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きみに会いに、街を歩く inキューバ
明日からの仕事が、真っ白になった。 自分で選んだとはいえ、頭の中のほうが、真っ白に。その日の晩は、新聞配達のバイクの音も消え薄っすらと外が明るくなったころ、力尽きるように眠りについた。
夜が怖い。不安で眠れない日が続くと、夜が怖くなる。それでもその日は何の気なしにやってきた。
中米、キューバ
わたしは今、この場所で呼吸をし、混沌とした匂いのなか生きている。
“いつか”行ってみたかった場所に、本当に来れるってすごいよね
時代を遡るように走り抜けるクラシックカーや、楽しい気持ちを誘う色鮮やかな街並み。
すれ違う人々は、少しシャイな性格なのか、さっぱりした人柄が印象的だ。それでも目が合えば笑顔でお辞儀をしてくれる。礼儀正しさもこの国をつくる大事なピースなようだ。
いくら恋い焦がれていた国だとしても、「良い」ところばかりではない。ゴミの処理や匂い、歩道に積み上がる瓦礫や、生活水が溜まる水たまり。いくつもの国で見たその光景に、もう慣れたとばかりにサンダルを弾ませひょいっと跨ぐ。
「昨日はどこに泊まっていたの?夜でもいいからうちへ泊まりにくればよかったのに」 困り笑いしながらわたしたちが寝るベッドに折り目を合わせて綺麗にシーツを敷いてくれるのはCASA(キューバで主流の宿)オーナージゼルさん。
おすすめの料理屋さんや、観光するのに必要な情報を地図に書き込みながら説明してくれた。「娘は日本の漫画犬夜叉が大好きで、寝言でも言ってるのよ!」なんて、嬉しそうに話してくれる笑顔に、旅の緊張感がするすると解けた。
オルビス通りを歩きながら雑貨屋に入る。お土産のお会計を済ませてもなお、「これかわいい...」と棚にあるブレスレットを見てつぶやくわたしに、「present 」と。手のひらにブレスレットを包んでくれたお店のお母さん。
「remember」と微笑む表情に、絶対忘れないですと、こころがじわり温かくなった。
また街を歩く。「Where are you from?」の質問に、「Japan」と答えたら「オー!コンニチハ!」と途端に笑顔になる道ですれ違っうお兄さん。
ランチで入ったお店でパスタを平らげると、「どう?美味しかった?」と空っぽになったお皿を嬉しそうに下げるウェイトレスのお姉さん。
暮らしやすさ、とは程遠いのではないか。
そう思った気持ちをかき消した。
わたしが思う「良い」は自分に「都合の良い」にすぎないのなもしれない。社会主義国中で暮らすキューバの人々は、誰といても、何をしていても、今この瞬間、自分を生きていた。
「将来のため。やらなければいけないから」わたしがつかう常套句や義務は、微塵も感じない表情やオーラ。いや、もしかしたら毎日にうんざりしている人もいるかもしれない。
それでも“ただ生きる”姿勢に、わたしには無い何かを感じたのだ。
自分を生きること以上の幸せって、ないよなぁ。
仕方なく生きている人が、少ないのかもしれない。 すとんと、感情が落ちる。
街から溢れるエネルギーと、人々のさりげない優しさ。
その国に住んでいる人の生活に、できるだけ溶け込むように旅をしたい。“観光客”と“もてなす側”で切り離したくはない。
目が合えば微笑んで、話しかけられればできるだけ会話をし(英語とスペイン語もわからないけど)、チャンスがあれば出会えた記念に写真を撮る。
そんな旅のスタイルは、生きる軸でもあるのだと気づく。どの国へ行っても、どの街を訪れても、街並みやご飯は、二の次で。その背景にある人と接して、感じて、触れることで、国を見てみたい。
人が見せてくれる風景は、何よりも色鮮やかで、可愛くて、面倒くさくて。だからこそ心震えるキラキラした魂を感じることができる。
あなたを知りたい。と、わたしを知ってほしい。が折混ざる一瞬の出会い。言葉や肌の色や文化や価値観を超えてコミュニケーションをとるワクワクは何にも代え難い、わたしの人生の宝物なのだ。
宝物を集めに行こう。
きみに会いに、街を歩く。