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乾いた粘土が焼かれたら ― 穴が開くほどみた!梅津庸一個展「緑色の太陽とレンコン状の月」 ―
ソリッドな空間で出迎えてくれたのはさながら魑魅魍魎の百鬼夜行かパレードか。ギャラリー中央を湾曲しながら大きく横たわる花粉色の什器台には奇妙な造形が立ち並んでいた。
本記事では2022年9月10日(土)から10月8日(土)にタカ・イシイギャラリーにて開催された、梅津庸一「緑色の太陽とレンコン状の月」を振り返る。
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ギャラリーに足を踏み入れるとその作品点数にまず圧倒される。本展では陶芸作品160点、ドローイング作品28点、陶板作品9点が並べられていた。それら全ては2022年4月以降、3~4ヶ月の間で制作されたものの一部だ。そのどれもが無数の色彩を纏い佇んでいた。
鑑賞者は黄色い什器台に沿ってぐるぐると見てまわる。何百点もの作品を見るのは普通疲れるものだが、陶芸作品においては一つの群にされていたことでそれを感じさせなかった。
一つ一つを眺めてみても見きれないからもう一周、「これ、あっちの作品と似てたかも」と探し回ってまた一周……。
本展開催より1~2ヶ月前、滋賀県甲賀市信楽町にて、一人芸術祭と称した梅津庸一による「窯業と芸術」(2022年7月16日(土)〜8月3日(水))がおこなわれていた。そこでは間借りして作業場としている製陶所の倉庫「丸倍(まるます)の自習室」で、最終工程として焼く前の陶芸作品たちを見ることができた。それは「濡れた粘土が乾くまで」と題された展示であったが、さながら「乾いた粘土が焼かれたら」ともいえるお披露目会が本展であった。
まずは、本展の前身ともいえる「窯業と芸術」にも触れていく。
「窯業と芸術」
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筆者が「窯業と芸術」に赴いたのは会期2日目の2022年7月中旬のことだった。会場がある信楽町へ向かう主なルートは新幹線で京都駅、そこから在来線で滋賀県草津駅、貴生川駅と乗り継ぎ、最後に単線ローカル列車の信楽高原鐵道に乗って森の中を進むこと5駅、終点の信楽駅へ到着する。ホームにはずらりと大小のたぬき達がひしめき合っていて、駅前には高さ5.3mもある大たぬき像がマスクを着用しながら出迎えてくれていた。レンタサイクルを借りて各展示会場をまわったのだが、道すがら至るところにたぬきや火鉢といったやきものが大量に置かれてはいたが、裏腹に人影はほとんどない町だった。
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そもそも梅津氏が本格的に陶芸を始めることになったきっかけとは。
梅津氏は2019年頃からのコロナ禍において、人が集まることが制限されたことに加え、相次ぐ日本のアートコレクティブの解散、大いに期待し自身がパープルームとして参加もした美術評論家 椹木野衣企画・監修の「平成美術:うたかたと瓦礫 1989-2019」展が失敗に終わったと感じたことから、これまでの活動基盤が地盤沈下したような喪失感を覚えたという。何に向けて頑張ればよいのか……とこれまでのように活動していくことが困難になってしまい、低下したモチベーションのなか踏み込んだのが陶芸の世界だった。
知り合いが一人もいない信楽へ活動拠点を設けたことを梅津氏は「疎開」と言い表している。文字通り足取りを辿れば、なるほど言い得て妙、喧騒から離れ田舎にやって来た実感が強く湧くのであった。
(※このあたりの事情について詳しくは参考文献記載の『ゲンロン』14号掲載テキストを参照されたい。梅津氏本人が「近年稀にみる気が確かな文章」と自負するほどに濃厚且つ分かりやすく、近年の活動状況について非常に理解が深まる。そしてなんと雑誌表紙は梅津氏によるうさちゃんのドローイングとなっている🐇)
さて先述の通り、「窯業と芸術」では梅津氏は自身の作業場を展示会場の一つとしていた。「丸倍の自習室」である。
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そこは簡易な作業机と椅子と物置棚があるだけの空調設備も整っていない倉庫で、訪問した当時は真夏なこともあり非常に暑く、冬になれば寒さも厳しかろうと容易に想像できる場所だった。作陶中は手が土で汚れるのでパソコンやスマートフォンを触ることもできない。梅津氏はここで独り隔絶された身となることを選び、冷たく重い粘土とのコミュニケーションを楽しんだり苦しんだりしていたのだろう。
