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【蒐集物語 第2回】Kanda&Oliveiraディレクター神田雄亮さんのアートコレクション ─コレクターから超ギャラリストへ─

蒐集物語第2回はKanda&Oliveiraディレクター神田雄亮さんです。

神田さんはコレクターとして西治コレクションを主宰し、昨年小室舞さん率いるKOMPASが設計したギャラリー「Kanda&Oliveira」を西船橋へオープンさせました。
しかし開廊から1年、現在開催中(本記事公開:2023/01/29)の上田勇児・梅津庸一二人展「フェアトレード 現代アート産業と製陶業をめぐって」を通して大きな転機を迎え、コレクターを辞め、ギャラリストとして人生をかけようとしています。
そんな神田さんからアートに関わったきっかけやアートコレクション、そしてその転機についてお話をうかがいました。
インタビューには梅津庸一さんも同席してもらい、本展開催にあたっての秘話もうかがいました。

 

アートとの出会い、コレクターとしての始まり

鈴木:アートとの出会いはいつ頃でしょうか?

神田:大学生の頃、マシュー・ボーンという振付家の「白鳥の湖」を観に行ったんです。AMPというダンスカンパニーの、古典バレエではなくコンテンポラリーダンス。そこで男性ダンサー達が白鳥を演じている姿がすごくかっこよくて感激して泣いてしまって、すぐに男性の先生のいる教室を探して習いに行き私自身がバレエを始めました。子どもの頃は体操や、バレーボールをしていたからジャンプ力だけはどうにかなるかなと思って。
「いいな! 」と思ったらなんでものめり込んじゃう性格なんですよ。大学では法学部で、将来は法律家になるつもりだったんですが、バレエを始めてからロシア文学や美術に興味を持ってしまって、法学部の授業はそっちのけで、文学部の授業ばかり受けていました。
バレエを始めたことでそれまでの趣味趣向、方向性が変わったのかもしれません。
授業でバレエ・リュスを知ってから関連するフランス絵画にも興味を持つようになったし、同じく授業で習ったタルコフスキー映画をたくさん観たり、ロシアは舞台芸術の盛んな国だから俳優論もあって。そんなことに興味を持っていました。

鈴木:元々は法律家を目指されていたんですね。

神田:不動産に絡んで代々身内での争いが多くて、それなら自分で勉強した方がいいなと思って私も法律家を目指そうと法学部に行ったんですが、バレエを観たらハマっちゃったんですよね。でもバレエダンサーになるには始めるのが遅すぎて、色々巡り巡って、ギャラリーのディレクターをすることに。

 

神田雄亮さん
インタビューする鈴木萌夏さん


鈴木:舞台芸術やバレエから現代美術に興味を持ったのはどんなきっかけでしたか?

神田:妻に誘われて2012年頃に森美術館で開催していた展覧会に行ったんですよ。バレエや演劇を観に行くことは多かったのですが、美術館はあまり行ったことがなくて渋々観に行きました。そうしたら「あ、こんな面白いジャンルがあるのか」と思ったんです。それまで全くそんな「現代美術」という世界があることを知らなかった。


鈴木:2013年から作品のコレクションを始められていますよね? 興味を持ってすぐにコレクションを始めたんですか?

神田:そうなんですよ。森美術館の展示を観て最初に制度的にどうなっているんだろうという疑問が浮かびました。
作品は買えるのだろうか? 所有権は誰にあるんだろう? キャプションを見ると「高橋コレクション」って書いてあるけどそれって貸しているのか? あるいは寄贈したのか? って。
色々調べていたら、コレクターっていう存在がいることに気がついた。作品を買って、それを貸して、それで自分の名前が美術館に出ることがあるかもしれない、これはなんて面白いプロモーションなんだろう! やってみよう! と思ったんですよ。


鈴木:はじめに買った作品はどんな作品か教えていただけますか?

