青春

「Wao!モヒ高心霊研究会」(連続コント小説②

第1話はこちら!
→https://note.mu/miso_man/n/n55d4017f6e1e?creator_urlname=miso_man


第2話 「Wao!モヒ高心霊研究会」


開け放たれた部室の窓から
なめらかな風が入り込んでくる。


なめらかでありながら臭い風。
あの日の僕は顔をしかめながら臭い風の出所を探した。
地上で用務員が落ち葉を燃やしていた。
唾をたらしてやろうか、と一瞬悩んだが
僕は「モヒ高の誉れ(ほまれ)」と呼ばれるくらい真面目で通っていたので、
唾をたらさないことに決めた。
『臭い風炊かれようと誉れは唾をたらさず』、だ。


しかめ面で下をのぞいていると部室のドアが勢いよく開いた。


「おー、誉れ、きょうは早いのな」


きょんちゃんだ。
トレードマークの丸底メガネには、今日もカナブンがとまっている。


「きょんちゃん、まただよ。またカナブンとまってる」


「ん、ありゃ、ほんとだねぇ。やーねー、ほんとに」


カナブンの他に、両肩にカマキリが乗っていたが、
いつものことなので言わなかった。
きょんちゃんは異常に虫を集めてしまう体質なのだ。
本人はこれを霊感の一種だ、と豪語していたが、
僕は彼のことを陰で「ファーブルの生まれ変わり」と呼んでいた。


「ジョッキーはまだ?」
きょんちゃんが学ランを脱ぎながらたずねる。
カマキリはきょんちゃんの肩からぴょんと飛び降りた。
代わりにワイシャツのボタン部分にてんとう虫が飛んできて、そこで羽を休ませ始めた。


「そうだね。でもさすがに今日は休まないんじゃないかな」


そう、今日はモヒ高心霊研究会唯一の年間イベント、
「ハイパーこっくりさんいらっしゃい」の開催日だ。
通常のこっくりさんとの違いをここで伝えるのは難しいので、
今回は割愛。
過去開催された時には、部室ごと富士樹海に移動していた、なんて漂流教室みたいな逸話も残っているほどのイベントだ。


「そうだよなぁ、ジョッキー、めっちゃ楽しみにしてたもんな」


ジョッキーこと、ジョッキー原田は僕ときょんちゃんの親友だ。
それ以上でも、それ以下でもない。
とは言うけれど実は、僕らも彼についてはあまり多くを知らない。
ジョッキーの専門学校とモヒ高のダブルスクールをしている、ということだけ。
だから、あだ名がジョッキー原田。


「ジョッキー、去年のハイパーこっくりさん、ほとんど覚えてないらしいよ」


「あはは!あいつ、大ポカやっちゃったもんな!なめくじ、カマイタチ、鍾乳洞の三択外し。そりゃ記憶飛ばされてもしょうがないわ」


「あっはっはっはっは」


部室は僕ときょんちゃんが作り出した笑点のお客さんみたいな笑い声でいっぱいになった。
僕らは今までの高校生活をこんな笑い声と共に過ごしてきた。
心霊研究会とは名ばかりで、怖い思いをすることの方がずっと少ないくらいだった。


トントントン
部室のドアが叩かれた。
いつもとは違い、低く、どこか悲しい音。


なぜだかわからないんだけど、僕はこの音を聞いて
今までの高校生活からは少し違う出来事がはじまる、そんな予感を覚えた。
きょんちゃんも真面目な顔でその方向を見つめていた。


ガチャ
扉が開かれた。
出て来たのは、ジョッキー原田。


「なんだよ、ジョッキーかよ、もう、驚かすなっての!」
軽口を言うきょんちゃんの口元はかすかに震えていた。


「…」
ジョッキーはいつもと同じく、学ランにジョッキー用のヘルメットという服装でそこに立ちすくんでいた。


「…ジョッキー、どうしたの?」
僕は喋った。喋らなければ、誰かが何か喋らなければ耐えられないほど、部室の空気は冷え込んでいた。


「...みんな、ごめん。俺、今日ハイパーこっくりさん、、、できないかも」
絞り出すような声でジョッキーはこう応えた。
いつもの快活な雰囲気はそこになかった。


「…いや、どうしたんだよ!」


「…そうだよ。一番楽しみにしてたじゃん!ジョッキーのくせに!」


僕ときょんちゃんは男子高校生の快活さを用いて、不穏な空気を押し返そうとした。
しかし、それはどうも徒労に思えた。


「…俺、西校舎のトイレ、行っちゃった」


空気が変わった。
僕らが汗臭さく紡いだ重さのない言葉は、ジョッキーの一言で吹き飛ばされてしまった。


「お、おお、マジかよ!魔物出た!?ねぇ!魔物!」
きょんちゃん、これは負け戦だよ。
雰囲気を読んで聞きに徹っさないとダメなやつだよ。


「出たよ」


外かと思った。
ジョッキーの言葉は重々しく、部室の空気は富士の樹海のようによどんでいった。


「…ほんとかよ」
ついにきょんちゃんもこうべを垂れた。
同時に胸元のてんとう虫が窓に向かって羽ばたいていった。


「それでね、取られちゃった」
ジョッキーは少し笑っていた。


「…何を??」
僕は聞いた。
こう聞くほかなかった。


ジョッキーが諦めたような顔で右手の学ランをまくる。
きょんちゃんと僕は釘付けになってしまった。
あるべきものが、無い。


「右腕、取られちゃった」


肘から先がない右腕をこちらに向け、ジョッキー原田はこう呟いた。


続く


第3話はこちら
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