腸ねん転とアップダウンクイズ
わたしが小学校に入学する1年前、昭和50(1975)年4月、ある1つの
クイズ番組が日曜の夜7時にBSN(新潟放送)でスタートした。
「アップダウンクイズ」
クイズの内容を簡単に説明すると、クイズに正解すると解答者が乗っているゴンドラが1つ上がり、間違えると一番下まで下がってしまう。そして下まで落ちずに10問正解するとゴールとなり、ハワイ旅行の特典が与えられるーというもの。
斬新、に見えた。
子ども心に「やっぱり新番組は違うなあ」と感じた。
テレビ好き、そして小さいころからクイズ番組が好きだったわたしはおなじみの「♪ロート、ロートロート~」で始まるこの番組にすぐに夢中になり、大いに楽しんだ。最後に一つのもやもやを残して・・・。
昔のクイズ番組はいろいろな意味で格式みたいなものがあり、テーマ音楽の存在など大人の鑑賞に耐えうるように作られていた。
「アップダウンクイズ」も、その内容もさることながら丁寧にも番組の最後に放送回数を言って終わっていた。
「アップダウンクイズ、第6百〇〇回を終わります」
えっ!? 6百何回? 始まったばかりなのに?
子どもだったわたしには、ただただ謎だった。それ以前の放送はどこに存在したの? 民放テレビは2局で変わっていないのに?
BSNでの第1回を見た記憶がなかったので、事情の説明を聞くことなくその番組は回数を重ねていった。その数年後にはチャンネル数が増え、別チャンネルの同時間帯にアニメが始まったのに伴いわたしはそっちの方にチャンネルを合わせるようになった。謎は残ったが、もやもやは消えていった。
だが、活字が好きで本や新聞を読むのも苦にならず、父が買い与えた子ども向け百科事典をむさぼるように読むくらいに知識欲が旺盛だった少年時代のわたしは、ほどなくしてその謎を解消する。
ある日の新潟日報。その日に過去、何の出来事があったかを伝える「きょうのこよみ」という記事で、詳しい日にちは忘れたが(事実に基づけば3月31日のはず)こんなことが書いてあった。
「朝日放送と毎日放送、TBS系列とNET系列がネット交換」(文面は100%の一致ではないが内容はこの通り)。
TBSと毎日放送、NETの後身・テレビ朝日と朝日放送が同系列なのはなんとなくわかっていたが、関西圏でネットワークが逆になっていた過去があることは知らなかった。
その状況は誰が呼んだか「腸ねん転」と名付けられていた。
そして、中学の時に買った「昭和30年代のTVガイド」に「アップダウンクイズ」が紹介されていて、この番組が毎日放送の制作だと知る。
「斬新」だと思っていた番組がそれよりずっと前、昭和38年からスタートしていたことがわかり、さらに大阪で作られていたと知りとても驚いたものだった。
この当時は関西局制作の全国ネットの番組が多くあり、いかにも大阪、いかにも関西的なノリの番組もあれば、東京制作の番組と見まがうようなものも少なくなかった。「アップダウンクイズ」もそうなのだが、「仮面ライダー」シリーズもその一つで、同じ毎日放送制作であった。新潟では日曜の朝にやっていたシリーズが「仮面ライダーストロンガー」から土曜の夜になったのは、そういうことだったのだ。
今回この文章を作成するにあたり、当時の新聞のテレビ欄をいろいろ調べてみた。
例えば、昭和50年3月31日(月)の新潟日報テレビ欄には「すぽっと」というコラムにて「BSNの夜七時台強化 きょうからネット変更」との見出しでネット交換に伴う新番組、局移行番組が紹介されていて―、
「そして日曜が『アップダウンクイズ』。昭和三十八年スタート以来十二年、変わらぬ人気を持ち続けるクイズ番組」とあり、ネット交換による新番組の代表みたいな紹介をされていた。さすがに幼稚園のときから新聞は読んでいないので記事の記憶はなかったが、この記事を見ていれば最初から謎は生じなかったのだ。
そして、同年4月6日(日)のテレビ欄では「新番組 アップダウンクイズ 600回記念クイズ天狗タレント特集」とあった。なんと、新潟での第1回目が600回目であった。
司会の小池清さんは毎日放送のアナウンサーで、実直を絵に書いたような人であった。おそらく新番組として始まった地域のために事情の説明や、さらにはクイズのルールなんかも改めて丁寧に話しをしたことだろう。「始まっていきなり600回でびっくりされた方もおられるかもしれませんが」ぐらいのことは言ったかもしれない。それにしても、「天狗タレント」とはどういうタレントのことを言っていたのだろうか。
ついでに触れておくと、この「すぽっと」では「『新婚さんいらっしゃい』がBSNからNST日曜昼に移行する」と記されていた。この番組もNST(新潟総合テレビ)からの新番組と思っていたのでこれはちょっとした発見だった。さらに調べると3月30日(日)のテレビ欄にはBSNで日曜の午後12時15分から「新婚さんいらっしゃい」とあった。そうか、牧伸二の「大正テレビ寄席」ばかり見ていて全然気がつかなかった。
テレビ局同士のネット交換という、新局の開局とは別のテレビ界の一大事のもととなった「腸ねん転」現象。そしてそのネット交換のシンボル的プログラムともいえる「アップダウンクイズ」。浮き沈みの激しいテレビ番組において大阪制作で10年以上人気を保ち続けたという奇跡が、私の幼少期におけるテレビのささやかな記憶を一つ作ってくれた。もしかすると、開局を伴わない「突然の新番組」はこのころにおいてほかにもあったのかもしれないが、インパクトやその理由の珍しさにおいて「アップダウンクイズ」に勝るものは私にとってなかった。
青地に白のタイトルロゴとともにBGMもなく「アップダウンクイズ 第○回を終わります」。幼少だったわたしにとってはその謎もあいまってちょっと怖く思えたが、それも今となってはいい想い出である。
年代によって、住む地域によってネットチェンジの記憶、思い出はさまざまだろう。ただ、ネットワークが整い、いろいろな意味で成熟したテレビはもうこのようなイレギュラーな楽しみは出てこないのだろうと思うと少し寂しくもある。
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