神田:高校時代の先生の作品ですね。2013年より前に個人で買った、私にとっての初めてのコレクションです。美術の先生をされていた方がアーティストで、ドローイングを描かれていました。



西治コレクションについて

「西治コレクション」展より 撮影:高橋宗正


鈴木:「西治コレクション」と名付けたのはいつくらいからですか?

神田:はじめは個人で買っていたのですが、会社で買ってもいいんじゃないかと思い、2013年頃から徐々に会社で買うようになって、それから会社の名前を出すようになりました。
また自分の趣味だけでなく、作品を次の世代にバトンタッチできるようにもしようと。
仕事は不動産をやっているので、たまにオーナー所有の趣味の悪い絵がマンションのロビーへ掛かっているのを見るんですが、それよりももっと面白いことできるはずだよなと思って(笑)。
作品の資産価値はわからないし、若手作家を育てるということも思っていなくて、純粋にコレクションを楽しんでいました。それに、美術館に作品を貸したりすると会社の名前が出たりする。それが社会とつながる接点になるとも思ったんです。


鈴木:作品を購入する時の情報はどのように得ていましたか?

神田:美術手帖は読んでいなかったし……Twitterですね。当時はTwitterばかりでした。先回個展を行った堀越達人さんはTwitterで知って、展示を観に行って知り合いました。ギャラリーは日本的な美術を見せているようなアーティストを紹介しているところによく行っていました。
コレクションを始めた当初は、とにかく欲しいからオークションで買ったりもしていましたが、オークションは自分がそれまで興味を持っていなかった作家を知るツールでもあったと思います。

 

左:ジャン・コクトー《Profil de Marianne à la Tour Eiffel》 1962
右:宇野亜喜良《白雪姫》


神田:この宇野亜喜良さんの作品はオークションで買いました。ジャン・コクトーの作品は去年買った作品です。高校生の頃にワタリウム美術館にあるオン・サンデーズへ行って毎月のようにコクトーのポストカードを小遣いで買っていたんですけど、ギャラリーでパートナーをしてもらっているオリヴェラにパリにあるコクトーの専門店を教わってそこで買いました。
価格を見たときにびっくりしました、Paris+の後だっただけに余計に。こんな有名な作家なのにフェアでは新人作家に相当する価格帯。マーケットで形成される価格と作品の歴史的価値は必ずしも一致しないなと改めて思いましたよ。

 


Kanda&Oliveira について


鈴木:ギャラリーの名前にも入っているオリヴェラさんとの出会いを教えてもらえますか?

神田:オリヴェラとは2019年に出会いました。森美術館で塩田千春さんの展覧会があったのですが、オリヴェラがいて展示を観ていたんですよ。そこで私から「展示よかったですね、塩田さんの作品が好きなんですね」とかつたないフランス語で話かけたんです。

鈴木:え? 普通、話しかけます?

神田:塩田千春さんの展覧会オープニングレセプションにたまたまフランス人の友人から呼ばれて行っていたんです。その友人はパリのGalerie Templonのディレクターで。そこで彼の友人たちをたくさん紹介されて、緊張と興奮で誰が誰だかわからなかったんですが、そのパーティーで会って話した人だと思ったので。先日はありがとうございましたと。
そうしたら、私はパーティーにはいませんでしたよって言われて(笑)。 まぁでも珍しいタイプの日本人だと思われたみたいで、それでメッセージ交換して、作品や作家さんのこと、美術館情報を交換して、そこから数年を経たらギャラリーを一緒に立ち上げることにつながりました。

オリヴェラ:変な人だなと、びっくりしました。

神田:当時、すでに小室舞さんに事務所兼住宅の設計をお願いしていて、建築計画は進行していました。
2017年だか18年頃だったか、初めて小室さんと出会ったときにこの人は今後仕事がどんどん増えていくだろうと直感したので、依頼するまでにあまり時間を要しませんでした。
小室さんはすべて私を先回りしていましたね、すごく仕事ができる方なので当然ですが……。
私は設計依頼当時ギャラリーを始めるなんて一言も言っていなかったのですが、結果的にギャラリー運営に合わせてデザインしたような建物になりました。小室さんに人生を変えられたと言っても過言ではないです。


鈴木:元々、自分の家の中に作品を飾る予定で設計してもらっていたんですか?