作業場には制作の最終工程である本焼き前のナマの陶芸作品が乾燥のために棚に並べられていた。作家の作業場を訪問できるだけでなく、未完成の状態の作品をまじまじと見ることができる機会などファンにとっては興奮禁じ得ない。穴が開くほど見させて頂いた。レンコン状の月の孔の一つは私が開けたと言っても過言ではない。(過言)
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そしてこれら作品の焼き上げられた姿が六本木でお目見えしたのである。見覚えのある造形たちに「ああ君!綺麗になったねえ」と声をかけたくなるような再会の喜びがあった。
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他の焼成前後の写真は本記事の最後に掲載する。
ちなみに「丸倍の自習室」では梅津氏に話を伺いながら見学することができたので、「別の展示会場のgallery KOHARAで見た、白い砂糖がかかったような黄色い瓦みたいな作品だけ、どう作っているか想像つかなかったんですよね」と話したところ、
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「ああそれは……今作りましょうか」と、なんと目の前で作陶してみせて下さった。
日頃からギャラリーでの手厚い接客や作品解説、パープルームギャラリーに来たお客さんには隣のみどり寿司[1]でのネタのおすすめまで行うなどサービス精神旺盛な梅津氏ではあるが、こんなことがあろうとは。以下がその様子と出来上がった作品である。
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まるで粘土にドローイングをしているような手つき。
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濡れた粘土を触るぴちゃっぴちゃっという音、土埃でざらつく床とシューズがこすれる音、そして窓から聞こえ続けるアブラゼミやヒグラシや鳥たちの声が工房に響いていた。
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写真左の作品を(★)、写真右の作品を(☆)とする。この時点ではヘルメットくらいの大きさだった。仕上がった作品は以下である。
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写真右《干からびたドーム》2022(☆)
粘土は乾燥させ焼くと15%ほど縮む。その違いも感じられた。ちなみにこれらの作品はあえて粘土らしい凹凸を残して作為的になりすぎないようにしているとのこと。
陶芸作品のすがた
「緑色の太陽とレンコン状の月」に話を戻そう。まずは陶芸作品について見ていきたい。
梅津氏は器は作らない。いわゆるオブジェとしての陶芸をおこなっている。
梅津氏の脳内だけから生まれるこれらの造形は何に見えても良いとのことだった。会場で隣にいたマダムたちが「これは○○かしらねえ」「○○にも見えない?」と楽しそうにおしゃべりしていたことを思い出す。
アート作品を見ると「これはなにを表しているんだろうか。きっと深い意味が込められているに違いない……」と構えてしまいがちだ。そして結局分からなかったり作家の意図と違うと感じたりすると「やっぱりアートって難しい」と、モヤモヤが不快感として残ってしまったり理解できない自分を認めたくないので壁を作ってしまったりする。
しかし単純に、不思議な形だなとか、色が綺麗だなとか、こんなに作るなんて狂ってるわとかいいながら見るだけでも楽しいと思う。
ねっとりとぎらつく色の混ざりが妖艶で見ていて飽きなかったもの
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オパールの遊色効果を想起させる。
遊びゴコロが生んだ公園の遊具に見えたもの
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緑のネットは細く不安定で崩壊させずに焼き上げるのも難しそう。梅津氏の場合崩れても作り続けるようだが。
小さくなってここを走り回り遊んでみたくなる
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中央左寄り《遊具》2022
