「Tシャツ」
今日のキーワード「Tシャツ」
「もう死んだっていい、そんな風に思える最高の文化祭にしたい。」
学級委員長である小手清水(こてしみず)の口からこんな言葉が漏れ出した。
彼の人柄からは想像できないほど、熱い言葉だった。
いいや、熱いだけじゃない。
彼の言葉は熱すぎていやらしくもあった。
教室の教壇の上から、小手清水はいやらしい言葉を放ったのだ。
普段の彼は、とてもじゃないがかっこいいとか、イケメンだとか、そういう概念とは程遠い存在だ。
「メガネ人間」
彼を一言で形容するならばこの言葉がふさわしい。
メガネの付属品タイプの顔。
メガネ人間て。
ほぼほぼムカデ人間じゃねーか。
僕は1人で面白くなってしまった。
話を戻そう。
そんな優等生代表みたいな彼の決意を目の当たりにして、教室は京都のお寺ばりの静寂に包まれた。
「・・・それはどんな文化祭なんでぃ?」
宮小平(みやこだいら)が顎を突き出しながらたずねる。
お察しの通り彼の家は大工の家系だ。
うっせえ、今お前が口挟むな大工の源さんが。五重の塔建ててろ。
僕は心の中で悪口を浴びせる。
「最後まで聞け、大工の源さん。」
小手清水も同じ呼び名で彼をいさめた。
「・・・最高の文化祭は何から始まると思う?」
小手清水はゆっくりと、しかし、はっきりとこう言った。
教室が徐々にざわめきだす。
やっと今日の小手清水がおかしいことに皆が気づき始めた。
「・・いないの?これだけの人数が集まって、こんなに簡単なことがわからないなんて。終わってるよ。終わってる。あーあ。」
普段の彼はこうではない。
「思考停止人間の集まりだよ。ここは。・・羊だ、羊。もう羊と一緒。
教育という名の檻の中で放牧されてる羊だよ。おい、お前らのことだよ。
下向くな、目そらすな、直視しろ、マトン野郎供。刈り取るぞ、こら。」
高校最後の文化祭にかける思いが強すぎて、彼はオーバーヒートしている。
僕は誰かが手を上げてくれることを祈った。
スッとたくましい手が伸びる。
僕はその出所をたどった。
宮小平だった。
でしゃばんなや、大工。
とも思ったが今は彼に託すしかない。
頼んだぞ、宮小平。
的を得てくれ。
「おう、大工。」
「最高の文化祭は、最高の雰囲気から始まる。・・・確かに、最後の文化祭を
目前にしているのに、おいら達は締まりがなかった。オメェはそれを伝えたくて、少しピリッとした言い方をしてくれたんだよねぃ?」
これはあってるのか・・?
「んなわけねえだろ、メンタルコーチきどりかこら。」
違った。
宮小平は的を外した。
彼は顔を真っ赤にしながら席に座りなおし、寝たふりを始めた。
「・・・わかんないよな?うん、いいよいいよ。期待してたわけじゃないから。これっぽちも。」
もう早く言ってくれ。
この想いでクラスが一つになった。
「・・最高の文化祭は、最高のクラTから始まる。」
・・・
「もう1度言います。最高の文化祭は、最高のクラスTシャツから始まる。」
何を言ってるんだこいつは。
クラTがクラスTシャツの略称だと理解できないから静かだと思ったのか。
それでも小手清水は止まらない。
「今年の文化祭の成功は、クラスTシャツの出来にかかっていると言っても過言ではないです。なので僕はクラスTシャツに力を入れたいです。」
先ほどまでの傍若無人な小手清水は過ぎ去り、ヒートダウンし始めたようだ。
目にも落ち着きがうかがえる。
「というわけで、最高のクラスTシャツの案をこれから考えたいと思います。何か案はありませんか??」
しかし、クラスメイトは先ほどまでの恐怖政治を忘れたわけではない。
誰も何も言おうとはしない。
空気を変えようと窓際の女子が窓を開けてくれた。
乾いた風の音がした。
「ないようなので、僕の案を発表したいと思う。どうだろう、みんな!」
急な民主主義ほど怖いものはない。
全員の目が粘土細工の猿みたいにくすんでいる教室。
「え〜、ないようなので!ではこの資料を配ってもらえる?あれ、皆、どうしたの?大丈夫?体調悪い??食あたり?集団食あたり?んまぁ、耳だけ貸してくれればいいから。それじゃあ早速1ページ目から。」
ここからの小手清水のプレゼンは聞くに耐えないものだったので割愛させていただく。
僕以外のクラスメイトは全員目を閉じていた。
目を開ける気力もなかったんだと思う。
僕はこのテロとも言える一連の行動を記録しようと努めた。
後日、PTAに上訴するためだ。
どうか後日この文章を使って彼を告発してほしい。
彼のTシャツのコンセプトは「新しさ」だった。
馬鹿の一つ覚えも甚だしい。
そして彼が具体的に提案してきたアイデアはこうだ。
「Tシャツをジャムで染色する」
わけがわからないでしょ?
同感。
聞いてる僕もわからなかった。
小手清水の言い分をまとめるとこうだ。
・ジャムでTシャツを染めればカラフル
・お腹が空いた時に舐められる
・今まで聞いた事ない
本当に嫌だった。
けれど彼は止まらず、具体的にジャムの入手経路や染め方の具定例を説明しだした。
僕が覚えているのはこの辺りまで。
そこからは記憶がないんだ。
人間の脳はよくできてる。
過度のストレスがかかると強制的に脳をシャットダウンするらしい。
恐らく、僕たち3年C組の最後の文化祭は悲惨なものになる。
だからこの手紙に思いの丈を綴らせてもらった。
高校生最後の文化祭には人をおかしくする何かがあるらしい。
それを肝に命じてほしい。
どうか、同じような思いをする人がいなくなりますように。
どうか
どうか
どうか
3年C組 ホセ タカヒロ
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この手紙は文化祭当日、無人の3年C組の教室前に貼りだされたそうな。
怖いですねぇ
完