「開かずの扉はゆっくりと」(連続コント小説③
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第2話はこちら!
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第3話
「開かずの扉はゆっくりと」
モヒ高心霊研究会は部員数4人の小さな集団だ。
僕、きょんちゃん、ジョッキー原田の2年生トリオに加えて、3年生で部長のポイズン西村さん。
ポイズンさんは1年間のアメリカ留学中なので実質メンバーは僕たち3人だけ。
先日、シアトルにいるポイズンさんから絵葉書が送られて来た。
そこには公園の広場で霊媒パフォーマンスを行なっている瞬間が描かれていた。
緑色の煙を口からはくポイズンさんの周りに見物客が集まり、プチフィーバーを起こしている絵葉書。
当時その絵葉書は部室の入り口横のホワイトボードに張り出されていた。
肘から先のない右腕を差し出したジョッキーの横にちょうどその絵葉書が見えた。
そのコントラストの酷さに僕は軽い吐き気を覚えた。
「・・・ちゃんと説明してくんないと、ジョッキー」
きょんちゃんが肩を震わせながら呟いた。
右に同じく、僕も説明が欲しかった。
なんなら悪い冗談だと種を明かして欲しかった。
そこからジョッキーは27秒間、黙った。
きっかり27秒。
僕ときょんちゃんはその間に2回目を合わせた。
きっかり2回。
きょんちゃんのメガネにはまたカナブンがとまっていた。
とてもメタリックなカナブン。
「・・・僕ね、今日のコックリさん、本当に楽しみにしてたんだ」
重い口を開き、とうとうと語り出すジョッキー。
「去年はさ、僕途中で記憶飛ばしちゃってるから。だから、今年は、絶対最後まで楽しみたいって思って。だから、霊力を高めるために、西校舎のトイレまで行ったんだ」
僕はこう聞いてみた。
「・・なんで霊力を高めに行く場所が西校舎のトイレなの?」
ストレートな質問だった。
「いい質問だね」
右腕を僕らに向けながらジョッキーはこう言った。
怖いからそっちの腕を向けないで欲しかった。
「あのトイレって僕たちが調べたことない唯一の場所だよね」
「・・確かに、うん」
きょんちゃんが曖昧な相槌を打つ。
「だから、あそこなら何か霊力が溢れてて、僕でもパワーを受け取れるんじゃないか、そう、思ったんだ」
なるほど、全然わかんないな
僕もきょんちゃんも腑に落ちない顔で前を見つめた。
「それで、あのトイレの前まで行ったんだ。すごいよ、全然人がいなくてさ、屋内なのになんかこう、ひっそりとしてた」
ジョッキーはいつにも増して饒舌だった。
何かに憑かれているように喋り続けた。
その声は、遠くからと響いてくる自然音のようだった。
「ドアの前までは覚えてるんだ。ドアの前までは・・ははははははははっはははっはははは」
突然ジョッキーが小刻みに震えだした。
「ジョッキー!?」
「ジョッキー!!」
僕らの部室にこんな風景が生まれるなんて。
ほのぼの、楽々、のんびり
ホテル三日月のようなモットーを掲げる心霊研究会なのに。
「大丈夫、大丈夫大丈夫大丈夫だから」
ジョッキーは明らかに大丈夫ではなかった。
でも大丈夫と言っているので、「どっち?これ、どっち?」と僕はすごく混乱してしまった。
「ジョッキー、ジョッキー!ジョァッッキぃぃー!」
きょんちゃんが後ろから抱きついた。
漢らしく、熱い抱擁。
そのどさくさに紛れてカナブンが飛んで行ったのを僕だけが見ていた。
この時も、僕は何もできなかった。
薄ら笑いを浮かべながら、脂汗をにじませながら、うつむきながら。
でも、もう嫌だった。
小さな恥を破れないことで惨めな思いをしたくなかった。
一歩踏み出そうと思った。
「・・・ジョ、ジョッキーぃぃぃぃ、、」
僕の第一声はすこぶる震えていた。
でも、大丈夫。
「トイレに、と、取りに行こう。」
落ち着きを取り戻していく声。
「ちょ、取りにって、これを?」
きょんちゃんがジョッキーの右腕を指して言った。
僕の角度からはジョッキーの表情は伺えなかった。
「そうだよ。取られたなら、取り返しに行こう。そんでさ、みんなでやろうよ、、ハイパーコックリさん」
僕の震えはもうおさまっていた。
恐怖心はどこか旅行に行ったようだ。
そこから言葉はいらなかった。
きょんちゃんがジョッキーを立たせ、僕ら3人は顔を見合わせながら部室を後にした。
足早に西校舎を目指す僕たち。
3人の生み出す足音はバラバラだけど、どこか深くでは繋がっている、僕にはそんな風に聞こえた。
そんなことを考えているとジョッキーが久方ぶりに口を開いた。
「僕が意識を飛ばす前、女の子の声だった。『よろしければ、あなたの体の一部をちょうだい』って。確かにそう聞こえたんだ」
僕はなんでそんな恐ろしくも重要なことをこのタイミングで言ってくるんだ、このアホタレはと思った。
隣を見るときょんちゃんもガマガエルのような顔でジョッキーをにらみつけていた。
しかし、もう止まれない。
僕たち、モヒ高心霊研究会は西校舎3階のトイレ前に揃い踏みした。
夏とは思えない寒さを体に感じた。