神田:正確には家ではなくて、仕事場です。よく「Living with Art」とか言いますけど、ガチでアートと生活してみようと。美術館の中のような場所で仕事がしたいなと思っていたんです。


鈴木:どのタイミングでギャラリーにしようと思ったんですか?

神田
:3階の内装を見た瞬間ですね。

鈴木:内装を見てから?! それまではどうしようと思っていたんですか?

神田:昔の旦那衆のようにたまにスペースを使ってもらうとか。でも、3階の内装を見てそれは勿体ないと思いました。それで美術館のようなギャラリーをやるしかないと。
そこからギャラリーってなんだろう? どうやって経営するんだろう……と考えて、不動産業の方は、業務は縮小しないけどプロセスを出来るだけ合理化するように当時コンサルティングを依頼していた方に教わって業務プロセスを改善していったりしました。

神田:当初、小室さんとも話していたんですけど、西船橋でこんなことするのは、東京一極集中への自分なりの反抗。
不動産業をやっているので、もちろん東京でギャラリーを始めることも考えました。30坪くらいの土地を買って8階立てにして、2階をギャラリーにして1階は路面で飲食店へ貸して、3階以上はオフィスビルにして……とか。でもそれだと競争相手が多すぎると。誰もやっていないようなことをするなら、吹っ切れた方向で都心から離れてやろうと。うちみたいな家って地方によくあって、そういう方々が昔は地元の文化的な部分を担っていたはずで、それを今ほとんど誰もやっていないなら自分がやろうという気持ちで始めたという部分もありますね。実際に、真似したいって人が一人現れたのは嬉しいですね。

神田:それから色々、身体を壊して本当に辛かった日々があったときに、たまたまオリヴェラに「あなたが自分の人生で今100%自由な時間があったと仮定した場合、何がやりたいの? 」って聞かれて、「ギャラリーだね」って返したら「私もアート好きだし、今はビジネスの世界にどっぷりいるけど、あなたがそう言うなら手伝うよ、あなた一人じゃうまく行かないだろうし」ってなんか上から目線で言われて。それで一緒にギャラリーをやることになりました。
私が没頭して周りが見えなくてお金使いすぎて会社的に危ない! ってなる可能性が大いにあるから、ビジネススクール出身のオリヴェラはいつもダメ出しして軌道修正してくれています。

鈴木:プライベート美術館でも良さそうですが、ギャラリーという選択をしたことが面白いです。

神田:美術館にした途端に規制が厳しくなるんですよ。非常口の表示やスロープの設置とかね。自由が制限されちゃう感じがしたんです。


鈴木:それで去年の2022年、2月にギャラリーをオープン、もう1年経つんですね。その柿落としが「西治コレクション」展。

  

西治コレクション 3階展示風景 撮影:高橋宗正

[参考]


神田:あの展示はあくまでも「西治コレクション」だったんですが、これからコレクションを展示する場合はギャラリーとしての常設展になるんです。この意味は外側からみたら似てるように思うかも知れませんが、実は全く意味が違います。
ギャラリーを始める前はとにかく欲しいから買うっていう買い方をしていたんですけども、今回の展覧会をきっかけに、コレクターと名乗るのをやめようと考えるようになりました。
今後は次の展覧会に関連する作品、良い展覧会にするために集める、例えばとある近代の画家の作品を買って、梅津さんの作品と並べて、将来的に二つをセットで美術館に納める、そういう風に考えて作品を買うようになりました。

鈴木:「西治コレクション」をやめて軌道を変えようと思ったのはギャラリーを始めてからですか?

