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「六本木クロッシング2022展:往来オーライ!」森美術館 レポート
12月1日(木)から、7回目を迎える六本木クロッシングが『六本木クロッシング2022展:往来オーライ!』として森美術館で開かれている。
同展は、『森美術館が3年に一度、日本の現代アートシーンを総覧する定点観測的な展覧会として、2004年以来共同キュレーション形式で開催してきたシリーズ展』であり、第一回以降、現在進行形の作家やシーンの動向を、領域を横断するような『創造活動の交差点(クロッシング)』として紹介し、さまざまに意欲的な企画を行ってきた。
前回は奇しくもコロナ禍の始まる直前の2019年に開かれたが、その後の三年間、パンデミックを経て社会は大きく変化を遂げた。今回の第7回展『往来オーライ!』(※)は、コロナ禍そのものを対象化するのではなく、日本社会を覆った疫病の影響が人々の意識や社会、文化の関係性をどのように変化させたか、そして、制限された生活をきっかけに顕在化し、再発見されたものは何かを問い、これから先の、人流が回復した未来に向けて、改めて日本における現代美術やクリエーションのあり方を考えるものだという。
選出されたアーティストは1940年代~1990年代生まれまで幅広く、既に国際的に活躍するO JUNや青木野枝、折元立身らベテランから、今後の活躍がさらに期待されるキュンチョメ、SIDE CORE / EVERYDAY HOLIDAY SQUADなどの若手まで22組、作品総数は120点を超える規模だ。
先日まで開催されていた『地球がまわる音を聴く』展に続き、ポスト・コロナを見据えた注目の企画展。11月30日に行われたプレス向け内覧会の様子も交えたレポートを以下に記す。
(※)一見ダジャレと思わせる特徴的なタイトルは、古来より異文化や人々の往来が繰り返された場所だった日本社会の複雑な過去を経て、現在も続く多様な人や文化の共存を再認識しようという意図に加え、パンデミックで途絶えた人々の行き来が取り戻されることを願ってつけられている。
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展覧会を紐解く三つの鍵
本展のキュレーションは、森美術館シニア・キュレーターの近藤健一、天野太郎(東京オペラシティアートギャラリー チーフ・キュレーター)、レーナ・フリッチュ(オックスフォード大学アシュモレアン美術博物館 近現代美術キュレーター)、橋本 梓(国立国際美術館主任研究員)の共同キュレーション形式であり、コロナ禍を起点にすえた議論によって大きく三つのトピックスを設定。それらを軸にして展覧会が構成されている。
設定されたトピックスは以下の三つだ。
新たな視点で身近な事象や生活環境を考える
さまざまな隣人と共に生きる
日本の中の多文化性に光をあてる
各トピックごと、1940年代から90年代生まれまで、年齢横断的(クロッシング)に作家がセレクトされ、新作を含む自作を展示している。キュレーション上の特色としてプレス説明会やツアーで強調されたのが、会場内ではトピックによるセクション分けがされず、各トピックにまたがったり、トピック内で相互に関連し合うような作家も多くいるという点だ。トピックの分け方、そしてトピック立てという方法自体が適切だったか等の評価は観る側に委ねられているが、本記事ではそれぞれのトピック、ないしセレクトされた作家に関して印象的だった部分をごく簡単に紹介し、鑑賞の一助を提供したい。
新たな視点で身近な事象や生活環境を考える
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コロナ禍により、私たちは身近な事象や生活環境をより強く意識するようになりました。これは、東日本大震災を経た日本で自然や環境について関心が高まったことの延長線上にあると言えるでしょう。そんな意識を通じて、私たちは未来を考えることが求められています。
本展では、AKI INOMATAによるビーバーにかじられた木材を基に制作された立体作品シリーズ、コロナ禍での生活環境の変化を起点に奇想天外な未来を志向する市原えつこ、身近な環境を変容させるインスタレーションを発表する玉山拓郎、青木野枝による自然現象に想を得た大型立体作品、竹内公太が福島県の放射能汚染による立入制限区域で撮影した写真を含むインスタレーションなどを紹介します。
一つ目のトピック「新たな視点で身近な事象や生活環境を考える」は、文言を額面通り受け止めた場合、極端な話、殆どのアート作品を当てはめることが可能な曖昧さをもつが、無論本展における「新たな視点」「身近な事象」「生活環境」とはそういった類のものではなく、パンデミックや自然災害によるさまざまな変化を対象にした作家が多く選ばれていた。
プレスリリースで例として挙げられる、市原えつこの《未来SUSHI》は、「未来の寿司」を「ネタ」に、市原が妄想する社会やテクノロジーの変化/進化を具象化するインスタレーション。寿司ロボットが勧める「ポーガンメニュー:プレミアム干し草の寿司」「ウルトラアルティメット筋肉真鯛」「ポーガンメニュー:培養ポーク寿司」等の奇怪な皿とお品書きが、資源枯渇やバイオ技術への醒めた視線を露骨に示し、奇抜さでは群を抜いていた。