右《粘菌状の構造物》2022
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右手前《海洋資源》2022
夢中になって遅くまで遊んでいたら月がのぼってきたようだ。
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右手前《ボトルメールシップ》 2022 部分
中央の奥《レンコン状の月》2022
海に着いた
サンゴ礁とふね
沖に浮かぶボトルメール
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中央《プレッツェルシップ》2022
右の奥《ボトルメールシップ》2022
本展ではシリーズ化作品として《レンコン状の月》《ボトルメールシップ》、新たに《水玉劇場》《ビルボード》《sleep in the sky》などが並んでいた。信楽で活動する前から作っていた最初期の作品で自画像的な意味を持つ《花粉濾し器》《パームツリー》はお休みだった。
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溶けて流れ出たガラス溜まりが美しい。繰り返しヒビを修繕したり、窯の中で作品以外の箇所にガラスが漏れ出ないよう対策したりとお世話が大変だそうだが、きっとひときわ焼き上がりが楽しみなシリーズ。
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水玉はドローイング作品によく見られる。
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信楽にある、川のほとりに並んだ広告看板が着想元だという。
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なお、YouTubeチャンネル「パープルームTV」では本展関連動画が10本アップロードされている(本記事掲載時点)。その中で梅津氏と対談した東京国立近代美術館学芸員 花井久穂氏は、《花粉濾し器》が展示されていないのは信楽での作陶が過酷な労働であったため大人になった=蒙古斑の形を模している《花粉濾し器》は除外したのでは、という見解を述べていてこちらも非常に興味深い。
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【パープルームTV】第162回 特別対談 第二弾 梅津庸一×花井久穂(東京国立近代美術館学芸員)「窯業と芸術、それから民藝の話」Part2
https://youtu.be/xrvUvPB8HHM?si=otQmDvojlvqyp1yQ
また梅津氏の陶芸作品においては残る素地からこねた指の跡、押し潰された指紋が確認でき、全てが本人によって作られたという証明を強調するようでありながら、止まることのない手作業から生まれたことをより切実に浮かび上がらせてもいる。
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現代美術作家が陶芸を選択する理由の一つには、手仕事のぬくもりや素朴さに惹かれ、そういった表現を取り込みたいという思いがあるのではないか。しかし一部の作家は自らの手で作るのではなく、現地の陶工や窯業の製陶所に作業を依頼(発注)しているようだ。アイデアやデザインは作家本人のものだとしても実際に手を動かしたのは依頼を受けた陶工。梅津氏が作品に残す手の跡は、そうした実状に対するアンチテーゼにも見えた。
……という私見を梅津氏に述べたところ、以下の話を伺うことができた。
「僕の場合はそれがアンチテーゼという部分もあるけど、もしかしたら自分もそういうことをしている可能性もあるという複雑な思いで見ています。自分は手作りで作りますけど、でも結局全部一人で作るっていうことは不可能で、製陶所で焼いてもらうときとか、そもそも粘土を誰が作ってるのかとか、今まで無意識的に僕が作っているんだと思っていたものが、いろんな人の手を介しているということに気が付いたところもあるので、単純なアンチだけではないですね。アンチもありつつ、そういうところを意識し直したというか。」(梅津氏談)
