起業塾を体験したけれど、入らなかった話
先日、某起業塾に体験入塾したので、その感想を記録しておこうと思う。
起業塾に興味があるけれど、実際のところどうなのだろう、と悩んでいる人へ、こんな意見もあるのだと少しの参考になったら良いと思う。
あくまでも、起業塾に興味があるけれど悩んでいる、という人向けだ。そう思う人はきっと、起業塾、と検索した後に続く検索ワードが「怪しい」「詐欺」ということも知っているだろう。だから、起業したい、入塾したら夢への第一歩になるのではないか、という希望を持ちながらも、本当に大丈夫だろうか、という不安もよぎり、一歩踏み出せないでいるのではないか、と思う。
かく言う私もその一人だった。いつか起業してみたいけれど、やりたい事もなく、でも何か踏み出せる一歩が欲しい。そんな風に思っていた。そんな時、仕事の関係で利用していたPR会社のサイトで「会社員という枠を破り、自分を生きていこう」そんなメッセージを掲げる起業塾の記事を見つけ、心惹かれた。ここに入塾すると、自分の強みがわかり、ブレない、確固たる信念をもとに、会社を辞めても仕事をしていける術が身につく、とのことだ。なんと、私が求めていた全てを叶えてくれるということだ!会社代表は同年代と思われる美しい女性で、この方が輝く笑顔でポージングした写真がVI(ビジュアルアイデンティティ)として使用されていた。
ちなみに、起業塾とは何か、知らない人もいるかもしれないので簡単に説明しておきたい。起業塾は、主に起業に興味を持つ人が起業に踏み出すためのノウハウを学ぶ場だ。起業塾の塾長もしくはそこに所属するコーチがメンターとなり、起業アイデアを実現するためのトレーニングを行う場所だ。
私は早速メールマガジンに登録し、この起業塾の紹介動画を観ることにした。女性が言うには、彼女の起業塾に入った人は皆、自分の強みを見つけ、楽しく仕事をしながら、売り上げも何倍にもなっているとのことだ。
今これを読んで、情報商材じゃん、と頭をよぎった人がいるかもしれない。それは違う。その時の私ならそう答えただろう。彼女の紹介する起業コースのプレゼンテーション動画では、マーケティングのセオリーがしっかりと説明されていた。それに、この起業塾は会社として社員も抱えて活躍している。溌剌とした笑顔の宣材写真は「起業塾 怪しい」とは結びつかない印象だった。なにより動画を観たからといって、強引な連絡が来なかったのも好印象だ。数日以内に申し込めば100万円ほどするコースを2割引をしてくれる、と言うお得な提案をしてくれただけだった。
オファーは「高っ」と思って放置してしまったが、ある日追加の連絡が来た。体験会のお誘いだ。高額なコースの一部であるコーチングセミナーを無料体験させてくれると言うものだった。私はすぐさま申し込んだ。少ない枠の予約が取れたので、ドキドキして嬉しかった。動画では「ワーク」とぼかされていたセミナーの詳細がわかるのだ。怪しい起業塾ならこんな体験会は開催しないだろうから、私の信頼は参加前からぐっと高まっていた。
そして当日、オンラインでセミナーに参加した。セミナーはごく少人数で、私以外に二人、40代の起業を目指す女性が参加していた。
セミナーに繋ぎ、講師の顔を見た瞬間、心の中で「あ」と思う気持ちがあった。講師は男性で、なんとなく暗い雰囲気の人だった。喋り方がひろゆき氏少し似た印象があった。暗い雰囲気と感じたのは、溌剌とした笑顔の企業イメージと、笑顔の控えめな男性講師との間に生じたギャップのせいかもしれない。実際はそんなことはないのかもしれないのに、私は一瞬萎えかけた気持ちに気づき、気合いを入れた。第一印象で決めつけは良くない。
まず、ひろゆき氏風の男性は私たちに自己紹介と現状の悩みをシェアするように促した。
一人目の女性は、整理収納アドバイザーで独立したいと考えている優しげな女性だった。
女性はすでにアドバイザーとしての起業した経験があるものの、思うような売り上げが立たず、今は別の仕事をしているそうだ。その仕事が片付いたら来年独立しようと考えて、まずは起業塾へ入ろうと検討しているとのことだった。
講師は無表情で一通り聞き終わると「来年独立っていいましたけど、なぜ今じゃないんですか?」と彼女に問いかけた。
女性は、生活のことを考えると今すぐには始められない、と答えた。売り上げの目処がないまま起業することに不安を抱えていて、それで良い方法を模索しているのだろう。そんな彼女に講師は「そんなにお金が必要なんですか?最低限のお金があれば良いですよね?来年なんて言わず、今すぐ始めましょうよ!生活に最低限必要なお金がどれくらいか計算して、それだけ稼げれば良いんです。それならできますよね?」私はミュートで微笑みながら、プロモーション動画を思い返していた。確か動画の中では、本職を辞めずに副職として始めることもおすすめ、と言っていた。話が違うなとぼんやり感じていた。
