未練がましい
彼の笑顔がとても好きだった
歯をぜんぶ見せて、無邪気に笑う顔が、愛おしかった。
お別れして半年以上が経過したが、今でもその人の笑顔だけは鮮明に脳裏に浮かぶ。
出会った時から、誰に対しても優しい人だった。
とても気さくで、フレンドリーで、人懐っこい性格だった。
だが、それが仇となってお別れをした。
惹かれたところが、私たちを引き裂く凶器となってしまうことは知りもしなかった。
付き合ってから一緒に行った、私の地元の花火大会。
レジャーシートを敷いた私たちは花火が上がるのを待っていた。
私は本を読んでいたが、ふと気づくと隣に、おじいちゃんおばあちゃんがレジャーシートを敷こうとしていた。
彼はすかさず声をかけて、敷くのをお手伝いしていた。
好きだ、と再認識した。
あなたの優しいところ。
あなたは私にだけでなく、誰にでも優しいの。
おばあちゃんの笑顔と彼の笑顔を見たとき、まさに幸せを感じた。
その数ヶ月後、彼が職場の子にセクハラをしたという噂が流れだした。間接的に聞いた私は彼に対して初めて怒った。
彼は身に覚えがないという。
きっと彼の無意識の優しさ、フレンドリーさが何かしら誤解を与えてしまったのかもしれない。
私は信じるべきだったのか、彼を。未だにそういう思考が頭によぎってしまう。
彼を1番に信じる存在でなければ、私は彼にとって何の意味ももたないのではないか。
車の中で、軽い口論になってしまった。ただ、私は自分の意見を曲げない。彼も曲げることはない。間が持たなくなった私は車を出した。
赤信号で止まったとき、
「別れよっか?」
と思ってもなかった言葉がぽんと置かれた。
なんか、もう「台詞」に近いような。自分は第三者で、ドラマを見ているような。
頭が真っ白とはこういうことか。
その言葉だけは望んでいなかった。
その言葉が欲しいのではなかった。
ただもう少し、私と向き合って、私のことを考えて欲しかっただけなのに。
「もうこれ以上迷惑をかけたくないから。」
迷惑かどうかは、私が決めることだよ。
ただ、私はまだ、あなたのそばにいたかった。
涙が出そうになった。
でも絶対に、見せたくなかった。
強がってしまうのが私の悪い癖だ。
涙が出る前にと、すぐ彼の家だったので、彼を降ろした。
降ろした瞬間、目の前の道路は歪んで、青信号は丸い光を放っていた。
最悪な事態になったと思った。
いつか終わりはくる、それが今日だとは。なんか、そんなような題名の本あったよな。
家に着いて、電話をかけ、やはり別れてほしいと言われた。
「ほしい」ってなんですか。wantってなんですか。それがあなたの望みなら、それを阻止する権利なんて私にはないじゃないですか。
私はほしくなかったですよ。別れなんてものは。でも私のわがままな性格がここでは発揮されないんです。だってわがままなフリをしているだけだから。
本当は人の気持ちにとても敏感だし、相手の望みを第一に優先してしまう。
相手に舐められるのが嫌だから。いや、弱い自分を知ってほしくないから。
ここ行きたい、あれ食べたいって自分の意思があるかのように見せてしまう。
例え相手が好きな人でも、私の全てを知ってほしくはなかった。そういう面は自分ではもう変えられない。
「人間不信になったから」と言われ、
また人を信じられるようになるまで待つからと願ってみても、
もう無理だからと拒絶された。
強がりな私は、その日中に合鍵を返しに行き別れを告げた。
あと2ヶ月で、別れて一年になる。
彼の知り合いから聞いた話によると、彼は以前は治っていたうつ病を再発して、休職しているらしい。
あのとき私だけでも、彼のことを信じていたら、彼は今も元気に仕事を続けているのだろうか。
ただそのときの、まだ19歳だった私には、そんな余裕がなかったことをどうか許してほしい。
ただ、あなたには健康に、幸せに過ごしていて欲しいと思っています。