なるほど。粘土は自然の物という印象が強いが、そこらへんの山の土を勝手に採って水と練ってもまともに使えないはずだ。粘土は、管理している里山などからやきものに使える原土を採取し、乾燥、粉砕、水に濾すといった作業で精製し、冷暗所でねかせてバクテリアを繁殖させることでさらに粘り気を出して完成させる。それを生業とする人がいる。長年研究している企業がある。実際に信楽では、枯渇しつつある信楽産の粘土を補うため、記録されている粘土の組成データから「信楽の粘土」が作り出されてもいるようだ。また、粘土を成形し乾燥させた後には焼くための窯が必要になる。窯には、薪で焼く窯や、ガス窯、電気窯などの種類がある。個人で用意できる家庭用電気窯も存在するが、梅津氏のように制作点数が多い場合には業務用サイズでないと間に合わない。ちなみに他の窯業地に比べ信楽は、粘土の特徴から風呂桶などの大物が作りやすい。つまり大きな陶磁器を焼ける窯があるということだ。それは例えば規格外のサイズの芸術作品を作るのにもうってつけである。
梅津氏は実際に信楽に滞在し、現地の製陶所や原材料の製造販売企業などといった窯業に従事する人々のもとを直接訪れ、自ら交渉しながら工房や設備を借り、教わりながら材料を手にしていった。そうして実情を見聞きしていく中で、作家が行う美術の営みはさらに大きな産業構造に下支えされているということを身をもって実感したようだった。
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手前の大きな壷は高さ116cm 胴径92cmもある。
土を捏ねて形を作り火で焼いて仕上げるという行為は、人類の歴史の早い頃から休みなく繰り返され続けてきた。祭器、埴輪、茶道具、湯呑み……我々の生活に根差し寄り添い文化を紡いできた。そのスケールで見てみれば「美術品」としてのやきものが確立されたのはほんの最近のことではなかろうか。「美術」という概念が明治時代に西洋から入ってきたことで、「工芸」「民芸」などその価値を低く見られるようになった分野があるとしても、こんにち美術作家が美術品としてやきものを作ることができるのは、紛れもなく名もなき陶工たちによる知恵と技術の継承、そしてそれを蓄えながらやきものの生産に従事し続ける窯業という地盤のおかげなのである。
梅津氏は信楽での作陶の日々を過酷な労働だと語っている。例えば作品を焼き上げるときの窯詰めの作業は、長年の使用により歪んだ棚板をジェンガのごとき慎重さで水平に重ねながら、熱伝導を考慮してできる限り多くの作品を効率よく並べ、転倒の可能性に細心の注意を払いながら、失敗すると数十から百点の作品が損失するという緊張感と共に、台車に全体重をかけて押し入れる。(作陶が過酷な労働となっているのは、単純に傾斜面が多いのがやきものの町の特徴であるのに対し、梅津氏が車も運転免許も持っておらず何十キロもある粘土を徒歩で運ぶなどしていることも大きな要因に思えるが……) やきものを作るというのは体力的に大変な作業も多いようだ。
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手の跡を残しながら生み出し続けた大量の作品は、ある種個人で「量産」しているようにも筆者には見えていた。「量産」とは同一規格の製品を大量に生産することであるが、本展に並ぶ作品は、似た形状の作品はあっても同一規格とまでは言えないし、意図して大量に作られたとも言えないものの、短期間に制作されたというこの作品点数を前にするとそう思わざるを得ない。それは、火鉢や傘立てなど日用品の量産を、完全な機械化ではなく職人たちの手によっておこなってきた町、信楽、ひいては陶工やそこに従事する人々に対するリスペクトにも見えたのだった。
こうして梅津氏がこれまでにおこなってきた美術制度批判を含む作品づくりを一度手放したことで得られた美術のインフラへの眼差しは、「つくるとは何か」という根源的な問いに向き合っていくことにもなり、本展以降も重要な基軸となっていく。
釉について
会場で「信楽焼の要素をどこに残しているんですか」と伺ったところ梅津氏は「全く無いです」と言い切っていた。作品に信楽焼の技術やテイストを取り入れることが本質ではなかった。
そもそも信楽焼の特徴とは、釉薬(ゆうやく)をかけずに焼き締めることで現れる赤い火色や長石の白い粒などによる、土そのものを思わせる肌である。
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確かに梅津作品とは全く異なる。[3]
ちなみに本展よりちょうど1年ほど前にワタリウム美術館で開催された梅津庸一展「ポリネーター」(2021年9月16日(木)〜2022年1月16日(日))で、143点をひと組とした《黄昏の街》という陶芸作品が発表されているが、その色合いに注目してほしい。