神田:そうですが、特に今回の展示が決まってからです。展示の準備を始めるにあたって、方向性が違うなと、売る側と集める側って真反対だよなと思いました。

 


「フェアトレード」展、転換、そして

奥:梅津庸一《死霊がわたしを見ている Ⅱ》(2017) 画像提供:Kanda & Oliveira


ここから梅津庸一さんにも同席してもらいました。

鈴木:今回の「フェアトレード 現代アート産業と製陶業をめぐって」展について、まず梅津さんとの出会いをうかがってもよいですか?

神田:梅津さんの作品《死霊がわたしを見ている II》を2018年のアート・バーゼル香港でURANOさんから買ったのがきっかけです。それを柿落としである「西治コレクション」で展示した時に、梅津さんがオープニングに見に来てくださって、その時に「今後、展示内容が問われますよ」っておっしゃった。ドキッとすると同時に「そうだよな」と思ったんです。

梅津:普通、ギャラリーって小さいところから始めるじゃないですか。レベルアップしていって段々と大きいスペースにしていくのに、神田さんはKOMPASの小室舞さんが手掛けた建物を建てていて。ポケモンで言ったらいきなり最終進化形態からスタートしている。「西治コレクション」展はマッギンレーとか加藤泉さんら大御所の作品があったから、それなりに充実した展示だった一方で、ただコレクションを見せているだけでもあった。それなら「ビューイングルームでよくないか? 」と。当時の Kanda&OliveiraのWebサイトを見ても期待感はぜんぜん持てなかった。これはコレクター、あるいはお金持ちの趣味のギャラリーなのかなって思った。それを率直にコメントしたら、神田さんは「ガーン! 趣味でやってるんじゃないよ! 」という感じになり。もちろん多大なコストをかけているし、覚悟もあって、趣味では無いはず。けれどもこちらには、それが空回っているように見えた。


左側が梅津庸一さん


鈴木:この展示が決まる前から、そういうコミュニケーションがあったんですね。梅津さんから提案する形でスタートしたんですか?

梅津:すでに上田さんとは一緒に展示をする話はあって。展示場所を検討しているうちに「Kanda&Oliveiraでやろう! 」という流れになりました。でも二人展とは別にこのギャラリーで展示するってプランはそれよりも前からなんとなくありました。
二人展が決まってからこのギャラリーをどうしていくかって運営のことも含めて神田さんと幾度となくディスカッションしました。

神田:そうですね。ギャラリーの方向性をどう変えていくかを率直に話し合いました。厳しいこともたくさん言ってもらいました。

梅津:神田さんは信楽に何度も来てくれたんですよ。一緒に信楽の名店「曼陀」で焼肉を食べながら色々話しましたよね。

神田:去年の夏に信楽で開催された梅津さんがキュレーションした「窯業と芸術」を拝見して、その後秋冬にかけて今回の展覧会を準備していく中で急接近しました。

梅津: Kanda&Oliveiraがどういうギャラリーになるかというだけではなく、僕がアートの活動を十数年やってきた中で感じた美術業界の不毛な部分や疑問点を率直に話したり。
例えば芸能事務所みたいに「所属作家」がいて、順番に所属作家らの個展を開催しているだけで「良いエキシビションをやる」っていう基本的な姿勢が感じられないギャラリーが多いという話をしたり。

神田:正攻法で行くのが最短の道のりなのではないか。じゃあ正攻法って何かって言ったら、「良い展覧会をすること」。じゃあ、良い展覧会ってなんだろうって。それを考えようと。

梅津:六本木や天王洲のようなギャラリーが集中している場所から離れた西船橋という立地だからこそ独自路線でやっていけるはず。他と代わり映えしない運営方針、方法論では意味がないのではと。

神田:独自路線か! じゃあ変えるか! って。

梅津:僕はKanda&Oliveiraの所属作家じゃないけど、謎の信頼関係が芽生えてきて。一回一回が真剣勝負というかね。お互いに今回が良かったら次がある、次がよかったらまたその次がある。所属作家だと何もしなくても打順が回ってきてしまう。年に1回だとか、大きいところだと4年に1回くらいのペースで個展をする。そのシステムってそこら中のギャラリーが取り入れているけど、お客さんもアートファンも、もう飽きていると思うんですよ。それって惰性なのではと。作家もギャラリストもアート界の巨大な歯車を回すために、たんに労働者として働いていて、積極的にこれがやりたい!っていう展示はコマーシャルギャラリーだと少なくなってきているように感じている。展覧会評もとても少ない。売って終わり。