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市原の妄想する寿司はロボットとベルトコンベアをはじめとしたオートメーション化を施されているが、コロナ禍で飛躍的にその社会的役割を増し、効率化と自動化の最先端にある物流産業の倉庫で使われる自動搬送ロボットがゆっくりと美術作品の展示と撤去を繰り返す、やんツーの《永続的な一過性》は、その点をさらに突き詰めている。パンデミック下で無人となった場(倉庫)において、意思を持つかの如く、そしてあたかも永続的に動き続けるかのようなキャピタリズムのオートメーション・システムと美術作品の展示を模した行為の重ね合わせは、展示という行為自体が孕む不毛さが示されてもいるようで、ある種の神秘性すら感じさせた。
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無人という点においては、東日本大震災による原発事故の影響で立ち入り制限がかけられた区域内にある施設警備員として働きながら制作された竹内公太の写真作品『エビデンス』と、そこから展開し、パンデミックが国家による市民の統合、または自発的一体化を促す現象に着目した『文書1: 王冠と身体 第3版』は、アポカリプス的な崩壊を連想させる、人間なき世界と自然の関係性を描き続ける猪瀬直哉の絵画作品群と、人間中心主義を鍵に対峙的なあり方を見せていた。
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他方、SIDE CORE / EVERYDAY HOLIDAY SQUADの、夜間工事用照明機材を組み合わせた巨大な立体と映像のインスタレーションは、ギラつく光の基底として使われている複数の電波時計(同期には福島県から来る電波を用いている)や警備用誘導棒によって、より直接的に竹内の作品と響き合っていた。
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展覧会の最後に配された青木野枝の新作とAKI INOMATAの作品も、青木が空に浮かび、さまざまに姿を変える雲から彫刻の形態を引き出す視点と、ビーバーが木を齧った痕跡そのものをもとに人間と機械で複製するINOMATAの着眼点は、人の手、人の思いつく形態以外の可能性という点で、響き合っていた。
※ちなみに、キュレーションを担当した一人、森美術館の近藤がプレスツアーで語ったところによれば、青木の作品にあらわれる、日々変転する雲の動きや形に、コロナ禍から人流が回復した後の未来を見出してみたい、との希望で最後に置かれたのだという。
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さまざまな隣人と共に生きる
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いま、遠隔のコミュニケーションにより働き方の選択肢が増えたり、多拠点生活が可能になっています。このようにコロナ禍がもたらした変化は、個々人の属性や家庭環境、社会的状況によりさまざまであり、多様な隣人がいることに気づかされました。
本展では、変わりゆく世界を見つめながら、さまざまな隣人たちを描くO JUNの絵画、失踪していた伯母と再会し、その後の姿を撮影し続けた金川晋吾によるポートレート写真、キュンチョメによるトランスジェンダーを主題とした映像作品などを紹介します。「ダイバーシティ」や「LGBTQ+」という言葉を意識した取り組みが加速度的に増える一方で、そうした言葉の影に隠されてしまうもっと見えにくい差異も含めて、さまざまな人たちが共に暮らす今日の社会の姿を考察します。
最初のトピックが(身近な、と付されてはいたものの)社会やシステム、自然などのマクロな変貌を対象化する作家が多かったのに比べ、『さまざまな隣人』との共生を掲げるこのトピックでは、よりパーソナルな主題や、家族を含めた身近な他者との関係性にフォーカスした作家が目立っていた。
新聞記事で知った印象的な「街」の事件などを肖像や風景の形で描いたO JUNの『絵と街の群れ』シリーズの新作、金川晋吾による、行方不明だった認知症の伯母との関係性を新たに構築する一群のポートレート、様々な国の高齢女性たちにランチをふるまう折元立身のパフォーマンス「おばあさんのランチ」プロジェクト、友人や家族に手書きをしてもらった「LOVE」の文字から作ったネオンサインを描く写実絵画シリーズを展示する横山奈美、営んでいたスナックをコロナ禍で閉店した女性の独白映像を中心に構成された松田修のインスタレーション、そして、生まれた性とは違う性に変わることを選んだトランスジェンダーの人々と共に、新たな名前を寿ぐ絶叫を感動的なエンパワメントとして聞かせるキュンチョメ。それぞれがそれぞれに、一様ではない、「さまざまな隣人」との関係性を創作の手がかりにしていた。
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日本の中の多文化性に光をあてる
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コロナ禍で海外からの人流が途絶えたにもかかわらず、海外にルーツを持ちつつ日本で生活している人たちの姿を日常的に目にします。インバウンド・ブームの陰で見えにくくなっていた、この国には多様な民族が共生しているという事実がより見えやすくなったといえるでしょう。顧みれば現在の日本は、アイヌや沖縄の人々、中国系、コリア系といったさまざまな民族が、政治的変化や複雑な歴史を経て共に暮らす場となっています。昨今、世界中で民族・文化的に周縁とされてきたものに対する再評価の動きがあるなかで、連綿と続いてきた日本の中の文化的多様性に光をあて、新しい時代を共に考える必然性があるのではないでしょうか?