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この頃に比べると本展に並んだ陶芸作品はググッと彩度が上がり色幅が広がったことが一目で分かるだろう。
梅津氏は信楽へ単身で乗り込んでからというもの、自身の脚で地元の企業に赴き様々なコミュニティで人間関係を築いた。その中で陶磁器用釉薬の製造販売を手掛ける株式会社 釉陶へ依頼し、灰をベースにした「流紋釉」のバリエーションとして「梅流紋釉」というオリジナル調合の釉薬を数十種類特注している。
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梅津氏曰く「2回に分けてオーダーしており全部で約40種類です。色の名前に((株)釉陶の)田中社長のこだわりが伺えます。ロココアンドラベンダー、ドラゴンアイなど一見どんな色か分からないネーミングでとても愛着があります。梅津作品に合わせてかなり微妙な調色がなされています。」とのこと。
実際に「梅流紋釉」の調合をおこなった田中氏にも当時のことを伺ったところ、ネーミングについては「その人向けの専用感を出してあげたかったのと、響きが良かったので直感的に。」、釉薬を特注するにあたり意識したことについては「繊細かつ複雑な色を出すための細やかな配合比で組み立てたことと、通常の加工工程ではしないような顔料の混ぜ方(あえて擦り込まず混ぜるだけ)なども試みました。」とのことだった。[4]
中国伝来の海鼠釉(なまこゆう)や辰砂釉(しんしゃゆう)といったあまりにも伝統的な釉薬と、梅津氏オリジナルとして新たに作られた釉薬が混ざり合って「いかにもやきものらしいだけ」でも「ポップで軽やかなだけ」でもない絶妙な表情を生んでいたのだ。
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信楽の火鉢によく使用される青い海鼠釉をメインに使っている
「わりとシンプルに海鼠釉とか赤萩釉とかを使ったりもします。逆に顔料の絵の具みたいな海外のやつをそのまま使ったり」(梅津氏談)
色幅を広げたというのはこれまでの絵画・ドローイング作品に色調を近づける試みにも思え、平面作品を立体作品に起こしたらこうなった、というようにも見える。しかし実際には施釉の条件や焼成時の炎の性質により発色は異なってしまうようだ。[5]
反射するドローイング作品
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紙のキワまで画面いっぱいに描き込まれている。梅津氏のドローイングの大きな特徴である。梅津氏はトークにおいても物凄い情報量を盛り込んでとめどなく話すし、何にしてもアウトプットのエネルギーが常軌を逸している印象があるが、それが可視化されたようである。
本展でひときわ目を引く存在であったのは、本展の名を冠した3点ひと組183cm×115.2cmの大型ドローイング作品《緑色の太陽とレンコン状の月》(2022)であった。
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(※筆者撮影の写真だが、作品が大きい&熱心に寄って撮るあまり湾曲して写ってしまっているのは臨場感があるということでご容赦頂きたい。)
見上げながら絵具の垂れや混ざりを追ううちに、なんだか陶芸の風合いを思わせることに気付く。
YouTubeチャンネル「パープルームTV」本展関連動画内で、本作品の前に立った梅津氏はこう解説する。
「河井寬次郎の辰砂釉の緑と小豆色になる境目とかをこういう形で引き出してきたりとか。普通の絵の具だと小豆色とエメラルドグリーンてすごく遠い色相なんですけど、(陶芸をやると)この緑と小豆色っていうのが同じ銅の化学反応で。よく河井寬次郎のお茶碗とかでもこういう小豆色から緑になるこういう表情の辰砂釉の器とかも結構多くあって、そういう陶芸を通して知った、銅の色がこの色とかそういう陶芸カラー、陶芸のカラーパレットが結構僕のなかで内面化されて結構それで描いた絵画たちでもあって。それが奇しくもそのカラーリングが僕がもともと好む作家たちのゴーギャンっぽい色の……(中略)クレーとかもそうですけど何か通ずるところがあるなっていうのを今ぼんやりと制作を通して思っているところで。(中略)釉薬(の)経験がすごく生きている作品だと思います。」(括弧内筆者)
https://youtu.be/Y3R5u9BmskM?si=TPt8NITFM0ZZZE7F
