ移動することなりましたが、ちょうどお昼頃でお腹も減ったということでランチへ向かいました。



カフェ アワ・イサ

タイカレーがおすすめ。この時期はグリーンカレーを出していました。日々具材を変えており、その日は冬瓜が入っていて、辛い中にほどよい爽やかさが。
食後、マフィンが気になったらしい梅津さんとあんどーさんはそれも追加注文していました。店内だと温めて出してくれます。珈琲と合いそうでしたね。
時間がないのに食へこだわるのはさすがです。

https://tabelog.com/shiga/A2502/A250202/25003772/




大塚オーミへ

陶板作品は大塚オーミ陶業株式会社(以下、大塚オーミ)が行うプロジェクトの支援を得て制作しています。会社はアトリエから離れた場所にあるため梅津さんと一緒に車で向かうことになりました。


梅津さんと大塚オーミのご厚意で工場の見学と制作現場を見せてもらいました。50メートルもある陶板を焼成する窯に圧倒されましたが、企業秘密のため撮影はできず、制作現場のみ紹介します。

日によって変わるようですが、当日は広いスペースが用意されていて、すぐ作業に取りかかれるよう社員によって制作途中の陶板が整然と並べられ、釉薬なども準備されていました。



陶板制作の模様

簡単に挨拶と御礼をすませた梅津さんは全体をしばらく眺め、釉薬を手に取ると小走りに陶板へ向かい素早く施釉を始めました。終業時間までの短い時間を有効に使うため、一度手に取った釉薬を必要な陶板に次々と施釉するという無駄のない作業です。あたかも直感で施釉しているように見えましたが、自己模倣を避け、同じような作品を作らないようにするなど、実はいくつも先の手を読んだものだったそうです。



 筆で塗るだけで無く釉薬を垂らしたり、シンナーで溶かしてしまうなど様々なテクニックを使っており、陶芸家でそんなことをする人は他にいないのではと話していました。

釉薬の流し掛けと抽象表現主義の作家の振る舞いの中間を狙っているとのこと。陶板は重いので大変そうです。
陶板専用の顔料と梅津さんが普段使っている持ち込んだ釉薬の競演。
シンナーを掛けて溶かしています。


シルクスクリーン

大塚オーミはシルクスクリーンによる陶板への転写技術を持っていますが、デジタル化によって現在は直に刷ることはほぼないそうです。しかし梅津さんはそれをあえて使用しており、昔を知る工場長が面白がって見に来たり手伝ったりしていました。
そんな埋もれていた技術をあえて採用しそれを知る社員と制作、そして同社独自の長大な窯でしかできない陶板作品を焼き上げるという作陶は大塚オーミとの共闘とも言える作業であり、新たな作風の創造にもなりましたし、同社は岡本太郎やロバート・ラウシェンバーグらと作品を作るなど、ある時期まで現代美術作家とコラボレーションをしていましたが、そのような歴史との接続でもありました。


転写用の版を乗せています。


粘性の高い釉薬を置き、それを社員が一気に刷り上げています。


梅津さん自身が部分的に転写をさせることも。


コンプレッサーが動き始めたので、釉薬をスプレーで吹き付ける作業へ。細かな粒子とシンナーが飛び危険なためマスクを防塵マスクへ切替えています。筆者は離れて撮影。


施釉を終えたものをチェックし、窯にいれる陶板を指示して当日の制作は終了。




数時間陶板制作をした梅津さんを車でアトリエへ送りましたが、休むこともなくそのままドローイングの続きを描き始めていました。大塚オーミへ行っている間に紙へ塗った絵の具を定着させていてすぐ次の作業に取り掛かったようです。個展までするべき作業が山積されていたにも関わらず限られた時間を完璧に計算し無駄なく動いていたように見えました。



と、締めたいところですが、なぜかランチをゆっくりしているし、筆者を招いて制作状況を見せたり、そもそも求められてないのに必要以上に作品を作ったりと、みずから修羅場の度合いを加速させているようでもありましたね。




個展会場には丸倍と大塚オーミの名前が入った陶板《窯業と芸術》がかけられています。入口入って正面にあり、入るとすぐ目に飛び込んでくるため、梅津さんからの謝意なのかもしれません。

画面中央左側に《窯業と芸術》が掛けられている




梅津庸一 「緑色の太陽とレンコン状の月」
会期: 2022年9月10日(土) – 10月8日(土)
会場: タカ・イシイギャラリー(complex665)
https://www.takaishiigallery.com/jp/archives/27452/

梅津庸一
https://twitter.com/parplume
https://www.instagram.com/yoichiumetsu/
https://www.youtube.com/channel/UC90oBrM73o8oEieSAIYbKpA

大塚オーミ陶業株式会社
https://www.ohmi.co.jp/

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