本展では、池田宏によるアイヌの人々を主題とした映像インスタレーション、住み慣れた場所を離れる最後の時間を撮影した石内都の写真作品、海路による人々の往来を主題にテキスタイルで物語を紡ぎ出す呉夏枝や潘逸舟による移住・移転をテーマにした作品、石垣克子と伊波リンダという沖縄出身のアーティストによる作品などを紹介します。
三つのトピックスのうち、このトピックの存在がもっとも今回の『往来オーライ!』を特徴づけると言えるだろう。後述するが、プレス説明会で森美術館館長の片岡真実が、現在、そして今後のグローバルなアートシーンにおける喫緊の二大課題は「ダイバーシティとサステナビリティ」であり、『往来オーライ!』は日本側の立ち位置からの応答だと述べている。
自らのルーツを主題化する呉夏枝(在日コリアン三世)と潘逸舟(幼少時に上海から青森へ移住)、北海道開拓にかかわるリサーチを基に制作した作品を展示する進藤冬華(※)、沖縄出身で、基地のある風景をモチーフに取り入れる石垣克子や同地の移民の歴史を追う伊波リンダなどの作家の選定は、『日本の中の多民族・多文化性』という観点を強く反映させている。
東京のシーンを中心に、先鋭的と見做される若手をピックアップしていたような時期から比べれば、非常に大きな変化だ。
それらは個別にとてもセンシティブな問題を抱えていることもあり、政治的に偏っているとか、文化的な搾取だとかの否定的な見解が常にあり、今回もそうした声は聞かれるだろう。(現に、2008年から北海道に通ってアイヌの人々を撮影し続けている池田宏の写真(※)には、ポートレートとしての迫真性、濃密さが高く評価される半面、植民地主義的な点に無自覚だとの激しい批判が一部にある)
とはいえ、公共性の高い美術館はグローバルな課題とされるテーマに向き合う必要がある。どういったスタンスをとるにせよ、無視はできない。その意味で『往来オーライ』の切り口、試みは評価できるものだと、筆者個人としては感じた。
(※)撮影が不許可だったため、進藤作品、池田作品の 展示風景は不掲載。
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プレスツアーと説明会
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30日は10時30分と13時からの2回、同時開催のMAMコレクション 016、MAMスクリーン 017、MAMプロジェクトト 030×MAMデジタルも含めて1時間ほどレクチャー・ツアーが実施され、同時開催プログラムを除いて、いずれの回もシニア・キュレーターの近藤健一がレクチャーを担当していた。
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11時30分からはプレスを集めたレクチャーが開かれ、館長の片岡真実はじめ、キュレーションを担当した近藤健一、レーナ・フリッチュ、橋本梓、天野太郎の四人が登壇。それぞれが鍵となるトピックについて解説した。レーナ・フリッチュは「新たな視点で身近な事象や生活環境を考える」、橋本梓は「さまざまな隣人と共に生きる」、天野太郎は「日本の中の多文化性に光をあてる」を担当し、近藤が総括的なコメントを述べていた。
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一通り解説が終わったあとは質疑が行われたが、印象的だったのは、最後に共同通信の記者が館長の片岡とキュレーターのフリッチュに対して投げかけた「国際的な現代アートの潮流と現在の日本の動向はどのような差異があるのか?また、違いがある場合は日本はその潮流にあわせていくのか?」との質問に対し、二人が微妙に異なるニュアンスで応えていたことだ。
前項でも既述の通り、片岡は近年、グローバルなアートシーンでは一つの文化の中に多様なパースペクティブを見出すことが重視されており、具体的な喫緊の課題として「ダイバーシティとサステナビリティ」があるため、今回の『往来オーライ!』も日本からの応答という側面を持つと述べたが、フリッチュはその重要性を認めつつも、松田修や青木千絵の作品を例に引きつつ、日本独自の造形的、文化的文脈の現れが混在する面白さの方を強調していた。
この辺りの論点も、鑑賞する際に各人が意識して各々なりの判断を下してみると良いのではないだろうか。
ミュージアムショップ
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ミュージアムショップには今回も各作家の著作や写真集が書籍棚に並べられ、Tシャツ、バッジなどのグッズが置かれている。瑣末ではあるが、今回、バッジやTシャツのファッションアイテム的な完成度は高く、日常での使用も可能だと感じた。(とりわけバッジはフォントの配置とカラーのバランスがよい)