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影響し反射し合う平面・立体それぞれの作品が一堂に会しているのが本展の見どころだったといえよう。
合流点としての陶板
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右《月の裏の風情》2022
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最後は陶板作品についてである。
陶板の制作は全て大塚オーミ陶業株式会社 信楽工場でおこなわれた。大塚オーミ陶業は世界的名画や文化財の複製をやきものによって手掛ける企業であり、徳島県の大塚国際美術館には1000点以上の陶板を寄せていたり、80年代には横尾忠則、ロバート・ラウシェンバーグなど多くの作家とプロジェクトを共にしたりしている。
梅津氏が陶板に辿り着いた経緯は、信楽に滞在しひとりで黙々と作るだけでなくあらゆる施設や陶芸材料メーカーなどへ赴き話を聞く中で大塚オーミ陶業の存在を知ったことに始まった。そして自らアポイントをとって伺い、そのままタイトな制作スケジュールが決まっていったという。
「顔料と釉薬両方あって、大塚オーミって1100度くらいまでしか上がらないので釉薬が溶けないんですよ。何回も通すことによって本当は1200度必要なものがかろうじて溶けて発色するっていう。」(梅津氏談)
陶板制作には、大塚オーミが開発した焼成前後であまり色が変わらない顔料と、持ち込んだ陶芸の釉薬を使用したそうだ。
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「でもやっぱりいつもの陶芸ほど色がちゃんと出てくれなかったりして。温度が足りないので。ある意味陶板の方が、いわゆる大塚オーミの近代化した窯業の技術と、前近代的な本当に昔からある釉薬が混ざり合っているので、こっちのほうがコンセプトとしては面白いと僕は思います。あと自分が普段描いているドローイングとも近いので。梅津という個人の画家としての資質と、前近代的な釉薬の焼かないと色が出ないやつと、大塚オーミが開発した焼く前と焼いた後でそんなに色が変わらない顔料が混じり合っているので」(梅津氏談)
陶芸ともドローイングとも違った色調だと感じたのはそのためであったか。
絵の具のように手軽に好きに選べるわけでもなく、持ち込んだ釉薬が思い通りの発色をするとも限らない。
「ただその制約が面白かったということでもあります。陶板の場合はやっぱり、”ドローイングで得た経験をやろうとするけど、いろいろな制約でズレる”という感じですね。」(梅津氏談)
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何故だか筆者は梅津氏の陶板作品がどうにも好きで、泣いちゃいそうになるくらい胸を打たれる。
以前「ポリネーター」を終えた直後に新作ドローイングのみで開催された個展「ニュー・ロマンサー」(2022年1月22日(土)~2月6日(日))に伺った際、展示されたドローイングを見ながらこのようなことを話して下さった。それは「絵の具は粒子であり、紙への浸透度や乾燥時間の操作を試すことで画面内に奥行きを出している。いまが一番、やりたかったことをやれてるのかもしれない。」という旨の話だった。
絵の具、画材を粒子のレベルに分解させたり、他の種類のものと近づけて擬態させたりといった工学的なアプローチにもともと強い興味があったようだ。その点で言うと、粘土や釉薬という原料そのものに近い素材を扱う陶芸にのめり込んでいったのもうなずける。そしてそのどちらもを同時に実現しているのが陶板作品であろう。尚且つ、美術作家が絵付けをするための土の板は企業の研究努力によって生産される、寸法精度よく、反りのないものであり、ここでも美術作家と産業の構図が浮かび上がってくる。こういった、梅津氏が重視する様々な要素の合流点に位置しているのが陶板作品なのではないか。陶板の上で起こっている、垂れかかる顔料の分離を見るとロマンを感じずにはいられない。
梅津氏による陶板作品は、未発表作品も実はまだ数十点あると聞いている。
焼成前後の写真
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謝辞
本記事の執筆にあたり、インタビューにご協力頂いた梅津庸一氏、株式会社釉陶 代表 田中優次氏に心より感謝申し上げます。
注記