神田:そこに私たちの役割がある、そう思っています。展示空間も都心のギャラリーに比べたら広いですからね。


奥が高さ6mの壁 フェアトレード展 展示風景


梅津:広いどころじゃないでしょ! 6mの高さがある壁もあるし。普通に展示しただけだと空間だけ立派だなって感想で終わっちゃう。
だから今回は小室さんの建築に対抗するために什器やインスタレーションの構成をかなり工夫したけど、美的な部分だけじゃなく、制度的な部分もしっかり抑えなければいけないと思って美術業界と陶芸の業界の構造自体も基底面にあるような展示を目指した。それが「フェアトレード」というタイトルにあらわれているかと。
基礎がしっかりしていないと家が建たないように、展覧会も同じで基礎がしっかりしていないと。作家が自由に描いた作品が並んで、ふわふわしたステートメントがついている展示なんてもういいじゃないですか。そして「この作品良いっすよね〜」ってお客さんに説明して、お客さんも「めちゃ良い」とか言って買い、そのエンドレスループ……。
そんなことは他でたくさんやられているから、ここでやる必要はないでしょ? せっかく西船橋まで来てもらうなら鑑賞者に濃い時間を過ごして欲しいじゃないですか! だから妥協のない展覧会づくりを心がけました。


鈴木:このステートメントというか、展覧会の方向みたいなものはお二人で考えたんですか? 
本展ステートメントにもやはり美術業界と陶芸の業界の制度だったり既存のギャラリーに対する疑問が書かれていましたが、どの方面に対してもかなり重い、かなり攻めたメッセージですよね。でもみんな思い当たる節がある気がしていて、それこそ歯車じゃないけど、仕事だから仕方なく決まったことをするとか……この状況を変えなきゃと思っているけど、行動に移せてないな〜って思っている人、いると思うんですよね。

梅津:たしかに、かなり攻めてる。編集者の方にもけっこう好評でした。でも言って終わりではない。ブーメランみたいに自分に返ってくるテキストなんです。

鈴木:ギャラリーとしても問われてきちゃいますからね、次の展覧会も気を抜けない。 

梅津:ぬるい展示は出来ない。今後のギャラリーの在り方にも緊張感を与える。神田さんに対するキラーパスなんだけど、逆に自分にも当たって負傷するかもしれない。

神田:みんな死ぬ可能性もある(笑)

梅津:でも、そういうことを笑って受け入れてくれるのが神田さん。


鈴木:神田さんの中で、この展覧会を始める前と後で変わったことってありますか?

神田:「スキルが上がった」ことに尽きます。今回は什器のパテ埋めを梅津さんに1から教えてもらいながら、外でパープルームメンバーのアランさんたちと一緒に作業を。そういう基礎的な部分を知らなかったので、業者さんに頼んでもしっかりチェックできない。こっちがわからないと、ある程度のところで帰られちゃったりする。自分が一回経験しているのとしていないのとではかなり違うなと思いました。

梅津:神田さんは企画のアイデアもないし、作品の梱包もできないし、パテ埋めも出来ないし、リストもミスだらけだし……もうなんなの! って何度も思ったけど、僕そういう人嫌いじゃないから。
神田さんはオリヴェラさんと信楽にもきてくれて、はじめて挑戦するような手つきで梱包してくれて。普通30分くらいで終わるはずの梱包を3時間以上かけて頑張ってくれました。
でも美術って作家に限らず肉体労働の塊で、それもわからないまま、作品をネット上で画像として処理して、運送業者に梱包して運んでもらって、インストーラーに掛けてもらっているだけじゃ、作品や展覧会がただの情報になってしまう。

