俳句とからだ 188 諸葛菜
連載 俳句と“からだ” 188
三島広志(愛知県)
諸葛菜
初夏になると路傍の草が開花し街を楽しませてくれる。仕事場へ行く途上、ナガミヒナゲシやオオイヌノフグリ、スミレ、セイヨウタンポポ、マツバウンランなどの草を目にする。お気に入りは諸葛菜。姿が大根の花や菜の花に似ており紫の花を咲かせる。同じアブラナ科だ。
諸葛菜は春の季語である。但し、手持ちの講談社日本大歳時記と新版角川俳句大歳時記、成星出版の現代歳時記には掲載されているが、平凡社の俳句歳時記や河出書房新社の新歳時記には採用されていない。角川大歳時記には以下のように書かれている。
諸葛菜 むらさきはなな おほあらせいとう 菲息菜 花大根
解説 アブラナ科の一年草。江戸時代に中国から渡来した。(後略)
諸葛菜咲き伏したるに又風雨
水原秋桜子『餘生』
諸葛菜人に委ねし死後のこと
福田葉子『夢幻航海』
ところが諸葛菜は国立開発法人国立環境研究所の「侵入生物データベース」によると侵入生物となる。侵入生物とは「人間によって自然分布域以外の地域に移動させられた生物」と定義づけられる。諸葛菜の影響は「在来種との競合.スジグロシロチョウの分布拡大に寄与」するそうだ。植物だけで無く食草とする昆虫にも影響を与える。従って勝手に栽培してはいけないこととなる。実は先のナガミヒナゲシ、オオイヌノフグリ、セイヨウタンポポ、マツバウンランはどれも侵入生物である。現代は物流が海を越えて頻繁に行われるので侵入は避けられない。しかし、実は既に日本の景色として馴染んでいる植物は多い。
諸葛菜は歳時記に書かれているように原産地が中国で江戸時代に渡来した。目的は観賞と食用油を採取するためと言われる。戦時中は食用として拡散されたという記録もある。ここで疑問に思うのはその名前である。精選版日本国語大辞典には「三国時代の諸葛孔明にちなむ」とあるがそれ以上の説明は無い。ネットを渉猟していたら龍谷大学経済学部竹内真彦教授(中国古典小説研究会会長・三国志学会評議員)が丁寧に調べられた「諸葛孔明は諸葛菜を本当に植えたのか?」に当たった。それによると日本人が広く諸葛菜を知ったのは吉川英治の『三国志』(篇外余録)のようである。諸葛孔明は移動するとそこに蔓蕪(諸葛菜)を栽培して食の確保をした。中国の諸葛菜は蕪の一種であり、日本でも混同されている。しかし教授は詳細に原典を紐解いていく。その結果はぜひ紹介した文章を読んで頂きたい。知識と同時に学びの醍醐味が伝わる文章である。
病室にむらさき充てり諸葛菜
石田波郷