[1]みどり寿司とは、神奈川県相模原市にあるパープルームギャラリーの隣の建物に入っている寿司屋で、パープルームメンバーのX(旧Twitter)やYouTube動画では頻繁に寿司ネタ写真や大将が紹介されている。筆者も何度か訪れているが、旨い。(2024年1月現在、パープルームギャラリーは建物の老朽化のためほどなく東京都立川市へ移転することが決定している)
[2]甲賀市信楽伝統産業会館「信楽焼ミュージアム」へ掲載許可確認済み。
[3]ここで述べた信楽焼の特徴について、そればかりでないと、甲賀市信楽伝統産業会館 館長の川澄氏は言う。「たしかに鎌倉から安土桃山期の古信楽や1970年以降の古信楽写しは無釉ですが、江戸期から現在までの主流は施釉陶器です。岡本太郎が信楽を制作の場とした理由も釉薬の多彩さにあります。」この話によれば梅津氏はしっかり信楽の伝統を受け継いでいると言えるのかもしれない。
[4]株式会社釉陶 代表の田中氏には関連部分の事実確認と共にいくつかのインタビューコメントを頂けた。初めは専門的立場から補足を頂きたいとお話ししたところ、「私の方からご提案できる技術的な面での加筆は、かえってダラダラと長くなってしまい、「梅津さんの世界観」を中心としたレビューを壊しかねないと思いましたので、特に必要ないと思いました。特に私に関して言えば、表現する人たちに寄り添う仕事をしているものの、表現者としての感性は全くなく、顧客の望むものを一連のメソッドに則って作製しているだけの技術者に過ぎないと考えているので……。」と、控えめではあるが、間違いなく信念を持って技術を追求するプロとしてのお言葉を頂けた。結局その後のやりとりでは筆者からの質疑にも丁寧に答えて下さり、御礼申し上げると共に記事内に掲載しきれなかったコメントと、せっかくなので別の展覧会関連ではあるが田中社長出演動画もここに紹介する。(梅津氏のX(旧Twitter)では「窯業と芸術」からその後の「上田勇児・梅津庸一 フェアトレード 現代アート産業と製陶業をめぐって」展へ至る中で最も重要な動画な気がしていると紹介されている。)
・梅津氏のように特注してほしいと乗り込んでくるということはよくあるのか
「個人客はほとんどいない。専ら地元の窯屋や団体の方とかでしょうか。」
・梅津氏の展示や作品に対すること
「「窯業と芸術」に赴いた際に拝見しましたが、普段食器類だけ見ていることが多いので、私にはなかなか難解でした……。」
【パープルームTV】第168回 「フェアトレード 現代アート産業と製陶業をめぐって」対談第2弾 梅津庸一 × 田中優次 (株式会社 釉陶)
https://www.youtube.com/watch?v=pCE6wXPRDoc
[5]釉薬の発色は「酸化焼成」と「還元焼成」で変化する。窯の中の空気の通りを良くして完全燃焼させると酸化炎が起こり、通りを悪くして不完全燃焼させると還元炎が起こる。酸素量の違いである。この時やきものは酸素と結びついて酸化物となったり、その酸素を放出して還元する化学変化を起こしたりしている。金属が錆びる様子を思い浮かべると分かりやすく、酸化焼成では素地に含まれる銅が青み系の発色をし、鉄は赤み系の色になる。逆に還元焼成では銅が赤み系の発色をし、鉄は青み系の発色となる。やきものは思った以上にがっつり化学である。しかし、灰に埋もれたり何かに遮られたりして炎があたらず計算外の美しさが生まれることもある。長年作陶している人でも予想が立たないような、窯の中の偶然も計算もひっくるめたドラマが、やきものの大きな魅力の一つのようだ。
参照元:参考文献『はじめての釉薬―やき物がますます楽しくなる―』6頁。
[6]河井寬次郎記念館へ掲載許可確認済み。
参考文献
・ 梅津庸一「陶芸と現代美術 「窯業と芸術」を開催するに至るまで」『ゲンロン』14号、2023年、168-193頁
・やきもの釉薬研究会編『はじめての釉薬―やき物がますます楽しくなる―』廣済堂出版、2013年
・松井信義監修、福島広司編『知識ゼロからのやきもの入門』幻冬舎、2009年
・京都造形芸術大学編『美と創作シリーズ 陶芸を学ぶ② 表現の多様性 器からクレイワーク、環境陶芸まで』角川書店、2000年
・YouTubeチャンネル パープルーム / parplume https://youtube.com/@parplume2369?si=TaFeoOGkeHQSSHed
特にクレジットの無い画像は筆者による撮影
筆者プロフィール
Romance_JCT
梅津庸一氏、パープルームに興味あり。彼らの作品は穴が開くほど見ます。
https://x.com/romance_jct
変更
2024年4月3日 画像を3点追加