MAMコレクション 016: 自然を瞑想する―久門剛史、ポー・ポー、梅津庸一
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「瞑想(メディテーション)」の語源はラテン語の「メディタリ」といわれ、想うこと、熟慮すること、癒すことを意味します。本展「自然を瞑想する」では、心を静めて意識を集中させ、瞑想するように自然と対峙することで見出された抽象表現を紹介します。本展で紹介するアーティストたちは、自然をその姿のまま描写するのではなく、哲学や精神世界、あるいは、自身の想像を映しだす鏡として見つめることで、豊かな表現を創り出しています。
『往来オーライ!』と同時開催の『MAMコレクション 016』では、『自然を瞑想する』と題し、久門剛史、ポー・ポー、梅津庸一作品による小企画展示 が行われていた。担当したのは森美術館アソシエイト・キュレーターの德山拓一で、梅津の絵画のうち1点は今年新しくコレクションとして収蔵された作品となる。
三者がそれぞれ自然と向き合い、対峙しながら作り上げた抽象表現を展示しており、小規模ながら見ごたえのある内容だ。
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ミャンマーを代表するコンセプチュアル・アーティスト、ポー・ポーの作品は、仏教の教説における思想体系アビダルマの中で、世界を構成する五つの要素とされる地・水・火・風・空を表現した絵画で、1985年に描かれた初期の代表作だという。
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他方、梅津の絵画《湖心》《夜のしじま》は、湖や夜を抽象的に描いたものだが、梅津がこれまでに影響を受けたさまざまな様式(日本の近代洋画やジグマール・ポルケ等)、そして水彩、油彩、ペンなど複数の手法が取り入れられ、彼が以前から提唱する「新しい絵画はどのように可能か」という活動の実践となっている。
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久門剛史の《クォオンタイズーチェンマイでの対話》は、2018年の「MAMプロジェクト025:アピチャッポン・ウィーラセタクン+久門剛史」でアピチャッポンとコラボレーションした映像インスタレーション《シンクロニシティ》を、久門の作品のみで(※)、はじめて単体のインスタレーションとして展示する。
空間には音響処理を施された動物や虫の鳴き声が響き渡り、アルミのパネルが貼られた壁の前に積まれた電球がギラギラと光っている。それらは《シンクロニシティ》を制作するために訪れた、チェンマイのジャングルに満ちた「気配」を、東京でも再現しようと試みたものなのだという。取材時は明るい昼間だったが、夜の六本木ではどのような空間が立ち現れるのか、想像を逞しくさせる作品だった。
※当時、森美術館が《シンクロニシティ》を購入するにあたり、二人の作品それぞれ単体で個別に展示できる、という条件が追加されたのだという。
撮影:東間嶺 / RAY THOMA
会期:2022.12.1(木)~ 2023.3.26(日) 会期中無休
開館時間:10:00~22:00
※会期中の火曜日は17:00まで。ただし12月6日(火)は16:00、1月3日(火)・3月21日(火・祝)は22:00まで。12月17日(土)は17:00まで。
※最終入館は閉館時間の30分前まで
場所:森美術館(六本木ヒルズ森タワー53階)
事前予約制(日時指定券)→専用サイト
※当日、日時指定枠に空きがある場合は予約無しで入館可能
WEBサイト
https://www.mori.art.museum/jp/exhibitions/roppongicrossing2022/index.html
取材・執筆・撮影:東間 嶺
美術家、非正規労働者、施設管理者。
1982年東京生まれ。多摩美術大学大学院在学中に小説を書き始めたが、2011年の震災を機に、イメージと言葉の融合的表現を思考/志向しはじめ、以降シャシン(Photo)とヒヒョー(Critic)とショーセツ(Novel)のmelting pot的な表現を探求/制作している。2012年4月、WEB批評空間『エン-ソフ/En-Soph』を立ち上げ、以後、編集管理人。2021年3月、町田の外れにアーティスト・ラン・スペース『ナミイタ-Nami Ita』をオープンし、ディレクター/管理人。2021年9月、「引込線│Hikikomisen Platform」立ち上げメンバー。
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