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北欧フィンランド料理、「おいしさ」は心地よさ

2022年7月に、3週間ほどフィンランドの台所を訪れた。その台所で出会った料理やエピソードを綴っていきたい。

最初に訪れたのは、ヘルシンキからバスで3時間半ほど離れた人口2万人のまちJämsäの家族。妻カイエと夫のユホ、それに11歳のお兄ちゃんと8歳の妹の4人暮らしだ。
フィンランドという国は、日本とほぼ同じ広さの国土に人口500万人しか住んでいないから、単純計算で人口密度20分の1。とにかく土地がゆったりしている。この家族の家も、平屋の一戸建てのまわりに芝生の庭が広がり、トランポリンとツリーハウスとウッドデッキがある。庭の向こうはそのまま森につながっていて、少し歩けば湖が広がっている。毎朝7時に起きて、家族が起き出す前に湖に行ってひと泳ぎするのがカイエの日課だ。「頭がすっきりするし、誰もいない湖で泳ぐのは最高よ」という。一緒に行かせてもらったのだが、朝の静けさの中きらきら輝く湖に身を浸すと、清らかで神聖な気持ちにすらなる。

到着した日のお昼ごはんは、庭のBBQグリルで野菜と肉を焼いてハンバーガー。夏の時期は、天気が良ければ積極的に外で食べるのだという。緯度が高いフィンランドの夏は美しく、そして短い。太陽の光が浴びられるうちに、思いっきり浴びておかなくちゃいけない。
夫のユホがパティを焼いてくれた。焼けた具材をテーブルに運ぶ。市販のオーツのパンに、各自好きな野菜やチーズはさんで、焼き立ての肉もはさむ。想像通りの味だ。何も意外性はない。けれど、ああうまい。風が心地よい。

ハンバーガーと言っても実は焼いただけ。あとはセルフサービス。

デザートは、いちご。妻のカイエが昨日畑で摘んできたものだ。なんて華やかな香りがするんだろう。今まで食べたどんないちごよりも華やかで甘い。カイエは秒速でヘタを取り、飲むように食べる。子どもたちはアイスクリームと一緒に食べる。負けじと私も食べる。

北欧のイチゴは格別。長い日照のおかげでたくさん糖を蓄えるのだという。

さて、フィンランドといえばサウナ。夕方、サプライズだよと言って連れて行ってくれたのは、フィンランド全土から伝統のスモークサウナを移設してきたサウナ村だった。24個のサウナ小屋があり、一番古いものは18世紀のものだという。それらが週に一度土曜日にだけあたためられ、スーパー銭湯のようにサウナ小屋を巡って楽しむことができる。サウナで温まったらそばの湖に行って泳ぎ、また別のサウナ小屋に行く。初めてのサウナ体験に、興奮した。湖の水は冷たいけれど気持ちよくて、楽しくて、はしゃいだ。

これは中くらいのサウナ小屋。大小様々24個立ち並んでいる。

サウナに入って湖で泳いでを何度か繰り返し、心身がすっきりして、ちょっと小腹がすいた頃、「そろそろ…」というカイエの言葉で焼き場に移動した。ユホが持参したクーラーボックスから、ソーセージを取り出した。家で支度している時はなぜサウナに行くのにクーラーボックスをと思ったけれど、今ならわかる。なんて素敵なアイデアなんだ。そのソーセージを、焼き場に置いてある刺股のような棒に刺して焼いて食べた。周りの人たちもみんなソーセージを焼いている。

ジュージュー焼ける音と、薪のパチパチいう音、風の音。
いい焦げ目だ。マスタードをたっぷりかけて、がぶり。
ソーセージって、こんなにおいしかったっけ。

焼き場にはケチャップとマスタードがおいてあって、もはやソーセージ以外を焼くことが許されない。といっても、ただのソーセージが素晴らしくおいしく思えてくるから、他の凝ったものなど焼く必要もない。
そうして何本か食べ、それが私たちの夕飯になった。

この日は、昼も夜も、外で何かを焼いたものが食事になった。

翌日のお昼ご飯は、庭で野菜をグリルして、ゆでたじゃがいもと食べた。

その翌日も、庭で野菜をグリルして食べた。

一食一食おいしいけれど、これでいいのだろうかとふと思ってしまう。家庭料理に"トナカイ肉の煮込み"を期待しているわけではないけれど、まったくフィンランドらしい料理に出会わず過ぎていくのだろうか。よくわからない落ち着かなさを感じ始める。

そんな私のドキドキをよそに、今日も野菜をグリルし終えたユホはいう。「この野菜は、オリーブオイルだけで焼いたんだ。塩すらもなし。でも、それで十分だよね」。
輝く日差しの下、爽やかな風に吹かれながら、なんともうれしそうで満足しきった顔だ。私も空を仰いで考えていると、これこそがフィンランドらしい料理の楽しみのようにも思えてきた。

北欧の料理はシンプルだと言われるけれど、食を大事にしていないわけではない。出会う人たち皆「どんな環境で食べるか」を大事にしているようなのだ。食べる環境の楽しさや心地よさを作り出すことに、ものすごく長けている。
食というととかく、何を食べるかや味が良いことに目が向けられるけれど、「外で食べるとなんでもおいしいね」と彼らはいう。それにたしかに、この時期の森や空は美しくて、家の中で長い時間料理に費やすなんてもったいない。外で野菜を焼くだけの方が、よっぽど楽しい。

北欧夏の料理に、「何を食べるか」よりも「どう食べるか」のおいしさを教えられた。

食後は庭で、一家で遊んだ

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岡根谷実里 | 世界の台所探検家
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