好きだけじゃない。生きるために、旅をする
海沿いを走る。海沿いを歩く。
なめらかに、健やかに、海に囲まれたこの国が好きだ。
そういえばわたしの祖国も、海に囲まれた島国なんだっけ。この国で広げられた地図では、極東にちょこんと書き加えられたような国が日本だった。
思わず笑ってしまう。
何がなんでも、日本でやる必要はないと思って
好きな映画の台詞が頭をかすめた。
楽しいから海外を旅をするわけじゃない。むしろ旅は面倒だ。危険は伴うし、体調だって崩しやすい。お金や時間もかかる。言葉は通じないしご飯も合わなければ最悪。トイレの水が流せず、トイレットペーパーをゴミ箱に捨てる経験も慣れたもので。
昨日は乗せてくれたタクシーの運転手が目の前で警察と揉め、現行犯逮捕される瞬間に出くわした。そんな状況でもまぁまぁ高いチップを要求され、一度は断ったけど警察は守ってくれなかったし、興奮する運転手の目が怖かったから泣く泣くお金を渡した。(前科があったらしい。どんな犯罪を犯したんだろう)
心臓が飛び出るほど怖い思いをすること。
思いがけないやさしさに、触れること。
混沌とした血が混ざる異国を、暮らすように歩けば、わたしの魂は水を得た魚のように潤いを取り戻していく。
もし、絶対に日本から出てはいけないと法律ができたらわたしはすぐに魂を枯らし、わたしがわたしとして生きることを諦めるだろう。日本での暮らしに何か不満があるわけではない。全てが揃い、全てが整っている。
それなのに。
1分1秒狂わず完璧な日常に自分が溶け込んだとき、途端自分のリズムを忘れる。見失なう。どこに置いてきたのだと途方にくれ、呼吸ができなくなり、ただひたすらに焦る。
あっという間に目の前が怖くなって身動きがとれず、うずくまる。目まぐるしく回る時間と狭い空に、こころがきゅうっと絞られている感覚に襲われる。
旅をしていなかったら、あのとき死んでいたかもなと思う瞬間さえあった。
それでも、死ななかったのは、旅先で出会った人々の顔を浮かべると、「死ねない」と思えるから。文化や価値観や常識を超え、ひとりの人間同士として話しをした尊さ。一瞬の出会いに無償の優しさを注いでくれた人への感謝。
いつだって生かされてきた。何度も何度も。だから、今この瞬間も、自分の意思で生きることを選んでいる。
旅をしないで生きられたら、どれだけ楽だろう。与えられた世界の中でなんの疑問も抱かずに呼吸をし続けられたら、どれだけ生きやすいのだろう。
わたしには、自分が自分であるために赤いパスポートが必要なのだ。
この先の景色に、生きていていいと言われているようで、ほっとした表情を浮かべる。
旅が好きです。と、よく自分で口にするけれど、本当かな?と思う。好きだから、ではない。
思い浮かんでは消える言葉を、この世界で足音鳴らして築きたいから、わたしは旅をするんだ。
美しく醜い世界を知らずには死ねない。いつだって、ここがわたしの生きている世界なんだと、胸に刻んで呼吸をしたい。
世界は何もしてくれない
わたしがどう生きたいのか、ただそれだけだ
ねぇ。世界はこんなにも綺麗だよ
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