女性は頷きながら聞いていたが、途中から涙を拭い始めた。
「僕は結構ビシバシ系のコーチングスタイルなんですよ」
二人目の女性は、キャリアコーチ志望で、ブランディングについて学ぶため入塾検討していると語った。間も無く仕事を辞める予定で「もう他人を喜ばせるために働くのは辞めます!」と力強く宣言した。
「あー、まさにうちみたいな仕事をしたいんですね?」
と確認するコーチに、はい!と大きく頷いていた。彼女も私と同じく、代表の動画を観て感銘を受けたそうだ。
「ブランディングに特化したコースもありますよ。後で問い合わせしてみてください」
「興味あります!」
彼女はきっと入塾するのだろう。
そしていよいよ私の番だった。私は15年外資企業のWebマーケターをしていて、何か違うことがしてみたいと感じてること。でも特に興味の持てる分野が見つかっていないので、入塾したら見つけられるのか期待がある、と語った。
「白井さん、これから一生暮らせるだけの貯金がありますか?」
「ないです」
そんなものがあれば仕事なんてとっくに辞めている。
「じゃあ、それがあるとしたら何がしたいですか?」
恥ずかしいことに何も思い浮かばず、言葉に詰まってしまった。
「旅行は? 海外とか留学とか」
「海外は出張で行く機会があるので……どちらかというと国内旅行がしたいかもしれないです。まだ行ったことがない地域がたくさんあるので」
「じゃあ、地方で出会った特産品をPRする仕事なんてどうですか?地方ではマーケティングしてくれる人は引く手数多ですよ!」
少し困惑した。いきなり私の今後が決まってしまいそうだ。
「入塾される方で、これから好きなことを見つけたい、という方はいませんか?」
「いますよ。コースでは半年かけて、自分の心の動きを知るワークをしていくんです。その中で白井さんが何に心動かされるか知ることができますよ」
ワークというのは、自分の得意で人から褒められること、とかそんな質問に回答する事で自己分析するプロセスのことだ。事前に観た動画で少し触れられていた。
「ワークはいわゆる自己啓発本と何か違うのでしょうか」
「一緒にワークするメンバーからフィードバックがもらえます。人からの意見で視野が広がるでしょう」
「なるほど」
そんな調子でセミナーは進んだ。質問してわかったのは以下のようなことだ。
現在は70人ほどの受講者がいるが、塾のコースが始まったばかりなので、彼らの受講後の成果についてはまだわからない。
15名ほど在籍しているキャリアコーチたちはこの塾の出身者で、私たちを担当してくれた男性は、複数仕事を持つ中の一つとしてここで仕事をしているそうだ。メインはお話会サロンの主催とのことだった。
代表女性はキャリアコーチは行なっておらず、月に一度彼女とのオンライン交流会があるらしい。まるでファンミーティングだ。
「白井さん、正直なところどうでしたか? 早くこちら側に来ましょうよ!」
最後にコーチは笑顔をみせた。すでに他の参加者は途中で退出してしまい、場には私一人だった。
「すごく有意義な時間でした。そちら側、興味深いですね!」
私は過剰に明るく答えた。参加前のワクワクした気持ちは何か必死な気持ちに変わっていた。
こうして、体験セミナーは終了した。
その夜、この会を思い出して私は眠れなかった。最後の方には私はすっかり落胆していて、それを悟られたくなくて、過剰に愛想よく反応していた。
思い返すに、起業塾のメリットは他者との交流でしかないようだった。マーケティングの勉強は巷に本や動画が溢れている。自己啓発についても同じだ。ワークと呼ばれていたそれらが代替可能なら、差し引いて残るのは一緒に参加する仲間からのフィードバックだ。
その考え方いいね、もしくはそれは違うのでは?といった意見がもらえるのだろう。でも正直、自分の夢に向かう人が他人の夢の話に熱心に耳を傾けているだろうか。少なくとも、私は他の参加者の話はあまり覚えていない。二人も同じだったと思う。
その上、起業塾は自分らしく好きを仕事に、と謳っていたのに担当したキャリアコーチは声をかけられたから仕事に就いたというフリーランサーで、彼は起業塾のポリシーよりも自分の意見を優先していた。対応には楽しさや熱心さは微塵も感じなかった。
これらを差し引いたら、起業塾の価値は意義はお互い夢を語りあえる場。サークル相当でしかないじゃないかと思い至ってしまったのだ。
だから私は眠れなかった。起業塾にガッカリしたからではない。体験して感じられてよかったと思う。ただ、こうやって突然に、半ば強制的に自己開示をすると、後から羞恥心に襲われる。この日、私に残ったのは飲み会後の消え入りたいような自己嫌悪だけだった。
100万円のサークルに入るか否か、私なら起業後の宣伝費にしたいと思う。