梅津:ギャラリストに作品を作れとは言わないけど、それを支える台座とかはせめて綺麗に整えられるスキルは持っていてほしい、自分たちの作品がどういう労力で出来上がっているか知ってもらわないと、それを売ることは出来ないと思います。
アートのきれいな部分だけじゃなくて、手を汚して作っていることを知ってもらいたいんですよね。逆もまた然りで、作る苦しみと運営する苦しみは性質が違う。お互いの事情を認識しあってはじめてコミニュケーションが成り立つ。

 梅津:神田さんは当初、ギャラリー業務の一部を高いお金を払ってアートコンサルタントに任せていたんですよ。その方が業者へ発注もするし、作家とのやりとりもするんだけど、それだと神田さんが一向に仕事を覚えられないんですよね。……というか間に人が入ることでコミュニケーションが全然とれない。業者へのオーダーも余計にコストと時間がかかっていたし。

神田:直接梅津さんと話すようになったら急にスムースになりましたね。

梅津:神田さんは可愛いと思ったところがあって。人生ではじめてパテ埋めをしたものだから、神田さんの携帯が有り得ないくらいパテまみれになっちゃったんですけど、後日その携帯をみんなに見せながら「このパテは僕の勲章なんです」って笑いながら言っていて、ヤバい……って思ったんです。普通だったら「汚れちゃったな」ってすぐきれいにするはずなのに、そういうことを楽しんで笑いながらやってる。それを見たときに信用できるなと思った。そして愛らしいと。

神田:あと梅津さんに言われて、インターンをしてるんです。

梅津:そう! 基本的な作業があまりにも出来ないのは、他のギャラリーで下積みしていないからじゃないかと思って、「もう、早くギャラリーへインターンに行ってくださいよ! 」って言ったんです。そしたら次の日にはもう連絡していてすぐにインターンに行っていて感動しました。だって神田さんギャラリーのオーナーなんだよ?!
僕も、ARATANIURANO時代に先輩作家の展示を手伝ったりする下積みの経験を経てこうしてやっているのに、神田さんはいきなり最終形態のようなギャラリーをオープンして。そりゃさすがに無理でしょという感じだったので。

 

鈴木:私もまだまだ下積み期間で、ギャラリーでインターンして6年くらい経ちます。神田さんはインターンではどのようなことをしていますか?

神田:什器のばらしとか、梱包と設営の手伝いをしたりあとは掃除ですね。でも本当に勉強になるんですよね。

梅津:でもそれってなかなか思えないことですよね。神田さんは社会的にもう成功されていて本来であればインターンにいく必要なんてないのに、ギャラリーをやっていく基礎体力としては絶対にやるべきこととして素直に行ってしまう。安いプライドじゃなくて、もっと高尚な、ほんとの意味でのプライド、気高さが神田さんにはある。だから今回、一緒に仕事をしていると思います。

梅津:本当は僕が神田さんと一緒にやるメリットってあまりない。こんな立派な空間で展示をするのって僕の作家性からしたらむしろ若干マイナスなんだけど、それでも一緒にやるのは素人の神田さんが一緒にやっていくうちにレベルアップしていき、ギャラリーが周りに全くない西船橋が盛り上がって地域にとっての美術館・憩いの場みたいになったら良いなと。ひいては天王洲とか六本木とかのように出来上がってしまっている既存の日本のアートマーケットとは違う動きがここにあることでアート界全体が活性化するきっかけになると思った。神田さんにはそれが出来るんじゃないかなって期待があります。

 


鈴木:タイトルが「アートマーケット」ではなく「アート産業」になっているのはどうしてですか?

