豆腐

「豆腐」


今日のキーワード「豆腐」


はっ


スゥ


はぁっ


スゥ


へぁっ


スゥ


私の荒い息づかいが聞こえる。
他の音は聞こえない。
羊水の中を思い出す。


スゥ


スゥ


スゥ


吸い過ぎちった。

あっぶねー。
羊水でむせちゃうっての。


落ち着け私。
こんな状況、想定内でしょうに。
この夏に標準を合わせて今までやってきたんでしょ。


私は着物の懐に手を入れ、ミニサイズドクロをキュッと握った。
幼少の頃に近所のおじさんにもらったこのドクロ。
狼狽(ろうばい)した時に握ると落ち着くのだ。
先端が尖っているため握ると出血するが、そこはご愛嬌。


一気に周りの景色が色づきだす。
赤黄オレンジ
うん、今日の応援旗、暖色多め。


ともかく、やっと自分のペースを取り戻したみたい。
深呼吸深呼吸。


私の名前は、鞠本 御幸(まりもとみゆき)
鳳凰学園高校の3年生。
今は全国高等学校かるた選手権大会(豆腐の部)決勝の舞台。


そんな大舞台の中、私の前に座っているのは


ミホ


みほであり、美保であり、ミホ。
同じ部活で切磋琢磨してきた私の親友、ミホ。
毎日同じ時刻の電車で帰る、ミホ。
食べる時箸を一本しか使わない、そんな女、ミホ。


この大舞台で戦うことになるなんて。
ミホがこんなにすごい百人一首プレイヤーになるなんて。
私、未だに信じられない。


でも、今対面しているってことはそういうことよね。


私、手加減なんてできないからね。


ここで主審席からマイクが入る。


「鞠本選手、競技中の私語は慎んでください。」


いっけね〜。
ダダ漏れだったっぽい。
心声、ダダ漏れだったっぽいよ。


対面のミホも恥ずかしそうに顔を伏せてる。
ごめんね、ミホ。
私、昔からこういうとこあるもんね。


「私語は慎んでください。」


・・・


「それでは、暗記時間を終了とします。」


ついに始まる、私たちの決勝。
(これは本当の心声だよ。)


各々の陣地には25枚づつの札が置かれている。


そして、その札の下には冷奴。


そう、これは全国高等学校かるた選手権大会(豆腐の部)


「それでは始めます。」


読み手のコールがかかった。
ついに、決勝。


「参ります。・・・はるすぎt」


パッシーーーーン、プルルルーーーーン


フッ


さすがはミホ。


目にも留まらぬ手さばきで読み札は豆腐の上をすべっていった。
私は焦りか、はたまた余裕からか、下唇をペロリと舐めた。


「チェック入ります。」
ここでTC、いわゆる豆腐チェッカーの審査が入る。


「・・・角4亀裂なし、フルポイント!」


さすがはミホ。


この重圧の中で豆腐を全くきキズつけず、フルポイントを取るなんて。


当の本人は澄まし顔。


・・可愛くないやつ。


「参ります。」


おっとおっと。
鞠本、本気モードで行かせていただきます。


「・・・たg」


パッシーーーーン、グシャッ


サァッ!


2枚目は私、鞠本に軍配。


田子の浦に、から始まるこの歌は私のお気に入り。
これだけは譲れませんわ。


「テェック入ります。・・・大破、オールナッシング!」


はい、やった。

今季初のオールナッシング。
せっかく取ったポイントは相手に入ってしまいました。
あーあ、やってらんね。


大破した豆腐は清掃係によって掃除され、青いポリバケツに収集された。


もうミスは許されない。
いけいけ私!


「私語は慎むように」


・・・


「参ります・・・このあj」


パッシーーーーーーン、グッシャァァァァ


あぁ、あぁ!
ヤベェ!


「テェック入ります、大破、オールナッシング!」


「えー、主審です、ただいまの鞠本選手、ブラフである俵万智の「サラダ記念日」への反応により、規定第23条反則負けです。」


「よって、勝者は鳳凰高等学校、ミホ選手!」


ワァァァァァ


湧き上がる観客席。


あーあ、こんな古典的なブラフにかかるなんて。
なんてバカなんだろう。
でも、まぁ、ミホのこんなに嬉しそうな顔が見れたし、いいよね。


さ、切り替えなくちゃね。
こっからは受験受験。
絶対、マーチのどこかしらに入ってやるんだから!


「えー、主審です。ただいまから試合で使用した豆腐を味噌汁にします。欲しい方は入り口付近にお集まりください。」



※サラダ記念日:この味が いいねと君が 言ったから 七月六日は サラダ記念日


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