 画像提供:Kanda & Oliveira


梅津:そもそも「アート」って言葉自体がすごく曖昧で複雑化しているのに、みんな同じような展示、同じようなWebサイト……そんなことでいいのか? と思ってる。
マーケットだけじゃなくてソーシャリー・エンゲージドアートも、何かを告発して記者会見をするアートも、結局全部数字。SNSのいいねの数、動画の閲覧数、お金、全部数値化してそれを狙っていく。結果的にそういうゲームになっている。それについてもう一度考えたい。どうして作品を作るのかとか、どうして作品を見て心が動くのかとか、そこに立ち返る必要があるんじゃないかと思って。

 

展示会場1階 フェアトレード展 展示風景


鈴木:1階の壁もすごいですよね。高級な吹き付け塗装壁へ塗っちゃっていますよね。非常に思い切ったことをしたなと思いました。

梅津:この建物のことを考えたら現状復帰できない方法だし考えものなんですけど、現状復帰して建物を大事にするよりも使い倒した方がいいだろうと。

神田:ギャラリーなのに建物に遠慮していても仕方ないですからね。

鈴木:美術館はいろいろ規制があるから自由にできないけど、ギャラリーに規制は無いはずでもっと自由で、白い壁のままじゃなくても良いし、現状復帰しなくても良いはずなんですけどね。

梅津:本当はそのはずなんだけどね。僕が砂壁みたいなこの壁を赤くしませんかって言ったら、神田さんは二つ返事で「やりましょう! 」って言ってくれてすぐに塗ることになって。


フェアトレード展前の1階の様子 撮影:Vincent Hecht


神田:梅津さんとアランさん、安藤さんと一緒に壁を塗っていて、途中でアランさんと安藤さんが帰られたので梅津さんと二人で朝まで作業しました。塗り終わったあと作品を展示していたら凄くバチっとハマって嬉しかったです。

梅津:朝方、設営が終わったら「鳥肌が立った! ワイン持ってこよう! 」とか言うギャラリーオーナーには初めて会いました。普通は終わったら「はい、おつかれさま〜」とか言って帰っちゃうじゃない? まさに青春の一ページ感がありました。

神田:だって興奮しちゃったんですよ。この赤い絵具の材料を買いに世界堂にパシリに行ったりとかもしました。世界堂の楽しさを覚えちゃいましたね。おかげで梅津さんは絵具をこうやって調合するのか〜って秘密を知ることが出来ました。吹き付けの壁へ塗った色のムラは実は凄く計算して作り出していて、比重の違う絵具をバケツでどうやって攪拌するか、はじめは濃く塗って、途中で水を加えて薄めていくとか、塗る時間も全部計算してやっているんです。絵具がたまにダマになるんですけど、それもあえて残したり。

梅津:壁は4人で塗ったんですけど、人それぞれ塗り方に特徴があるから、その癖をブレンドしながら、共作のペインティングみたいにして塗っていきました。

 


神田:この塗装した壁に紫の什器がぴたりと合う。それに什器の上にある作品がここへ展示されているのにも背景があるんです。
これら陶の作品はTaka Ishii Galleryの梅津さんの個展で展示された作品。
その個展が終わってすぐに梅津さんから「バラしをしてるんですけど、今なら選びたい放題ですよ、来れますか? 」って電話があった。だから「すぐ行きます! 」ってすぐに車で行きました。そこで良い作品がたくさんあったので今回の展示のために「これもください、あれもください! 」って言っていたら陶作品を40点くらい選んでいました。

梅津:その時は200点くらい作品を展示していたから今回とは雰囲気が全然違っていた。1度見せた作品を再度見せることになるんだけど見せ方を変えている。見せ方を変えるだけで全然違う作品に見えるという展示の醍醐味を忘れていたなと思って、今回は什器も空間に合うように作って、手間をかけて見せ方を練っています。それに陶作品は単体でも十分見応えがあることがわかりますよね。自分で言うなという感じですが。

神田:梅津さんに「来れますか? 」って言われた時、試されてるなと思いました。作品を選ぶ時も、何を選ぶか、目を試されていると思いました。

梅津:まさか40点も選んでくれるとは思わなかったから、この展示用に焼こうと思って信楽に用意していた作品もあったけどそれは無しにして、その分ドローイングに時間を割けたのでそっちは全部新しいのを作ることが出来ました。そんなに選んでくれるのかと嬉しかったです。

 

梅津庸一《クリスタルパレス 》 撮影:今村裕司


梅津庸一《集合と離散 》 撮影:高橋宗正



鈴木:今回はじめて拝見したのですが、上田さんの作品も凄く良いですね。どしりと重そうな感じとか、この質感とか、ひび割れているところとか。神田さんも作品を一緒に運んだりしたんですよね?

神田:男が3人いないと運べない重さなので、撮影のときに手伝いました。それからこのためにハンドリフターを買いました、倉庫会社によくあるやつです。上田さんの作品は好きで1点持っていてオフィスにあるのですが、今回の展示の新作は近年で一番良い出来な気がします。それを展示できることに興奮しています。


手前:上田勇児《無題》 2022  画像提供:Kanda & Oliveira


上田勇児《無題》 2022


神田:この展示を機にコレクターを辞めようと思ったのは、良い展示をすると満たされるんだということに気がついたからなんです。作品を買うっていう物理的な所有欲とはまた別の、良い展覧会を開催する、そして販売してコレクターに持ってもらう、そしていつかコレクターの所有する作品が美術館で展示されたり収められるときに立ち会えるかもしれないというワクワク感を私は求めているのだなと気がついたんですよね。

鈴木:良いですね。今回は神田さんのその楽しさが飛び火して、見にくる人も楽しい展覧会になっているように思います。



鈴木:今後のビジョンなどあればお聞きしたいです。

神田:今回の展示で、美術業界に問いを投げかけて、このような展覧会を開催したので今後は今回と同じ、いやそれ以上に良い展覧会を開催したいと思います。もちろんとてもハードルは高く、ストレスで胃がキリキリしたりお腹が痛くなったりするのですが、それをも乗り越えて、スキルアップして挑み続けたいと思います。今後の展覧会もいくつか決まっており、期待してください。開催の折には是非、西船橋にお越しください! そして、この西船橋から日本のアートを牽引していけるような存在になれるように精進します!




展示概要

フェアトレード 現代アート産業と製陶業をめぐって

撮影:守屋友樹

会期|2023年1月17日(火)〜2月18日(土)
営業時間|13:00〜19:00 
定休日|日曜日・月曜日
主催・会場|Kanda & Oliveira
企画・会場構成|梅津庸一
協力|丸二陶料株式会社、田中優次(株式会社 釉陶)、艸居、陶園、株式会社ブルーアワー、シンリュウ株式会社、ペンション紫香楽、丸倍製陶、大塚オーミ陶業株式会社、株式会社東京スタデオ、株式会社灯工舎、株式会社亀岡配送センター、池田精堂、むら写真事務所、Kanda & Oliveira

https://www.kandaoliveira.com/ja/

会場アクセス
〒273-0031 千葉県船橋市西船 1丁目1番16-2号

東京メトロ東西線、JR総武線各駅停車・武蔵野線 「西船橋」駅北口より、徒歩約12分
西船橋駅北口 05番バス乗り場から2つ目の停留所「浅間神社」にて下車、徒歩1分

 



執筆者 鈴木萌夏
1996年、東京生まれ。東京藝術大学大学院美術研究科 博士後期課程在籍中。女子美術大学アートプロデュース研究領域博士前課程修了。1990年代前半の東京を中心とした現代美術の動向について、主に1990年代初頭に活動していた画廊「レントゲン藝術研究所」の調査・研究を行う。

 



告知

「ギャラリスト座談会 ──アートの未来について」

登壇者
藤城里香(無人島プロダクション)、小山登美夫(小山登美夫ギャラリー)、李沙耶(LEESAYA)、神田雄亮(Kanda & Oliveira)、梅津庸一(パープルームギャラリー)
日時|2023年1月31日 19:00~
会場|Kanda & Oliveira
有観客 ※後日動画配信あり


レビューとレポート